第45話 お隣さん
善司が自宅に戻ると、いつもより早い時間だったこともあり、夕食の準備はまだ始まっていなかった。これなら一人分の用意が増えても大丈夫だと考えながら簡単な挨拶をし、チサの紹介はリビングですると言って全員で移動する。
「すごく可愛い子だけどどうしたの?」
「どこかで迷子になってたとか?」
「いや、この人はずっと王都で仕事をしていた、隣の家の持ち主だよ」
「こんな小さな子供なのに、もうお仕事されてるんですか?」
「見た目はこんなだけど、俺と同じ魔操言語開発者で、長くその仕事に就いている、先輩みたいなものかな」
「ワシの名前はチサと言うんじゃ、今年で108歳になった人生の大先輩じゃよ」
「……108歳?」
「……あの、8歳の間違えじゃ」
「さすが家族じゃな、この男と同じ事を言いよる」
「「……ゼンジさんと同じなのは嬉しい」」
ニーナとホーリはお互いの手を取って見つめ合うと、頬を染めながら嬉しそうに笑う。
「チサは精霊の血がとても濃いらしくて、500年くらいは生きられるそうだ」
「それすごいね!」
「それで大きくなるのも遅いんだ」
「見た目で判断するやつが多いから、うんざりじゃよ」
「……それでそんな喋り方にしてるんですか?」
「……すごく変わった喋り方だから、ちょっとびっくりしました」
「これはただの癖じゃよ、よく会っておった爺さんの喋り方が伝染ってしまったんじゃ」
「私にも精霊の血が混じっていますが、こんなに濃い人と合うのは初めてです」
「ハルと言ったな、お主も少し濃い目に混じっておるから、その姿の時期が長いじゃろ」
「はい、もう10年くらいほとんど変化がないんですが、そんな事までわかるんですか?」
「ワシくらい血が濃いと、それくらいはお見通しじゃ」
ソファーの上で無い胸を反らすチサだったが、その姿は子供が自慢話をしているようで、とても可愛らしい。
「もしかしてハルの寿命も普通より長かったりするのか?」
「そこまで影響は無いじゃろうが、もう暫くはその姿のままでいられると思うぞ」
「私としてはゼンジさんに釣り合うような姿でいたいと思うので、もう少し大人な感じで止まってくれた方が良かったです」
「俺はハルがどんな姿だとしても付き合えるのが嬉しいから、今のままでも十分素敵だよ」
隣りに座っているハルの頭を撫でると、嬉しそうに表情を緩め善司の方へ体を寄せてくる。そんな2人を、チサは興味深そうに見つめていた。
「お主たちは出会ってから、時間はそう経っておらんはずじゃな?」
「俺がこの街に来たのが火期の初めだったから、まだそんなに経ってないけど何か気になる事でもあるのか?」
「精霊の血が混じっておると、他人に愛情を向けたり感じたりという気持ちの変化に、時間がかかるんじゃよ。
それは流れる時間感覚が違うからと言われておるんじゃが、お主たちを見て少し驚いたよ」
「前の夫とは2年近く一緒にいて、あまり愛情を感じられないでいましたけど、ゼンジさんは違いますよ。
私はこの人を心から愛していますし、全てを捧げられます」
「2年一緒でそれでは別の原因を疑わざるをえんが、二組の双子以外にも非常に興味深いものが見られたの」
腕組みをしながら善司とハルが仲良さそうにしている姿を見て、自分自身にも少し思い当たる節があるとチサは考えていた。人付き合いが苦手でずっと避けてきていたが、善司やその家族と一緒に居るのはストレスにならない。
特に善司とは出会ったばかりにも関わらず、スノフと同じ感覚で付き合える事には、本人も驚いていた。
「ねぇねぇ、チサちゃんは何で精霊の血が濃いとか薄いとかわかるの?」
「私たちもお母さんの血を受け継いでるとか無い?」
「ワシの事をチサちゃんと呼ぶとは、イールとロールには年上に対する敬意が足りんの」
「ゼンジの事も呼び捨てにしてるけど、ちゃんと尊敬してるよ」
「チサちゃんは、すごく可愛いし話しやすいから」
「「そう呼んだらだめかな?」」
シンクロするように顔を傾けながら、イールとロールの2人に可愛くそう言われ、チサは少しだけたじろいだ。
「ま……まぁ、それくらいは構わん、ワシは寛大な大人じゃからな」
「「ほんと! ありがとうチサちゃん」」
「それで精霊の血じゃったな。
お主たちにも少し混じっておるぞ」
「母親から子供に受け継がれる事ってあるんですか?」
「そんな話は聞いた事は無いが、精霊のやつは気まぐれと言われておるから、イールとロールにも混じってしまったのかもしれんな」
「じゃぁお母さんみたいにきれいになれるんだ」
「どうしてチサちゃんはそれがわかるの?」
「簡単に言うと目じゃな」
「……何か特徴があるんですか?」
「……私たちはどうなんでしょうか?」
「ニーナとホーリには混ざっておらんが、目に独特の輝きがあるのと、精霊の血が混ざると青くなりやすいのが特徴じゃ」
「チサの目もきれいな青だし、スノフさんも青い目をしていたな」
「スノフ爺はだいぶ年をとっとるから暗くなってきておるが、若い頃はもっと綺麗な青だったはずじゃ」
