第40話 果物
新章の開始になります。
章タイトル通りご近所さん絡みの話になります。
大陸の南方にある小さな国で、政権交代が起こっていた。
独自の持論を主張していた少数政党が突然力を持ち始め、現政権を転覆させてしまった。噂では政党を支持していた富裕層に国の外から資金が流れ込み、多額の賄賂を他党の支持者に贈ったと言われている。
一般市民に選挙権はなく、国のトップは貴族が合議で決定するため、この様な事態は度々起こっており、国民もいつもの事だと気にも留めていなかった。
――ある事情を抱えた一部の者を除いて
◇◆◇
その国は小さいながらも、肥沃な土地と豊かな水資源のおかげで上質な穀物を他国に輸出しており、いわゆるブランド品として貴族や富裕層の間で親しまれていた。
首都に近い街から出発した、輸出用の品を運ぶ商隊の中に紛れて、2人の女性が歩いている。フード付きのローブを羽織っているが、そこから覗く顔からは名状しがたい感情がにじみ出ていた。
「まさかこんな事になるとは、思っていませんでしたわ」
「昔から変な主張をする人達でしたが、政権を握る日が来るなんて誰も想像できませんわよ」
「こうして商隊の方に助けていただき事なきを得ましたけど、これからが不安ですわね」
「まずは、お祖父様が使っておられた家という場所に行ってみないと、始まりませんわ」
「初めて行く国ですから、ちゃんと見つかるか不安ですわ」
「そんなに大きくない街と聞いていますし、誰かに聞けば大丈夫でしょう」
「あの国の事情を考えると、素直に教えてくれるとは思えませんけど」
「その時は手分けしてでも探すまでですわ」
「それに、わたくし達でも出来る仕事は、見つかるのでしょうか」
「あなたは少し心配しすぎですよ。
わたくし達、体力には自信がありますから、何とかなりますわよ」
「そうですわね、ここで悩んでいても仕方ありませんね」
「今わたくし達が行ける場所はそこしか無いのですから、あれこれ考えても時間の無駄ですわ」
荷馬車の隊列に混じって軽快な足取りで歩く2人は、そう言いながらうなずき合う。その顔は鏡合わせのようにそっくりで、小麦色の肌と黒く美しい髪を持った双子であった。
―――――・―――――・―――――
善司は仕事が終わってから露店を覗きながら家へと向かっているが、良くこうして歩きながら珍しいものがあると買って帰っていた。
普段使う食材はハルたちが購入しているので、善司が選ぶのは主にデザート用の果物だ。
地球とは全く違う色や形をしている果物は見た事のない物ばかりなので、物珍しさも手伝ってつい手に取ってしまっている。子供たちも喜んでくれるし、何より未知の食材を食べることへの好奇心が刺激され、善司も密かな楽しみにしていた。
「双子館の旦那、珍しいものが入ったから買ってかないかい」
「今日は何があるんだ?」
「北の方にある国で火期にしか採れない果物が入荷してるんだよ」
「気温の低い地域の果物は甘さが足りない感じがするんだが、それはどんな味なんだ?」
「甘酸っぱくて、口の中がスッキリとする不思議な味だよ」
「それは面白そうだな、ひと籠買って帰るよ」
「毎度ありがとね」
お金を払うと店のおばちゃんが、かごに入っていた果物を袋に詰めてくれる。
善司はこの街の一部の人から“双子館の旦那”と呼ばれるようになった。もちろんそれは二組の双子が居るという、この世界ではまず見られない家に住んでいるからだ。誰が言い始めたかはわからないが、個人商店を中心に、その呼び方がすっかり定着してしまっている。
皮肉や中傷を込めた言い方ではなく、みんな単なる愛称として使っているので、善司もそう呼ばれる事への不快感はなく、すっかり慣れてしまっていた。
「そういや、もうじき南からの商隊が来る時期だから、暖かい地方の果物も入荷するよ」
「南国の果物はすごく楽しみだから、また寄らせてもらうよ」
