第39話 奴隷解放
この章の最終話になります。
朝、善司が目を覚ますと、両胸に心地よい重みが加わっていた。
ニーナとホーリの着ている寝巻きは、透けそうなくらい薄手で肌着も同様だ。少しボリュームが足りないながらも、十分にまろやかな感触がダイレクトに伝わってきて、朝のひと時を楽しませてくれている。
2人の背中に手を回して軽く抱き寄せながら微睡んでいると、同時に少しだけ身じろぎした後に、ゆっくりと目が開いてきた。
お互いの姿を捉えた後に3人は微笑みを浮かべ、ついばむようなキスを何度か繰り返してから朝の挨拶をする。
「おはよう、ニーナ、ホーリ」
「「……おはようございます、ゼンジさん」」
「2人とも初めてこうしてみた感想はどうだった?」
「……男の人に抱かれるのが、あんなに気持ちいいなんて知りませんでした」
「……優しくて安心できて、体の中心から暖かくなってきました」
2人は昨夜の事を思い出して、うっとりとした表情になっている。何もかも全てが初めての経験で、善司からは受け止めきれないほど色々なものを貰っていた。
「どこか痛い所とか調子の悪い所はないか?」
「……はい、いつもとは違う姿勢で寝ましたけど、痛い所とかはないです」
「……むしろ普段よりよく眠れて、調子がいいくらいです」
「それなら良いんだ。
それじゃぁ、今日は朝ごはんを食べた後に、奴隷商まで報告に行こうか」
「「……はい」」
ニーナとホーリは嬉しそうに頬を染め、もう一度善司とキスを交わした後、着替えをしに自分たちの部屋へと戻って行った。
昨夜2人に証が欲しいと言われた善司は、耳元で「結婚しよう」と囁いていた。それを聞いて顔を真っ赤に染め抱きついてきたニーナとホーリはとても愛らしく、そのまま2人を抱きしめながら眠りについた。
変な姿勢で眠らせて、寝違えたりしなくて良かったと思いながら、善司も着替えをして一階へと降りて行った。
◇◆◇
台所に行くと、ハルが何時ものように朝食の準備をしていたが、今日はもう終わる寸前だった。昨夜は3人で遅くまで話をしていたので、いつもの時間とずれてしまっていた。
「おはようハル、今日は少し寝過ごしてしまったな」
「おはようございます、ゼンジさん。
今日もお休みなんですから、もっとゆっくりしていても大丈夫ですよ」
「料理をしているハルの姿を見るのも俺の楽しみだから、休みだからといって怠惰に過ごしたくはないな」
「ふふっ、ゼンジさんは相変わらず私を幸せな気分にしてくださるのがお上手です」
「本音しか言ってないからな」
「わかっていますよ」
ハルは善司の方を見て、花の咲くような笑顔で微笑んでいる。そこへ着替えを終えたニーナとホーリが入ってきたが、2人の顔は昨日よりも更に生き生きしていて、全身から幸せオーラが出ている感じだ。
「「……おはようございます、ハルさん」」
「ニーナちゃん、ホーリちゃんおはよう。
早速で悪いんだけど、朝ごはんを机に並べてもらえるかしら。
ゼンジさんはイールとロールを呼んできて下さい」
「「……はい、わかりました」」
「わかった、ちょっと行ってくるよ」
善司が二階へと上っていくと、ハルは調理の手を止めてニーナとホーリの方に近づいていく。
「2人とも、ちゃんと想いは伝えられた?」
「……はいっ、ゼンジさんに受け入れてもらえました」
「……それに結婚の約束もしてもらえて、すごく幸せです」
「そう、それは良かったわ」
「「……ハルさん、本当にありがとうございました」」
「私は少し背中を押しただけで何もしていないわ、決めたのはあなた達の気持ちよ」
同時に頭を下げるニーナとホーリを、ハルは優しい目で見つめている。
「……それから、私たちにも料理を教えて欲しいです」
「……ゼンジさんの喜ぶ事をしてあげたいから」
「もちろん構わないわよ。
同じ人を好きになってくれたのが、こんなに素直で可愛い子なんて私も嬉しいし、ゼンジさんにもらった幸せを少しでも返していけるように、これから頑張っていきましょうね」
