第41話 来客
平成の時代に大きく発展した半導体技術や情報技術(IT)ですが、令和の時代にも何かブレークスルーが欲しいですね。
(実用化が進みつつある量子コンピュータみたいな、非ノイマン型あたりの発展にも期待)
新しい元号も皆さんにとって良い時代でありますように。
明るくなってゆっくりと意識が覚醒してくると、両肩に心地よい重みが加わっている。視線をその方向に向けると、イールとロールの青紫の綺麗な髪の毛が目に入ってきた。
2人の姉が出来てから、イールとロールは今まで以上に良く話をするようになった。それに釣られてニーナとホーリの口数もどんどん増えているので、とても良い効果を生み出している。
そして今のマイブームが、2人の姉に甘え方を教える事だった。お風呂上がりに善司の背中に張り付いたり、膝枕をしてもらったり、地球でいうネコのように甘える姿はとても可愛らしく、ニーナとホーリも大いに参考にしていた。
昨夜もお風呂上がりに全員でこの部屋のベッドに上がって、話しをしながらスキンシップを楽しんでいたが、子供たちの前では遠慮がちになるハルが、少し寂しそうな表情になっていた。今夜にでも2人きりになって、思う存分甘えてもらおうと考えながら、善司は目の前にある2つの頭を優しく撫でる。
「……うぅ~ん…ゼンジィ、おはよう」
「おはよ~、ゼンジ」
「おはよう、イール、ロール」
「うぅー、まだちょっと眠い」
「あれやって、ゼンジ」
「起きないとやりにくいから、2人とも布団から出てベッドの上に座ってくれ」
「「わかった~」」
イールとロールは、のそのそと起き上がってベッドの上に座ると、善司の方を見て両手を前に突き出しながら微笑む。甘え上手なその姿に少しだけ苦笑を浮かべて、順番に抱きしめると頬に軽くキスをした。2人もそれに応える様に善司の頬にキスを返し、嬉しそうな顔で離れていく。
「これをやってもらうと、気持ちよく目がさめるよ」
「うん、やっぱり朝の目覚めはこうじゃないとね」
「目が覚めたら着替えて顔を洗おうか」
「「じゃぁ、着替えてくるねー」」
おはようのキスですっかり目の覚めた2人は、元気にベッドから降りると自分の部屋に向かっていった。
歳の近いニーナとホーリを妻にすると決めてから、イールとロールもキスをねだるようになり、外国人がやるようなチークキスを2人にするようになった。恋人同士がやるような情熱的なものは、成人まで待ってもらうように言っているが、イールとロールはそれでも十分満足していた。
◇◆◇
善司が着替えて顔を洗い台所に行くと、ハルとニーナとホーリの3人が朝食の準備を始めるところだった。
「おはよう、ハル、ニーナ、ホーリ」
「おはようございます、ゼンジさん」
「「……おはようございます、ゼンジさん」」
作業の手を止めて微笑む3人に近づくと、順番に抱き寄せて触れるだけのキスをする。一緒に眠れない晩は少し寂しくなる事もあるが、こうしてもらえるとそれも吹き飛んでしまう。
この世界で多数の妻を持つ他の男と決定的に違う善司のその愛し方のおかげで、この家に住む家族には不平や不満が一切生まれていなかった。
「「おはよー、お母さん、ニーナお姉ちゃん、ホーリお姉ちゃん」」
「おはよう、イール、ロール」
「「……おはよう、イールちゃん、ロールちゃん。
……今日もすごく元気だね」」
「「うん、起きてすぐに善司から、いっぱい元気をもらったからね!」」
「私が朝ごはんの準備をするから、4人でゼンジさんのお弁当の用意をしてくれる?」
「「わかったよ、任せて」」
「「……はい、わかりました」」
全員でご飯やお弁当の準備に取り掛かり始めると、善司のやる事は無くなってしまう。ハルと2人きりなら話をしながら待ったりするが、全員で話し始めると収集がつかなくなりそうなので、大人しく食堂の方へと移動した。
昨日はお風呂で体調の話をしたが、善司もこの世界で暮らし始めてから、不摂生で痩せ気味だった体重も適正になり、健康的な体を手に入れている。身も心もあらゆるものを満たしてくれる今の生活を決して手放したくない、台所に立つ5人を見ながらそう考えていた。
◇◆◇
スノフの経営する魔操紙工房で、今日も精力的に魔操紙の印刷業務をこなしている。入力スピードはパソコンのキーボードを使っていた時と遜色のない速さになり、タッチタイピングも難なくこなせるようになっている。