「それじゃあ、これがお釣りと商品だよ。
柔らかい果物だから、どこかにぶつけないように大事に持って帰るんだよ」
店主に片手を上げて了解の意思を伝えると、袋を大事そうに抱えて店を去っていく。善司はマンゴーやパイナップルやバナナなどを思い出し、この世界のトロピカルフルーツはどんな物があるのか、期待に胸を膨らませながら自宅へと帰っていった。
◇◆◇
善司が家に帰ると、台所の方から全員で現れて出迎えてくれる。奴隷解放をして以降、ニーナとホーリもハルから料理を習い始め、日々腕を磨いていっている。
玄関にも良い匂いが漂ってきているので、今日の夕食も期待できそうだと靴を脱ぎながら考えていた。
「みんなただいま」
「「おかえり~ゼンジ」」
「……お帰りなさい、ゼンジさん」
「……お帰りなさい、カバンお持ちします」
「お仕事お疲れ様でした、ゼンジさん」
「手に持ってる袋は何?」
「お土産?」
「露店のおばちゃんが勧めてくれた果物だけど、柔らかいから落としたりしないようにな」
「やったー、ありがとうゼンジ」
「ご飯の後にみんなで食べようね」
イールとロールに袋を渡すと、それを持って嬉しそうに食堂の方に移動していった。
カバンをホーリに預け、ハルから順番にただいまのハグをしていく。婚姻関係にある3人にはこうしてスキンシップを欠かさないようにしているが、なんど繰り返しても頬を染めて初々しい姿を見せてくれるので、善司の密かな楽しみになっていた。
「今日はニーナちゃんとホーリちゃんの作ったおかずもありますから、楽しみにしていて下さいね」
「ほんとか!? いつ食べさせてもらえるか、ずっと待ってたんだよ」
「……ゼンジさんにも食べてもらえる物が、やっと作れるようになりました」
「……お昼に何度か試作してるんですけど、失敗ばっかりだったんです」
「……まだまだ上手くは出来ないんですけど、ちゃんと食べられるものにはなっています」
「……今日のおかずもちょっと失敗してるんですけど、一度ゼンジさんに食べてもらいたかったんです」
「気持ちがこもっていたら、少し失敗したくらいは気にしなくても大丈夫だからな」
善司に食べてもらえるように、ずっと頑張ってきたその想いは込めている。ニーナとホーリは頭を撫でてもらいながら、不安が消えて感想を聞くのが楽しみになってきていた。
「2人はすごく上達が速いから、ゼンジさんも驚きますよ」
「じゃぁ、すぐ着替えてくるよ。
楽しみだなぁ」
ウキウキとした足取りで二階への階段を登っていく善司を、ハルたちは見送りながら微笑みあった。
「……ゼンジさんて、時々ちょっと子供っぽくなりますね」
「……嬉しい事があったり楽しみな事があったりすると、良くそうなる気がします」
「真剣に何かに打ち込んでいる姿も素敵だけれど、ああやって嬉しそうにしている姿は、ちょっと可愛らしくていいわね」
「「……それはすごく良くわかります」」
「さぁ、仕上げをして美味しいご飯を食べてもらいましょうか」
「「……はいっ」」
お互いの顔を見ながら再度気合を入れて、ニーナとホーリは台所へと戻っていった。
2人が言葉にしなくても考えが伝わるというのは、家族全員に告白していた。驚きはしたものの、イールとロールが痛い場所や体調不良を共有しているのを知っているので、それはあっさりと受け入れられた。
ああやっている姿を見ると、2人で善司の事を考えているんだろうというのが想像できて、ハルの心を和やかなものにしている。お互いにとって初恋の男性だから、その舞い上がる様な気持がとても共感できたからだ。
◇◆◇
食事の後の片付けを終わらせて、全員でお風呂に入っている。今日の話題は、やはりニーナとホーリが作ってくれたおかずの事だ。
肉と野菜をシチューのように煮込んだ、少しとろみのある赤褐色のスープはとても美味しく、善司はおかわりをして食べていた。
