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第3話 イールとロール

 3人は岩の上に腰掛けながら、お互いの年齢や好きな物の話を続けていた。一般的な名詞はこの世界でも同じだが、物の名前などは全く違うので、善司にはわからない事も多いが、それでも3人は楽しそうにしている。



「じゃぁ、ゼンジは違う世界に住んでたから、私たちの事をバカにしたりしないんだね」

「普通に話してくれるもんね」


「俺には普通の双子にしか見えないんだけど、この世界では違うのか?」


「双子は魔操作(まそうさ)が出来ないから役立たずって言われるんだ」

「一つの力を2人で分け合った半端者なんだって」


「“まそうさ”ってのは一体なんの事だ?」


「魔操作は道具を動かしたり、魔法で攻撃したりする事だよ」

「私たちはそれが出来ないから、仕事をさせてもらえないし、魔物も剣で倒すしか無いんだ」



 2人が代わる代わる話してくれた内容を簡単に纏めるとこうだ。


 この世界では道具を使ったり攻撃魔法を使ったりする時に、魔操作という能力が必要になる。生活のあらゆる場所でそれは必要とされていて、調理器具を使ったり照明を点けたりする事や、ドアの開閉にまで利用されている。


 普通の人は誰でもこの操作が出来るのだが、双子はなぜかそれが出来ないため、建物への出入りもままならず、不便な生活を強いられていた。そんな欠陥を抱えたままのシステムで動かし続けるのは日本では考えられないが、この世界では滅多に双子は誕生せず、2人の住む街でも百年以上記録がなかった。



「そんな風に言われ続けてたら人間不信になりそうだけど、良く俺のことを助ける気になったな」


「ゼンジは見たことない格好をしてたからね」

「どっか遠い国から来た人なら、私たちのこと何も言わないかなって」

「でも声をかけて正解だったねローちゃん」

「色んな話が聞けて面白かったねイーちゃん」


「そのおかげで俺は痛い思いをせずに済んだから、2人には感謝してるよ」


「「えへへへ~」」



 善司はイールとロールの方に手を伸ばして頭を撫でたが、2人は嫌がったりせずとても嬉しそうな顔をしている。



「ゼンジはこれからどうするの?」

「行く所ある?」


「何の準備もせずにこの世界に飛ばされてきたから、行くあてもお金も無いんだけど、どこか泊まれる場所を知らないか?」


「それならウチにおいでよ」

「お母さんと3人で暮らしてるけど、ゼンジが寝る場所くらいならあるよ」


「会ったばかりの男が突然家に行ったら、お母さんがびっくりするぞ」


「私たちがちゃんと説明するから大丈夫だよ」

「お母さんはとっても優しいからね」


「迷惑にならないか?」


「そんな事ないよ」

「それにゼンジだったら、お母さんの事も大丈夫だと思うんだ」

「それ、私もそう思うよ」

「その代りさっきみたいな話を聞かせてね」



 少し気になることを言っているが、善司は双子に押し切られ、家までお邪魔してみる事に決めた。母親に拒否されれば、どこかで野宿でもしようと考えながら、2人の後を付いて森の中を歩く。



◇◆◇



「食べられる果物とって来たよ」

「あっちに少しだけ()ってた」


「ありがとう、イール。

 ロールもたくさん採ってきたな」



 イールから受け取った黄色い実をかじってみると、少し酸っぱいが瑞々しくて乾いた喉と空きっ腹に染み渡る。小さい実だが、3つも食べると喉の渇きもすっかり収まった。



「2人とも、すごく美味しかったよ、ありがとう」


「あのさ、ゼンジって私たちの見分けがつくの?」

「どっちがどっちか言ってみて」


「簡単だぞ、こっちがイールで、そっちがロールだろ?」


「うん、正解」

「凄いねゼンジ」


「2人の姿や声はそっくりだけど、よく見ると結構違うぞ」


「じゃぁじゃぁ、これならどうかな」

「当ててみて」



 2人は一度木の向こう側に消えて、それから後ろ向きで同時に出てきた。



「右がロールで、左がイールだな」


「当たってるよ」

「もういっぺんやってみて」



 それから何度か後ろ向きや、向い合せに背中合わせと色々な方向から試してみたが、全部正確に当ててしまった。



「全問正解だよ」

「お母さんでも時々間違えそうになるのに」


「俺の親戚にもそっくりの双子が居て、親も髪飾りの位置で見分けてたんだけど、時々いたずらして取り替えてたりしてたんだ。でも俺だけは2人を正確に見分けて、とても驚かれた事があるよ」


