第46話 お隣さんと夕食
夕食の呼び出しを受けて少し名残惜しそうにしているチサを連れ食堂に行くと、いつものように美味しそうな料理が並んでいる。
「これは凄いのぉ、お主たちはいつもこんな飯を食べておるのか?」
「いつもこんな感じだよ」
「今日はチサちゃんが来てくれたから、一品多いけどね」
「それは気を使ってもらってすまんな」
「いいんですよ、お隣さんですし、ゼンジさんがあんなに楽しそうにお話してる姿を見られるのは、とても嬉しいですから」
「チサは何か苦手な食べ物ってあるのか?」
「ワシは口に入るものなら何でも良いぞ。
まぁ、苦いものと辛いものに手を出さんようにはしとるが」
「……それは私たちも苦手」
「……辛いものを食べると涙が出る」
ずっと昔、ワサビのような辛味のある実を食べてしまい、涙が止まらなくなったニーナとホーリが、その事を思い出して表情を歪めている。
そんな話をしながら、いつものように4人の双子が向かいに並んで座り、善司とハルの間にチサが座る事になった。
「この家では食べる前に“いただきます”と言って、食べ終わる時は“ごちそうさま”と言うようにしてるんだ。
すまないけどチサも、それだけは守ってくれるか?」
「“いただきます”と“ごちそうさま”じゃな。
他所の家でご飯を食べさせてもらうのじゃ、それくらい構わんよ」
「じゃぁ、食べようか。
いただきます」
「「「「「「いただきまーす/……いただきます/いただきます/ふむ、いただきます」」」」」」
チサは目の前に並んだ料理に次々と手を付けていっているが、次第にその表情が幸せそうなものに変わっていく。
「どれも旨いの!」
「そうだろ、みんな料理が上手だから、毎日の食事が楽しみで仕方がないんだ」
「うむ、これだけのものが毎日食べられるのは幸せじゃな」
「チサさんのお口に合って良かったです」
「こんなうまい飯は久しぶりじゃ」
「それは半年も家に引きこもってるからだ」
「開発に熱中すると時間を忘れてしまうんじゃ、仕方なかろう」
「その気持はわからんでもないが、それにしても保存食だけで暮らすのは感心できないぞ。
体にも悪いし、何より成長に悪影響が出る」
精霊の血の影響で普通の人の7倍以上の寿命があるとしても、チサの体格はあまりにも幼すぎると考えていた。ある程度の外見年齢で成長が一時停止するにしても、ニーナやホーリくらいの少女になっていてもおかしくない。
「ねぇねぇ、うちのご飯が気に入ったなら、毎日食べに来たら?」
「そうだね、食事は大勢のほうが楽しいし、いい考えだと思うよ」
「いや、流石にそれは申し訳ないぞ」
「私たちの事は気にしなくてもかまいませんよ、6人分も7人分も手間は変わりませんし、何よりお隣さんですから」
「……私たちもその方がいいと思う」
「……こうして一緒に食べる方が嬉しい」
「チサはいつまでこの街に居るつもりなんだ?」
「予定は特に決めておらなんだが、人探しの目的はもう達成してしまったからな」
「新しい見本の開発者を探しに来たんだったな」
「この街におるという噂を聞いて来てみたが、こんなにあっさり見つかるとは思わなんだぞ」
魔操組合は開発者の事を黙秘するので、他の開発者や工房に探りを入れてみたが、エンの街にいるという噂を入手できた。とりあえず明日にでも支部に行ってやろうと、まずは顔なじみのスノフの工房を訪ねると、見知らぬ男が居て疑われたり、からかわれたり散々な目にあった。
まさかその男が探していた人物だとは夢にも思わなかったが、それがお隣さんでこうして一緒に食事をしてるなど、奇妙な縁がありすぎて驚きの連続だった。
「チサちゃんはゼンジに会いにこの街まで来たんだ」
「会ってみてどうだった?」
「すぐワシの事を馬鹿にしよるし、悪魔のようなやつじゃな。
しかもこやつは、人目のある場所でワシに抱きつきおった」
「……私たちも外で抱きしめてもらった」
「……凄く嬉しかった」
「私も抱きしめながら、俺の妻だって言ってもらえるのが幸せです」
頬を染めてクネクネしだした3人の姿を見て、チサはジト目で善司を睨みつける。
「やっぱりお主は、ど変態で女の敵で変質者じゃな」
「みんな喜んでいるんだからいいじゃないか、ひどいこと言うなよ」
「チサちゃんはゼンジのこと嫌いなの?」
「すごく仲がよい感じに見えるんだけど」
「ワシとこやつの仲が良いなど、馬鹿も休み休み言え!