「「……はいっ!」」
3人は手を取り合って、家族から一歩進んだ関係を喜んでいる。ニーナとホーリは、善司が料理の話をした時に見せた笑顔を自分たちの手で引き出してみたい、そんな気持ちで気合を入れていた。
◇◆◇
善司の腕を両方から抱きしめるように組んで、3人で奴隷商への道を歩いていく。隷属の証を首につけた、同じ顔の2人が両方から腕組みしている姿は道ゆく人の注目を浴びるが、ニーナとホーリは今日もそんな目を気にする事なく歩いている。
「……イールちゃんとロールちゃんには、すぐバレてしまいましたね」
「……あの2人はとても鋭くて、いつも驚きます」
「人の気持ちや回りの気配に敏感な2人だから、俺とハルが結婚した時もひと目で見抜かれたよ」
今日のイールとロールは、食堂に入って最初の挨拶が「ゼンジとお姉ちゃんたち結婚したんだね」だった。相変わらずの鋭い洞察力に驚かされたが、そのあと祝福の言葉を貰ってニーナとホーリはすごく嬉しそうな顔をしていた。
自分たちが15歳になった時の事もしっかりアピールしていたが、既に善司はちゃんと受け止める気でいる。
自分の独占欲はこんなに強かったのかと善司自身も驚いているが、2人が離れようとしない限り誰にも渡すつもりはない。思えば、元の世界で女性関係がうまくいかなかったのは、こうして誰かを渇望する気持ちが薄かったからではないか、そんな風に考え始めていた。
◇◆◇
3人は奴隷商に到着してロビーのカウンターに居た従業員に、セルージオへの取り次ぎを頼んだ。さすがに建物の中に入るとニーナとホーリも居住まいを正して、組んでいた腕を解いて善司の隣に立っている。
「いらっしゃいませ、ゼンジ様。
ご契約いただいた奴隷は、お気に召していただけたでしょうか」
「今日はその事でお伺いしました」
「左様でございますか。
こちらの部屋にお入り下さい」
ロビーに出てきたセルージオに、いつもの執務室へと案内され、3人並んでソファーに座る。
「私どもでご紹介いたしました奴隷に、何かご不満の点などございましたか?」
「いえ、2人は家の手伝いもしっかりしてくれますし、その様な事は一切ありません」
隣りに座っているニーナとホーリの頭を撫でると、2人は嬉しそうに善司の顔に視線を向け、その姿を見たセルージオと秘書の女性は、信じられないものを見たという表情をしている。
「まさかとは思いますが、本日お越しいただいたご用件というのは……」
「この2人の奴隷解放を、お願いに来ました」
「……しょっ、少々お待ちください。
ゼンジ様がこの2人とご契約されていから、まだ二日も経っておりませんが」
「家に来てもらった日の晩と昨日一日この2人と生活を共にして、ニーナとホーリを妻として愛していくと決めましたので」
その言葉を聞いたニーナとホーリは、顔を真っ赤にして両手で頬を押さえてうつむいてしまう。それは完全に恋する乙女の仕草そのもので、前の席に座っているセルージオを驚かせ、近くに控えている秘書の女性を唖然とさせた。
「ゼンジ様はああ言っておられるが、2人の気持ちも同じなのかね?」
「ゼンジさんには私たちの初めて(の口づけ)を貰っていただきました」
「それに私たちの(過去の)全てを知っていただいきました」
「今まで知らなかった他人を愛する事」
「そして愛される事を教えてくれました」
「もう私たちの身も心もゼンジさんのものです」
「ゼンジさんのいない生活は考えたくありません」
「「この方になら私たちの人生すべてを捧げられます」」
淀みなく自分の気持を伝え、最後は2人揃って宣言をすると、セルージオは近くで固まっていた秘書を強制再起動させ、必要な魔操器を用意するように指示を出す。
「正直申しまして、このような事例は当商会、いえ恐らく他の商会でも引き起こされた事はございませんので、大変驚いております」
「普通はどういった感じになるんでしょうか?」
「やはり通常は契約や義務が壁になって、距離をおいた関係になってしまう事がほとんどです」