「食事をしてから時間が経つけど、まだお腹が重い気がするよ」
「ゼンジはたくさん食べてたもんね」
「お姉ちゃんたちの作ってくれたスープが美味しかったから仕方がないよ」
「ちょっと失敗したって言ってたが、全然そんな事なかったじゃないか」
「……下ごしらえの時に少し焦がしてしまったんです」
「……それに野菜の大きさもバラバラで恥ずかしいです」
「私たちなんかもっと適当だけどね」
「あんまり気にしたこと無いよね」
「……それでも美味しい料理になるんだから、イールちゃんとロールちゃんは凄いよ」
「……私たちが同じ様にやっても、火の通りが悪くて硬い部分が出来ちゃったり、煮崩れちゃったりするから」
「その辺りは慣れだから、これからどんどん上手になっていくわよ」
「俺は料理に関しては全然だめだから、この短時間であそこまで出来るようになったニーナとホーリは凄いと思うよ」
「……ゼンジさんにそう言ってもらえると、すごく嬉しい」
「……これからも頑張りますね」
肩までお湯に浸かって微笑むニーナとホーリの顔は、お湯の温度以上の熱で上気していて、とても満足げな表情になっている。まだまだ手際の良くない2人は、お昼すぎから時間をかけて取り組んでいたので、それが報われた気がしてとても喜んでいた。
「ゼンジの買ってきてくれた果物も美味しかったね」
「あれはどこで採れる果物なの?」
「お店のおばちゃんは、北の方で火期にしか採れないって言ってたな」
「そんな珍しい果物だったのですか」
「……甘酸っぱくて美味しかった」
「……食べた後に口の中がちょっと冷たくなった気がして、びっくりしました」
「あれちょっと不思議な感じだよね」
「でも、すごく面白かった」
善司の買ってきた果物はミントのような爽快感があり、食べた後に口の中がヒンヤリとする後味だった。少し甘みは足りなかったが、善司もその食感は気に入っており、また見つけたら買ってみようと思っている。
「もうじき南の方の国から商隊が来るらしいんだ、そうしたら新しい果物も入荷するって言ってたから、また珍しいものがあったら買ってくるよ」
「ホント! 嬉しいな」
「楽しみにしてるね!」
「……この家に来てから、食事がすごく楽しい」
「……色々なものが食べられるも嬉しい」
「私も、こんなに楽しくお料理できるのは初めてです」
「それにこの家に来てから体の調子がいいんだ」
「体力もついてきたから、走っても疲れにくくなったよ」
「お肌の調子もすごく良いんです」
「毎日お風呂に入ってる影響もあるだろうし、栄養状態が良くなってるのと、美容と健康に良いって言われる果物のお陰かもしれないな」
「……お風呂に入るとお肌がツルツルになるから、それは絶対ありますね」
「……果物にそんな効果があるんだったら、お菓子とかも作ってみたい」
「果物を使ったお菓子っていうのは、いいかもしれないな。
ハルはお菓子を作ることは出来ないのか?」
「すいません、お菓子を作った経験がないので、良くわからないんです」
果物が美容にいいと言われて、女性陣の目つきが変化したが、お菓子を作る技術は誰も持っていなかった。この国にレシピ本は存在しないので、誰かに教えてもらえなければお手上げ状態だ。
「まぁ、こればっかりは仕方がないよ。
果物はそのまま食べても美味しいんだし、潰して飲み物にしたり色々な種類を盛り合わせたりして楽しんでいこう」
「まだ食べたことない果物もいっぱいあるだろうし、それだけでも楽しみだよね」
「早く南の国からいろいろな果物が届かないかなぁ」
少し長く湯船で話をしすぎたので、のぼせる前にお湯から出て、お互いに洗ったり洗われたりしながら、全員がお風呂の時間を楽しんでいた。
プロローグ的に登場した人物は、章の後半に再登場します。
次話で筆者がどうしても書いてみたかったキャラが出てきますので、お楽しみに(笑)