ここに来たのもワシの凄さを思い知らせて、ぎゃふんと言わせるためじゃ!!」
いつもの癖で、つい善司に悪態をついてしまい、きまりが悪くなってしまったチサは、ごまかすように料理を口にかき込みだした。
「ほら、急いで食べるから、汁が頬に付いてるじゃないか。
少しじっとしてるんだぞ」
「うむ、すまんな」
チサは先ほどの態度を咎めることもなく世話を焼いてくれる善司にホッとして、ふきんで頬を拭いてもらいながら、美味しそうに料理を咀嚼していく。
ここに居る全員は、そんなチサの言動が本気でないのはわかっているので、こうやって世話を焼かれている姿を微笑ましく思いながら、仲の良い2人を見守っていた。
◇◆◇
食事とデザートも食べ終わり、みんなでまったりしていたが、やはりチサの事は全員が気になっていて、その雰囲気を感じ取った善司が代表で問いかける。
「なぁチサ、やっぱりこの街にいる間は、うちで食事をしないか?」
「ありがたい申し出じゃが、そこまで依存するわけにはいかんよ」
「何か特別な理由があるのなら諦めるけど、せっかくこんな素敵な縁が出来たんだし、俺としてはこの出会いを大切にしたいんだ」
「正直に言うとな、お主たち家族とはうまくやっていけると思う。
じゃがな、精霊の血が濃いワシとは、生きる時間が違いすぎるんじゃ。
それを考えると、どうしても躊躇してしまうんじゃよ」
その言葉を聞いて、善司は残された者の辛さを考えてしまった。共に過ごした数倍の時間を、チサは1人で生きていかなければならない、それは縁が深まれば深まるほど、辛い時間になってしまうだろう。
「でもさ、一緒に過ごした思い出って、きっと何かを残してくれるよね」
「今までこうやって誰かと過ごした事がなくても、挑戦してみたらいいと思うんだけどな」
「チサさんを辛い目に合わせることはわかってるんです、でも私や子供たちを受け入れてくれる人がこんな近くに居たのがすごく嬉しくて、短い間だけでも仲良くしたいと思ってるんです」
「……私たちもチサさんと、もっと仲良くなりたい」
「……ゼンジさんみたいな話題は無理だけど、色々な話をしてみたいです」
チサが人付き合いを苦手にしている事は聞いていたが、自分たちを受け入れてくれた彼女との縁を、熱心に紡ごうとしていた。それにここまで一生懸命になっているのは、食事前に2人で話していた時の善司の姿が、印象に残っているからだ。
魔操言語という共通の話題があるお陰で、あれほど楽しそうに議論を交わしている姿を見て、2人の応援をしたいと全員が思っていた。
そして善司もそんな家族の姿を見て、自分がまた臆病になっていた事に気づいた。例え短い間だけだったとしても、チサの中に何かを残してあげたい。それが自分の持つ技術や理論でもいいし、それ以外のものでも構わない。
「俺もチサとは家族のように付き合っていきたいし、同じ魔操言語開発者としてお互いを高めあっていきたい」
「やれやれ、ワシのどこを気にいったのかわからんが、お主たちには負けたよ」
「それじゃぁ、今日はこのまま泊まって行ってくれ」
「何でそうなるんじゃ!?」
「どうせ隣なんだし、家に帰っても寝るだけなんだろ?」
「仕事の道具も持って来とらんし、確かにそうじゃな」
「明日の朝ごはんもここで食べるんだし、それならいちいち戻るのは無駄だよ」
「三食ワシと一緒に食べるつもりなのか?」
「当たり前じゃないか、チサはもっと食事をしっかり摂ったほうがいい、そうしないと成長がそこで止まってしまうぞ」
「ワシを子供扱いするな、この無神経男が!」
チサはまた駄々っ子パンチをお見舞いするが、善司はそれを笑顔で受け流していた。やはり食事前に2人でやった議論が楽しくて、もっと続けたいと思っていたので、このまま家に引き留めようをしているからだ。
「それじゃぁ、チサちゃんもみんなと一緒にお風呂に入ろうよ」
「うん、この家に泊まって行くんだしそれがいいね」
「ちょっと待たぬか、どうしてそこで風呂の話が出てくるのじゃ!?」
「この家で暮らす家族は、一緒にお風呂に入る決まりなんです」
「いやいやいや、ワシはお主たちと家族になった覚えはないぞ」
「……一緒に食べて一緒に寝て、一緒にお風呂に入ったらもう家族」
「……チサさんも一緒にお風呂に入ったら、きっとそれがわかると思う」
「ワシの話をちゃんと聞かぬか!
それに全員という事は、そこの男も一緒なんじゃろ」
「家族だから当然だ」
みんなが結託してチサをお風呂に誘い出したので、善司もノリノリで包囲網を固めだした。見事なチームワークである。
「ここのお風呂は広くてとても設備が整っているので、チサさんもくつろげると思いますよ」
「そのような風呂に少し興味はあるが、問題はそこではないわ!」
「やっぱり誰かと一緒にお風呂に入るのは恥ずかしいか?」
「恥ずかしい……じゃと?
ワシの四分の一も生きとらんガキの分際で、よくもそんな事が言えたな。
良かろう一緒に入ってやろうではないか、ワシにとっては赤子の如き貴様に見られても、恥ずかしさなど微塵も感じんと証明してやる!」
その言葉を聞いて、双子の姉妹はお互いの手を取り合って喜んでいる。ハルも善司の方を見つめながら微笑んでいて、全員で入るお風呂を楽しみにしていた。
昔ニーナとホーリが食べてしまったのは、母が処分しようとしていた酒のつまみ(笑)