午後からはスノフが納品に出かけていて、今日の予約分を印刷し終わった善司は、どの魔操板の在庫を増やしておこうか考えていた。やはりコンスタントに発注がある計算器用か、じわりじわりと需要が伸びているスイッチの魔操板か、どちらにしようか悩んでいたら扉が開いて誰かが入ってきた。
「邪魔するぞ」
スノフが帰ってきたのかと善司が入り口に目を向けると、そこに立っていたのは背が低く赤い髪を後ろでまとめた、明るい青の瞳がきれいな10歳位の少女だった。
「えっと、ここに何か用かな?」
「スノフの爺さんは出かけておるのか?」
「スノフさんなら納品に出かけていて、もうじき帰ってくると思うよ」
善司がそう言うと、その子供は入口から中に入ってきて、あたりをキョロキョロと見回し始め、ある一点でその視線が止まった。それは金庫の魔操板を初期出荷した時にもらった、0番の記念プレートだ。
「少し待たせてもらうが、構わんかの」
「それは構わないけど、君はスノフさんのお孫さんとかかな?」
スノフは1人でこの工房の奥にある自宅に暮らしていると聞いていたが、子供や孫の話をした事はなかった。少し幼すぎる気もするが、それ以外思いつかなかった善司はそう尋ねる。
「いや、あやつとは旧友じゃよ。
それよりお主は従業員のようだが、誰なんじゃ?」
「あぁ、すまない。
俺の名前は善司と言って、最近別の国からこの街に来たんだけど、ここで働かせてもらってるんだ」
「ほう、王都やティーヴァのような大きな街でなく、こんな中途半端な場所に来るとは珍しいの」
「元々何か目的があった訳でもないし、この街でいい出会いといい職場に恵まれたから、ここで暮らすようになったんだよ」
「スノフの所がいい職場とは、お主もなかなか面白い事を言うやつじゃ」
「スノフさんには色々お世話になってるし、俺の私生活も応援してもらってるよ」
「それは何よりじゃな。
それより、ワシの自己紹介がまだじゃったな。
ワシの名前はチサと言うんじゃ、よろしくの」
「チサちゃんっていうのか、可愛い名前だね」
その言葉を聞いたチサの顔はやれやれというような疲れた表情になり、善司の事をじっと見つめている。一人称が“ワシ”だったり、話し方が若干古風な感じがするが、そんな顔で見られる心当たりがない善司は困惑してしまう。
「こんなナリだから仕方ないが、ワシはお主より遥かに年上じゃぞ」
「ちょっと待ってくれ、俺にはどう見ても10歳位の子供にしか見えないんだが」
「他の国から来たと言っておったから知らんのかもしれんが、見た目に惑わされておるようでは、お主もまだまだ未熟じゃな」
「そうは言われても、そんな背格好で俺より年上と言われても、信じられるわけ無いだろ」
「刮目して聞くがよい、ワシは今年で108歳になったのじゃ!」
変わった喋り方で自分の年齢を大幅に水増ししている少女を見て、面白い子供が遊びに来たと思い、善司から余所行きの言葉が抜けてくる。
「……8歳なら納得できたんだがなぁ」
「つくづく失礼なやつじゃな!!」
工房にあった椅子に座り、無い胸を思いっきりそらすチサだったが、善司の目からは疑いの色が消えなかった。長いポニーテールを揺らしながら睨みつけるが、全く迫力がなく受け流されていた。
「ぐぬぬぬぬ……
何か証拠になりそうな物は持っとらんし、お主の鼻を明かしてやれんのが歯がゆいのぉ」
「スノフさんが帰ってくるまで諦めるんだな。
大人しく待ってたら、帰りにお菓子でも買ってやるぞ」
「むきぃーーーーーっ! ワシを子供扱いするでない!!」
そうやってすぐムキになる所が子供なんだと思いつつ、善司はこの表情豊かで打てば響くような反応が返ってくる少女との話が、楽しくなってきていた。
「そうだ、おやつに持たせてくれた果物があるんだけど食べるか?」
「なにっ!? 甘いやつか?」
「すごく甘いわけじゃないが、食べた後の感じが面白いぞ」
「甘くないのは残念じゃが、それは興味をそそるの。
ワシにも一つよこすがよいぞ」
自分のほうが立場が上という態度を崩さないチサに少し呆れつつ、善司は昨日買ってきた果物を一つ渡す。皮を剥いて一口食べると、その顔が徐々に驚きの表情に変化していった。
「なっ、なんじゃこれわーーーっ!