「……私たちは2人とも赤いもんね」
「……ハルさんは綺麗な青紫だし、イールちゃんとロールちゃんは少し青い緑色だね」
「必ず青が入るわけではないが、目安くらいにはなるんじゃよ」
「ゼンジにきれいな姿を長く見てもらえるのは嬉しいね」
「お嫁さんの中に精霊の血が入ってる人が3人も居るって凄くないかな」
「2人もこの男の嫁になるのか?」
「「うん、15歳になったら結婚する約束してるよ」」
「年若いものばかり侍らせるとは、お主にはそんな趣味があったのか」
「……私たちは普通に成長してしまうけど、それでも良いんですか?」
「……今はまだ大人になったばかりですが、すぐにゼンジさんの好みから外れてしまいそうです」
「俺にそんな趣味はないし、ニーナとホーリもすごく美人になると思うから、楽しみにしてるよ」
地球だと10歳以上年下の未成年と恋愛したりすると、ロリコンと言われてしまいそうだが、この世界ではそんな事は無い。そもそも善司にそんな嗜好はないし、全員を愛おしく思っている。
頭を撫でられているニーナとホーリは、美人になると言われて嬉しそうにしていて、精霊の血が混じってると告げられたイールとロールも、母のようになれる事をとても喜んでいた。
◇◆◇
チサもここでご飯を食べていくことを伝えて、5人は夕食の準備に台所に移動している。リビングには残った2人が並んで座り、工房から借りてきた見本を並べて話をしていた。
「しかし、本当に双子が魔操作出来るとは驚いたのじゃ」
「俺もこれを組んだ時にはイールとロールしか知らなかったけど、その後にニーナとホーリが家族になって2人にも使える事がわかったから、恐らく他の双子でも大丈夫だと思う」
善司の組んだ見本で作った魔操板を取り付けたランタンを、双子の4人で実際に動かしてチサに見てもらったが、やはり今までの常識が覆ったという事実は驚くべき事だった。
「こんな単純な機能しかない見本の文字数を、ここまで増やしてしまうとはな」
「俺は魔操器がどうやって生み出されたのか知らないが、扱ってる信号の許容範囲が厳格すぎるんだよ。
恐らく技術的に未熟だった時に、誤動作や暴走を防ぐ目的で決められた仕様を、何の疑問も持たずに継承し続けてきたからじゃないかと考えてる」
「そこでお主は魔操言語の処理で、その仕様に合わせるようにしたんじゃな」
「双子が魔操作できないというのは何が原因なんだろうと、ずっと不思議に思ってたんだ。
魔操器が人の接触を感知して動いている以上、単純にその特性が違うだけなんじゃないかと推測して、試行錯誤を繰り返しながらこの見本が完成した」
「少なくともこの国に、お主のような考え方が出来るやつはおらんが、一体どこの出身なんじゃ?」
「俺の住んでいた所には魔操器はなかったんだ、逆にそのおかげで先入観のない考え方ができたんじゃないかな」
「一体どんな田舎から出てきたかは知らんが、変わった国もあるんじゃな」
自分が異世界転移者だと話そうか、善司は迷っていた。短い付き合いだが、チサには異端な人物に対する偏見が無いのはわかっている。それに他人に言いふらしたり排除したりしないだろうと思うが、もう少し保留にしておくことにした。
「それで、俺に聞きたいのはどんな事なんだ?」
「そうじゃな、まずは双子でも魔操作出来るようになったこの見本じゃが、これは魔操器から受け取ったものを、加工したり揃えたりしとるんじゃろ?」
「俺が見た見本にはこんな処理をしているものが無かったから、この国では使わない技法かと思ったけど、それがちゃんとわかるのは流石だな」
「もっとワシの事を敬うが良いぞ」
少し褒めると途端に機嫌が良くなるチサの姿を微笑ましく思いながら、善司は信号や波形処理をする時の基本である、フーリエ変換の事などを説明していく。
「そこで何故その処理を挟むんじゃ?」
「ここで一度、値の検証をしておかないと、その後の処理で誤差が大きくなってしまう場合があるんだ」
「ここでやるのは無駄ではないという事か」
「一見そう見えても、しっかり意味のあるように組んでるよ。
逆に今までの見本は、意味のあるように見えて無駄な処理が多くて驚いた」
「ほぅ、例えばどんな部分なんじゃ?」
「俺が参考にした計算器の見本でも、この部分はこうやって逐一比較しなくても、計算で処理して一括で飛ばしてやればいいんだ」
「それだと予期しない値が来た時に困るじゃろ」
「計算器は数字と足したり引いたりの算術演算子だけしか来ないと、最初からわかってるから大丈夫だ。
それ以外の値が来た時には、処理の前段階で弾いておけばいい」
「そういった細かい積み重ねや最適化で、あの計算速度を生み出したわけじゃな」
お互いに用意した紙に処理手順の具体例を書き、要所々々で飛んでくる質問に答えたり、軽く議論をしたりしながら様々な話をした。
同じ技術を持つ2人の会話はどんどんエキサイトしていき、ご飯の時間が来てもまだまだ話し足りないほど盛り上がっていた
資料集の更新は章の終盤を予定しています。
(ストーリーの都合で命名順が前後しているので…)