第43話 チサ
更新が遅れてしまいましたが、事情は次のような感じです。
元号の変更がこんなところに影響を!(関係ない)
Firefoxブラウザの中間証明切れでアドオン(拡張機能)が全滅して、大騒ぎになっています。
幸い小説を投稿しているPCはChromeブラウザに乗り換えてたので影響は少なかったですが、諸事情により旧式の環境で使っているものにまで影響が出て死にました。
一時的な対処法で乗り切っていますが、果たしてどんな結末が待っているやら……
現実は小説より奇なりとはまさにこの事(笑)
開けっ放しになっていた扉を閉めて、善司は椅子に座り直す。年上の女性ではあるが、精神年齢が見た目に引っ張られているのか、言動にかなり子供っぽい部分があり、庇護欲を掻き立てる人物だった。
「なぁスノフさん、チサの事は放っておいて大丈夫か?」
「あやつはこの街の出身だから、心配はいらん」
「彼女とは、どういう関係だったんだ?」
「チサ坊は小さな頃から聡い子供でな、同年代の友達とも話が合わず、同じ精霊の血が濃いワシの所に、毎日のように遊びに来とったんだ」
「もしかして魔操言語の開発者になったのは、ここにある見本を読んだからか」
「そんな所はお前さんにそっくりだ」
「それに、自分の事を“ワシ”と言うのも、影響を受けてそうだな」
「あやつがあんな喋り方になったのは、ワシの影響だろうな」
スノフはその当時の事を思い出すように、少し遠い目をして天井を見上げている。
「からかったり子供扱いしたり、ちょっと大人げない事をしすぎたよ」
「お前さんは、あまりそういった事をする奴とは思わなんだが、珍しいな」
「チサはすごくいい反応を返してくれるから、話していると楽しいんだよ」
「すぐムキになったり拗ねたりする所は、昔からちっとも変わっとらんからな」
「でも、あんなに読みにくい見本を作ったのも怒ってたし、かなり嫌われてしまったみたいだ」
「そんな事はないぞ」
「そうなのか?」
「精霊の血が濃いやつは、周りが色々と気を使ったり、距離を置かれたりするからな。
ああやって気軽に言い合えるやつなんぞ、ワシの他にはお前さんくらいしかおらんかもしれん」
「同じ魔操言語開発者として仲良くしたいとは思うが、あの反応を見てるとつい余計な事を口走ってしまうんだよなぁ……」
「お前さんとチサ坊は相性が良いんじゃないか?」
スノフのその言葉で、善司は少し考え込んでしまう。初めて会ったとは思えないくらい気さくに話ができたし、飾らない態度で接していられたのは確かだ。チサが本気で嫌っていないのなら、もっと仲良くなって色々な事を話してみたいと思っている。
「相性はともかく、一緒に居ても疲れない相手というのはいいと思うよ」
「あやつは人付き合いも苦手だし、色々と誤解されやすい性格だからな、良かったら仲良くしてやってくれ」
「ああやって突っかかられたり、偉そうに言われたりするのは全然嫌じゃないんだ、この街にいる間は一緒に過ごしたり、どこかに出かけたりするのは歓迎だよ」
そんな話をしていると、工房の入口が少し開いて、そこから誰かが覗いている事に善司は気づいた。隙間から見える背格好は、どう見てもチサだ。
善司は入口の方に歩いていくと、扉を開け放った。
「お帰り、チサ」
「……忘れ物をしたから戻ってきたんじゃ」
「何を忘れたんだ?」
「お主にお菓子と果物をご馳走になる約束じゃ」
「それはもちろん構わないが、仕事が終わるまで待ってくれるか」
「うむ、それくらいは問題ない、ここで待っていてやる」
「それより、さっきころんだせいで顔が汚れてるぞ、拭いてやるから中に入って椅子に座ってくれ」
チサの手を引きながら工房の中へ戻り、椅子に座らせてタオルで顔の汚れを拭いていく。少しくすぐったそうにしているが、おとなしくされるがままのチサを見て、やっぱり2人の相性はいいと、スノフは嬉しそうな顔で考えていた。
◇◆◇
顔の汚れもきれいに拭き取って、服も簡単に叩いてから、善司は魔操鍵盤の前に座り入力を始めようとした。
「今日の予約分は終わっとるんだよな?」
「あぁ、そこに置いてあるやつがそうだ」
「なら金庫の魔操器用の印刷が入っとるから、それをやってくれんか」
「1枚だけでいいのか?」
「2枚あるから、それの印刷が終わったら今日はもう上がっていいぞ」
「わかったよ、チサと一緒に買い物がしたいから、そうさせてもらう」
善司は魔操鍵盤の前に金庫用の見本を置いて入力を始めたが、チサはその姿を食い入る様に見つめている。解読するのに3日も徹夜した、あの意味の無い文字列を、淀みなく入力している姿に驚いたからだ。
「お主、ただの文字の羅列にしか見えんその見本を、どうしてそう易々と入力できるじゃ?」
「これは俺にしかわからない暗号みたいなものだからな、俺にとってはちゃんと意味のある単語になるんだよ」
「しかもこうして話をしとるのに、手が止まらんとは変態じゃな」
「変態とか言うな失礼なやつだな、これは特技みたいなもんだ」
元の世界で仕事をしている時もそうだったが、話をするタスクと入力をするタスクを並列させるのは、善司にとって造作もない事だった。スピードは落ちてしまうが、既存の見本をそのまま打ち込めばいいだけなので、難易度はそれほど高くない。
「面白いやつだろ?