食べた後に口の中がスッキリするではないか!!」
「面白いだろ、その果物」
「こんな面白い果物を食べたのは初めてじゃ。
お代わりはないのか?」
「そんなに気にいったのなら、この入れ物にあるやつ全部食べてもいいぞ」
「おぉー……
お主、人を見る目は持っとらんが、なかなか良いやつじゃな」
「ほっとけ」
ハルたちが果物を詰めて渡してくれた入れ物ごと差し出すと、目をキラキラとさせながら中の果物を貪り始めた。欠食児童を思わせるその姿を見た善司の中に、慈しむような不思議な感覚が生まれ、横柄な口の聞き方も気にならなくなってくる。
「ほら、汁がたれてきてるぞ。
慌てなくていいからゆっくり食べるんだ」
「うむ、すまんの」
一心不乱に食べているチサの顔にハンカチを当てて、垂れそうになっている汁を拭き取っていると、どんどん父性本能が芽生え始め、子供の世話をしている父親の気分になってしまう。
「お主、何やら失礼な事を考えとらんか?」
「そんな事はないぞ、いたって平常運転だ」
「子供の世話をしている父親気分に浸っておらんのなら構わんが、ワシをそんな目で見ておったらすぐ後悔する事になるぞ」
思っていた事をストレートに当てられて少し動揺したが、それを悟られない様にチサの顔を拭いていった。
「お前さんたち、一体何をしておるんだ?」
「あ、スノフさんお帰り。
なんかこの子供がスノフさんに用事があるらしくてな、帰ってくるまで待ってもらっていたんだ」
「だから子供扱いするなと言っとるだろうが!」
「なんだチサ坊じゃないか、いつ帰ってきたんだ?」
「ワシの事をそう呼ぶなと、何度言ったらわかるんじゃ!」
「やっぱり子供なんじゃないか」
「むきーーーーーっ!
ワシはお主より歳上なんじゃ、いい加減学習せんか!!」
「そうやってすぐムキになる所が子供なんだよ」
善司とチサはそう言って睨み合うが、食べかけの果物を手にした姿と、口の周りについた汁汚れを拭き取っている姿なので、どうしても緊張感に欠けて締まらない絵面になっている。
「お前さんたち、えらく仲が良くなっとるな」
「こんな失礼なやつと仲など良くないわ!
とうとうボケが始まったのか?」
「お前こそスノフさんに失礼なこと言うなよ」
「えぇい、このままでは埒が明かん。
すぐ食べ終わるから少し待っておれ!」
残った果物を食べ始めたチサと、垂れそうになる汁を丁寧に拭いてやる善司を見ながら、やっぱり仲が良いじゃないかと思うスノフだった――
この作品でどうしても登場させたかったキャラが、チサという少女(?)です(笑)
ちょうど世話を焼きに来た狐のアニメも始まったことですし、時代はロリBBAなのかもしれません。