「ゼンジの知ってる双子ってどんな子だったの?」

「私たち以外の双子の話、聞いてみたい」



 今年で10歳になる双子の女の娘だが、実家に帰省した時によく遊んでいたこと。2人とも見た目も声も完全に一緒で、親戚の中でも善司にしか見分けられなかったこと。そのせいでとても懐かれて、良く一緒に遊んだ事などを話しながら森の中を歩いていく。


 2人が魔物と呼んでいる、赤い目をして黒いオーラを纏う生き物が時々現れるので、それを倒しながら進んで行くと、やがて森が途切れ遠くに城壁のような物に囲まれた街が見えてきた。



「あれがエンの街だよ」

「私たちはあそこに住んでるんだ」



 街に近づいていくと建物の外壁もよく見えてくるが、レンガや切り出した石を漆喰(しっくい)のようなもので固めていたり、一部が木造のものと組み合わさっている、外国の古い都市にあったような建物が並んでいた。



「結構大きな街なんだな」


「エンの街はこの国だと真ん中くらいの大きさなんだって」

「少し遠い所にあるティーヴァの街はすごく大きいって聞いた事がある」

「他にもトーレの街とかフィーラの街もあるよ」

「ずっと遠い所にある王都ノールは、もっともーっと大きいらしいよ」


「この国の王都か、一度くらいは見てみたいな」


「王都に行くのはすごくお金がかかるから、私たちには無理だね」

「行けるとしても、お母さんの病気が治ってからだね」


「お母さんは病気なのか?」


「私たちを育てるのに無理しちゃって、今年に入ってから仕事が出来なくなっちゃったんだ」

「良く効く薬があるみたいなんだけど、高くて買えないの」

「だから私たちが魔物を倒してお金を稼いでるんだよ」

「でも全然お金が貯まらないんだ」


「やっぱりそんな所で泊めてもらうのは迷惑になると思うんだが」


「そんな事ないよ、お願いだから一緒に来て」

「あのねゼンジ、お母さんの力になってあげて欲しいの」


「力にって、何をすればいいんだ?」


「お母さんの話を聞いてくれるだけでいいの」

「お母さんの病気を治す手伝いをしてくれると、もっと嬉しいけど」


「2人には助けてもらった恩があるし、行くあてのない俺に手を差し伸べてくれたから、出来るだけの事はしてあげたいとは思うが……」


「ゼンジが力になってくれるなら、私たち何でもしてあげるよ」

「私たちの事はゼンジの好きにしてくれていいから、お願い力を貸して」



 先程までずっと笑顔で話しかけてくれた2人が、母の事になるとその表情を暗くして、必死になって頼み込んでいる。出会って間もないのに、これだけ信頼して懐いてくれる理由は不明だが、こうまでされて断れるほど善司の心は冷たく無かった。



「わかったよ、この世界で俺にどんな事が出来るかわからないけど、こうして出会えたのも何かの縁だし、やれるだけやってみる」


「「ありがとうゼンジ」」



 2人に左右から抱きつかれた後、話をするために止めていた足を再び動かし、街の中へと進んでいった。



◇◆◇



 2人と一緒に街を歩いているが、善司は通行人にやたらと注目されていた。白いカッターシャツとダークネイビーのチノパンにダークブラウンのショートブーツという出で立ちは、この世界の服装と明らかに違うので仕方がない。


 今日の狩りで集めた魔操玉(まそうぎょく)を店に売りに行くという2人について行っているが、コートやジャケットを買い取ってくれそうな店を聞いて、この世界で使われている服と交換してもらおう。突き刺さる視線を気にしないように、お店の説明をしてくれる2人の声を聞きながら歩いていく。