「……ゼンジさんにはそんなものはありません」
「……私たちも家族と同様に接して下さいますので」
ニーナとホーリはそう言うと、隣りに座っていた善司の腕を取って自分の胸元に抱き寄せる。
「それに奴隷の方から、ここまで契約者に依存する事は、まずございません。
奴隷解放も契約主が入れ込んでしまい、手元に置いておきたいとお申し出る下さる場合が大半ですので」
「俺もここで初めて2人を見た時から惹かれていましたから、十分入れ込んでいますよ」
その言葉を聞いたニーナとホーリは更に密着度を高め、善司の腕はまろやかな感触に包まれていく。
「奴隷に無理強いをする場合もございますが、こうして見る限りその様な行為はないと確信できます。
では、今から奴隷解放の手続きをさせていただきます」
「よろしくお願いします」
「「……お願いします」」
秘書の女性から受け取った魔操器に善司が中指を当てて認証を完了させ、それを首につけたチョーカーに当てるとロックが外れる。それを2人分繰り返した後に、善司とセルージオのサインを書類に書き入れて、奴隷解放の手続きは終了した。
「これで奴隷解放の手続きは終了いたしました。
この度は当商会の奴隷をこの様に大切にしていただき、誠にありがとうございました」
「こちらこそ、ニーナとホーリを紹介していただき感謝しています」
「……ゼンジさんと出会う事が出来たのはセルージオさんのおかげです、本当にありがとうございました」
「……それに、秘書のお姉さんにも色々とお世話になりました、ありがとうございます」
3人は頭を下げて執務室を後にする。
ニーナとホーリは善司と腕を組んだまま、嬉しそうにその顔を見上げながら部屋から出ていった。
「お父様……
私、この仕事をしてきて、今日ほど嬉しかった事はありません」
「私も奴隷解放は何度も経験したが、あれほど幸せそうな顔は初めて見たよ」
「たった二晩で別人のように明るくなって、驚きました」
「あの2人が本来持っていた姿だと思うが、彼女たちの母親ですら知らなかったものだろうな」
「それを引き出されたゼンジ様は、一体どんな魔法を使われたんでしょうか」
「それはわからないが、私はゼンジ様がこの先なにかを成そうとするなら、後ろ盾になると決めたよ」
「私もゼンジ様とそのご家族の事は応援したいと思います」
こうして奴隷商を営む父娘が、善司の味方になると決意した。それはすなわち、この街はおろか王都ですら、彼に対する悪い噂が流れなくなるという事だ。
双子やそれを産んだ母親に対する世間の冷たい目が、少しずつ解消するきっかけになる出来事だった。
―――――・―――――・―――――
ここは王都にある、とある建物の中――
締め切られた窓の隙間から、明かりが少し漏れているだけの薄暗い部屋で、小さな影が机から顔を上げる。
「……もう朝になったのか」
机の上には1枚の見本と、何かを書き込んだ多数の紙が積まれていて、一見すると無意味な文字列が乱暴に書き込まれている。
「3日も徹夜するなど何十年ぶりじゃ」
「面倒くさいからと断った金庫用の見本が発表されたと聞いて取り寄せてみれば、何じゃこの書き方は!!」
「意味不明の文字列を並べて記述しておるのに正常に動くとは、どんなカラクリじゃと思っておったが……」
「無意味な処理や無駄な回り道をこれでもかと仕込みおって、これを作ったやつは悪魔かっ!!!」
小さな影が机を激しく叩くと、乗っていた紙がバラバラと床に落ちる。
「見本一つでここまでワシを愚弄するとは、もはや許せん!」
「絶対に見つけ出してぎゃふんと言わせてやる、首を長くして待っているがいいっ!!!」
大きく振り上げた足のスネが机のトンボ貫に当たってしまい、その小さな影は震えながらうずくまってしまった。
――薄暗い部屋には声にならない呻きが、しばらくの間続いていた。
前話からのオチはこんな感じになりました(笑)
次からはいよいよ二章に渡って章末に登場した人物の話になります。