こうして話をしながらでも、入力間違いが殆ど無いんだぞ」
「ど変態じゃな」
「“ど”を付けるな、俺がものすごく変なやつに聞こえるじゃないか」
「ワシの事を子供扱いするやつは、ど変態で十分じゃ!」
やはりチサと話をするのは楽しいと頭の隅で考えながら、善司は魔操紙の印刷を続けていく。長年付き合ってきた友人のようなやり取りが、来て間もないこの世界でも出来るというのは、心の潤滑液のように感じていた。
「そう言えば、チサはどんな魔操器用の見本を作ってるんだ?」
「ワシは複雑な処理をさせる、大型魔操板を使うものが好きなんじゃ」
「この工房は小型と中型しか扱ってないから、チサの組んだ見本は見たこと無いかもな」
「色々な処理が緻密に絡み合っておるから、とてもやりがいがあるんじゃよ」
「その気持はわかるなぁ
今度チサの作った見本も見せてくれよ」
「お主の作った見本の事を教えてくれるなら、見せてやっても良いぞ」
「そんな事ならいくらでも教えてやるよ」
「約束じゃからな」
この工房で取り扱っていない大規模システムの見本に触られれるというのは、善司の好奇心を大きく刺激した。ここにで取り扱っているのは生活に密着した民生用のものばかりなので、それ以外の業務用や産業用の見本をみれば、また新たな発見があるかもしれない。
「お前さんたち、本当に相性がいいの」
「こやつの事は嫌いじゃが、魔操言語開発者として学ぶべき部分はあると思っとる」
「双子が使える魔操器なんぞ、誰も思いつかなんだからな」
「100年以上生きてたワシですら、双子に出会う機会はなかったからの」
「ワシも300年以上生きとるが、まだ三組しか知らんな。
しかもそのうちの二組が、こいつの関係者だ」
「なっ、なんじゃと!?
この男の回りには双子が二組おるというのか?」
「元々この街には双子が母娘で住んでおったんだが、その母親と結婚しおってな。
この街で定住を決めたと思ったら、奴隷商から双子の姉妹を紹介されて、そいつらも引き取って家族にしておるよ」
「もう奴隷解放して、俺の妻として迎え入れたけどな」
「面白いやつだろ、引き取って2日目にはもう奴隷解放しおったからな。
街でも噂になっておってな、今では“双子館の旦那”なんて呼ばれとるよ」
「何をやったのかは知らんが、会ってすぐ手篭めにして結婚するなんぞ、ただのスケコマシではないか。
そんな性格だから、あんなに意地の悪い見本が作れるんじゃ、この悪魔! 女の敵!!」
「双方合意の上で結婚を決めたんだ、失礼なことを言うなよ」
“悪魔”と“ど変態”に加えて“女の敵”の称号も増えてしまった事に少し苦笑したが、本気でそう思っている訳ではないのは、短い付き合いだがわかってきていたので、言われるままにしていた。
「双子を産んだ母親は世間から疎まれてる事くらい知っておったろうに、よく娶る気になったもんじゃ」
「双子を産んだ母親が、近くに居る男を不幸にするなんて、迷信に決まってるだろ。
事実、俺は不幸どころか家まで買って家族も出来て、毎日おいしいお弁当を作ってもらって、幸せに暮らしてるぞ」
「何も考えてないただの馬鹿じゃな」
「あんまり俺の称号を増やすなよ……」
おかしそうに笑うチサの姿を見ていると、善司の中にふと疑問が湧いてきた。
「チサって双子やその母親に対して、偏見みたいなものはないのか?」
「この国では母親に関しては色々刷り込まれるからな、積極的に関わろうとは思わなんだが、双子に対してそんな感情など全く無いの。
魔操作が出来なかったのはお主が解決してしまっとるし、容姿や生まれや能力だけで人を判断するなど、愚の骨頂じゃよ」
「へー、そうなのか。
なら、一度うちの家族にもチサの事を紹介するよ」
「そうじゃな、二組の双子が揃っとるなんて珍しいものは一度見てみたいからの、お主が休みの日にでも呼んでくれ」
精霊の血が濃い人間は、普通の人とは違う成長速度や長寿のせいで、好奇の目を向けられたり、畏怖の対象になったりする。そうした経験があるチサにとって、他人とは違う特性を持っていたりするのは、単なる個性の一つとしか考えていなかった。
それを確認した善司は魔操紙の印刷に集中し始め、2枚の出力が終わるとチサと一緒に工房を後にして、街へと買い物に出かけていった。
それを見送ったスノフは、横柄な喋り方や感情の起伏が激しいせいで、親しい友人が出来なかったチサを、ごく自然に受け入れている善司の事を、ますます気に入っていた。
同じ魔操言語開発者という共通の話題があるだけでなく、2人ともとても優秀だというのは善司とチサの両方を見てきたスノフには良くわかっている。これからも仲の良い友人として付き合っていって欲しい、心からそう願っていた。
チサと主人公のやり取りを書くのが楽しすぎて、まったく話が進まなくなりました(汁;
反省はしてますが後悔はしてません(開きなおり