「おじさん、こんにちは」

「今日の分を買い取って」



 そこは道路に面した部分にカウンターのある建物で、魔操作の必要な扉も無いため双子でも利用できる数少ない店の一つだ。カウンターの横から店内へも入れるようになっていて、奥には服や日用品を始めとした雑貨が、所狭しと並べられている。



「何だお前らか、どうせ今日も小型の魔物しか狩れなかったんだろ、とっとと出せ」


「今日はこれだけだよ」

「よろしくね」



 カウンターの奥から出てきた男性は、面倒くさそうに小さなトレイを差し出すが、2人はそんな対応を気にした風もなく、笑顔を浮かべながら魔操玉をその中に入れる。



「相変わらずしけたもんしか持ってこねぇな……

 ほれ、今日の分だ、受け取ったらとっとと帰りな」


「ありがとう、おじさん」

「また持ってくるね」



 茶色の硬貨を20枚程度カウンターの上に置いて、店の親父は追い払うように手を振る。2人はそれを受け取って、大事そうに袋の中にしまっていた。


 一連のやり取りを見ていた善司の心の中に、少し苦いものがこみ上げてくる。事前に双子がこの世界でどういう立場なのかは聞いていたが、実際に目にすると文句の一つでも言いたくなる。しかし、ここで騒ぎでも起こせば2人の立場は更に悪くなるだろうと思い、ぐっと我慢した。



「そっちの兄さんは、こいつらの知り合いか? 悪いことは言わねぇから、こんな奴らと手を組むのはやめておけよ」


「森の中で迷っているところを助けてもらってね、今は街の案内をしてもらってる」


「それくらいなら、こんな役立たず共でも使えるな。

 変わった形だが上等そうな服を着てるじゃねぇか、色々買って行くならおまけしてやるぜ」



 双子の時とは違い、下心丸見えの笑みを浮かべながら身を乗り出して対応する親父を見て、善司の顔に苦笑が浮かぶ。



「珍しい物を買い取ってくれる店を探してるんだが、どこか知らないか?」


「それならここで買い取ってやるが、いま手に持ってる布がそうか?」


「あぁ、そうだ。

 金を無くして困ってるんだよ、これを買い取ってもらうか、この店に売ってる服と交換して欲しい」



 カウンターにコートとジャケットを置くと、店の親父は広げたり手触りを確かめたりしている。試しに袖を通したりもしているが、身長差があるのでコートはぶかぶかだ。それを見た双子は、店の親父から見えない位置で小さく笑っていた。



「見た事の無い布で出来てるが、兄さんは別の国の人か?」


「かなり寒い場所から来たんだが、買い取れそうか?」


「作りもしっかりしているし、何より珍しいからな、買い取ってやるよ」


「ここで売っている服や靴と交換でも良いんだが」


「ここで着替えていくなら、いま着てる服も売ってくれ、差額を支払ってやる」



 2人にはそのまま待ってもらうように伝えて、店に置いてある服や下着を数着みつくろい、背負カバンも一つ選ぶ。奥にある小部屋で着替えをさせてもらい、靴も履き替えてカウンターに戻った。



「いま着ている服と履いている靴、それから着替えを数着にこのカバンも欲しいんだが、大丈夫か?」


「あぁ、問題ないぜ。

 いま着ていた服の分も計算するからちょっとまってくれ」



 洗濯せずにそのまま買い取ってもらって大丈夫だろうかという気もしたが、店の親父は何も言ってこないのでシャツとズボンとショートブーツを手渡した。


 しばらく待っていると、トレイの上に銀色の硬貨数枚と、茶色の硬貨数十枚を乗せて差し出してくれた。



「助かったよ、ありがとう」


「また珍しいものがあったら持ってきな、いつでも買い取ってやるぜ」



 受け取った硬貨をカバンの内ポケットにしまい、ホクホク顔の親父の声を受けながら店を後にした。


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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
― 新着の感想 ―
[一言] 「また珍しいものがあったら持ってきな、いつでも買い取ってやるぜ」 どうして、何軒か回らなかったのかな。一番高く買い取ってくれるところで、売ったらよかったのに。
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