第44話 お菓子
この機会に別のブラウザや延長サポート版への切り替えをやってますが、動作環境が様々なので面倒DEATH!
2人で手をつないで通りを歩いているが、チサはウキウキとした顔で何を買おうか思案していた。
魔操言語開発者として成功すると多額の収入を得ることが出来るが、他人のお金で好きなものが買えるというのは、いつもより心躍るものがあった。
「俺はお菓子とかあまり買わないんだが、どこかおすすめの店はあるのか?」
「それならいくつか知っておるから、ワシに任せておけ」
「何だったら喫茶店みたいな所で食べていっても構わないぞ」
「ワシは人の多い所は好かんから、食べるなら家でゆっくりしてからの方が良いな」
「そうなのか、なら俺もチサのおすすめを、家族に買って帰る事にするよ」
「ワシにはひどい事ばかり言うが、家族には優しいんじゃな」
「チサには無意識にツッコミを入れてしまうんだよ。
無理にでも優しくした方がいいか?」
「お主がワシの事をどう見ておるのか、わかってきた気がするが、変に気を使われると気持ちが悪いから、そんな配慮はせんでも構わん」
「こうして気兼ねなく話せるのがとても楽しいから、そう言ってもらえると助かるよ。
まぁ、泣かせるようなひどい事はもうしないようにする」
「なっ……
あ、あれは泣いておったのではない!
ちょっと馬鹿にされすぎて、怒って目から汁が漏れただけじゃ!!」
急に大声を出したので通行人の視線が一気に集中したが、それを感じ取ったチサがビクリと反応する。さっきの会話の中で、人の多い所は嫌いだと言っていた言葉を思い出した善司は、チサに笑いかけて軽く頭を撫でると、その手を引きながら人混みの中へと進んでいった。
◇◆◇
そうしてしばらく歩いていると、チサが小さな店の前で立ち止まる。外観からは何の店かわからないが、周りにはほんのりと甘い香りが漂っていた。
「ここの焼き菓子がうまいんじゃよ」
「小さな店だけど、隠れた名店みたいなものか」
「値段も安いから子供に大人気なんじゃぞ」
嬉しそうな顔で扉をあけて中に入っていくチサに付いて行くと、様々な形をしたクッキーがまず目に入ってきた。他にもカップケーキのようなものや揚げたお菓子も置いてあり、店内は美味しそうな匂いで充満している。
「これは凄いなこれ、量り売りしてくれるのか」
「ここはな、自分の食べたい分だけ買えるのがいいんじゃよ」
チサはそう言うと備え付けのスコップで、クッキーをこれでもかと袋に詰め込んでいく。
「おいおい、そんなに食べられるのか?」
「一度で食べるわけなかろう、これは日持ちするから少しずつ楽しむんじゃよ」
「それにしても詰めすぎだろ、袋が破れてしまうぞ」
「お主の金だからといって遠慮はせんからな、うひひひ」
「いくら買っても構わないけど、食べ過ぎは体に悪いから程々にな」
「これでもお主の数倍生きとるんじゃ、心配無用じゃよ」
口が閉まらなくなる寸前まで詰め込んだ袋と、家族へのお土産に善司が買った袋を精算して外へと出た。思う存分クッキーが買えたからか、チサはご機嫌で善司の隣を歩いている。
イールとロールより背の低いチサの手を引きながら歩いている善司は、父娘で買い物をしている気になってしまっている。すれ違う人も、パンパンに膨らんだ甘い香りのする袋を嬉しそうに抱えるチサと、その手を引く善司の姿を見て、仲の良い親子だと思ってほっこりしていた。
「さて、次の店に行くぞ」
「え!? まだ買うのか?」
「当たり前じゃろう、焼き菓子ばかりだと飽きてしまうからな」
「一体どれだけ食べるつもりなんだよ」
「お主の所持金が無くなるまで買いまくってやるから、覚悟しておくんじゃな」
そう言って手を引きながら、次の店へと先導していく。善司も泣かせてしまったお詫びだし、とことん付き合おうと覚悟を決めた。
◇◆◇
金平糖のような飴や、芋を干したようなお菓子、それに甘い粉末を固めて作るラムネっぽいものを買い込み、ご満悦のチサを連れて露店通りに差し掛かった。
「おや? 双子館の旦那、今日は見慣れない子を連れてるね」
「この女性は俺の仕事仲間で、先輩なんだよ」
「へぇー、見た目はちっちゃいのに凄いんだね」
「うむ、ワシは立派な大人じゃからな」
「喋り方も面白いね。
どうだい、なんか買ってっとくれよ」
いつも珍しい果物を売ってくれる露店のおばちゃんに声をかけられて、2人は店に並んでいる商品を眺め始める。どれも一度は手にした事のあるものばかりだが、どれがどんな味だったのか今ひとつ覚えきれていない。
「そう言えば昨日売ってもらった、食べた後に口がスッキリする果物はもう売ってないのか?」
「あれは全部売れちまってね、今年はもう入荷しないかもしれないよ」
「あんな果物を食べたの初めてだったんじゃが、もう食べられんのは残念じゃな」
「なら甘い果物をいくつか見繕ってほしいだけど、構わないか」
「あぁ任せときな、いつもありがとね」
手際よく詰めてくれた袋を受け取ってカバンに入れると、お菓子と果物で中身が一杯になってしまう。さすがにこの量になると重さも増え、善司の肩にずっしりと伝わってきた。
「これだけあれば、しばらく買い物に行かんでも済むな」
「お菓子と果物しか買ってないじゃないか、普通の食事はどうするんだ?」
「そんなものは適当に済ませるよ」
「おいおい適当って、いつもはどんなものを食べてるんだ」
「そうじゃなぁ……
一度集中し始めると外に出るのが面倒になるからの、パンや干し肉や日持ちのするものばかり食っとるな」
「だめじゃないか、それ。
そんな偏った食生活をしてるから、成長しないんだよ」
「なんじゃと!
またワシの事を馬鹿にしとるのか」
「違うぞ、心配してるんだ。
今そんな生活を続けていたら、年をとってから大変な事になるぞ」
善司自身も忙しさにかまけて食生活が乱れた時にひどい目に合ってるので、チサの話を聞いて本気で心配していた。
「そんな100年も200年も先の事など考えられるか!
それにたまにはちゃんと外で食事をしとるわ!!」
「たまにって、どれくらいの頻度だ?」
「つい最近は半年くらい部屋に引きこもっておったかの……」
「それはたまにという水準を遥かに超越してるじゃないか!」
頭を抱えてその場に崩れ落ちそうになるのを何とか耐えて、善司はチサの方に向き直った。
「なぁ、せめて今日だけでもうちでご飯を食べていかないか?」
「突然訪ねていったら、お主の家族にも迷惑がかかるじゃろ」
「俺の家には料理のできる人間が5人も居るんだよ、チサが1人増えたくらいならすぐ準備ができるから、遠慮しなくても大丈夫だ」
「しかしいきなり何の準備もせずに人の家に行くのはなぁ……」
チサはかなり逡巡していた。善司とはこうして話ができているが、元々人付き合いは得意ではなく、精霊の血の事もあり好奇の目に晒されるのが怖かったからだ。
「せっかくこうやって仲良くなれたんだから、チサには健康で居てほしいんだ。
それに俺の妻の1人も精霊の血が混じっていてるから、家族全員がチサを変な目で見る事は無いし安心してくれ」
「ワシと仲良くなれたなど、思い上がりも甚だしいが、そこまで言うじゃったら行ってやらんでもない、感謝するんじゃぞ」
「もっと話をしたいと思ってたし嬉しいよ、それに俺の家族が作る料理は凄く美味しいから、きっとチサも気にいってくれると思う」
とても嬉しそうに微笑む善司の顔を見て、本当に変なやつだとチサは思っていた。自分の喋り方や態度が他人に与える印象はよく理解できていたが、100年以上付き合ってきたこの性格は簡単に直せないと諦めている。
自分がどんな態度で接しても、こうして根気よく付き合ってくれるのは、スノフの他には善司だけだ。仕事上の交友関係は、適度な距離を置いたり、表面的な関わり合いだけだったので、今の状況は不思議な感覚をチサの中に芽生えさせていた。
「暗くなったらちゃんと家まで送ってやるけど、チサはどこに住んでるんだ?」
「お主はそれも知らずに連れ回しておったのか。
方向は一緒じゃから問題ないが、よもや最初からワシを家に連れ込もうとしておった訳ではあるまいな……」
「話の成り行きでそう決めたんだから、そんな事は思ってなかったよ」
「本当じゃろうな?
もし出会ったばかりの女性に、そんな不埒な事を考えておったのなら、とんだ変質者じゃぞ!」
善司の称号が、また一つ追加されていた。
◇◆◇
チサの小柄な体格に合わせて、いつもよりゆっくりとしたペースで歩いていたが、やがて濃紺の屋根と白い壁の家が見えてきた。
「あの白い壁の建物が俺の家だよ」
「なんじゃ、ワシの家の隣ではないか」
「えっ!?」
「隣は空き地じゃったから、ちと驚いたがな。
ほれ、そっちの建物がワシの家じゃ」
「もしかして王都で研究職をしてるっていうのが、チサの事だったのか」
「不動産屋にはそう伝えとったかの」
「そうだったのか! 隣がチサの家で本当に嬉しいよ!」
善司は握っていたチサの手を軽く引っ張ると、そのまま小さな体を抱きしめてしまう。
「おっ、お主、往来で突然抱きつくとは一体何をするんじゃ、離さんか!」
「すまんすまん、嬉しくてつい抱きしめてしまった」
「何がそんなに嬉しいんじゃ、まさかワシに惚れたとか言わんじゃろうな」
「安心しろ、それは無い」
「なんじゃとーーーーーーーっ!」
「俺の家には双子やその母親が住んでるから、隣の人が帰ってきた時に文句を言われたら、どうしようかと思っていたんだ。
チサはそんな事を気にしないって言ってくれたし、本当に良かったよ」
「ワシの叫びを無視して、淡々と話を進めるんじゃないわ!
まぁ、その事に関しては何も言わんから安心しろ」
「あとは、もう一軒ある外国に住んでる人の別荘という家の持ち主が、どんな人物かだけだな」
「確か向こうの家には、年寄りの男性が住んどったはずじゃが、まだ生きておるかの」
「その人の子供でも孫でもいいけど、チサみたいに理解ある人だと助かるな」
ご近所の憂いが一つ減って、ニコニコ顔の善司に手を引かれなから、チサは庭を横切って家へと入っていった。