第37話 気持ち
朝と合わせて、今日は2回目の更新になります。
明日も2話更新予定で、この章が終了します。
善司に手を繋いでもらったニーナとホーリは、頬を染めながらしっかりとした足取りで隣を歩いている。
『これ、恥ずかしいけど凄く嬉しい』
『胸のドキドキは止まらないけど、とっても幸せだね』
『イールちゃんとロールちゃんの言う通りにしてみて良かった』
『ゼンジさんを騙すような事をしたのは心苦しいけど』
『奴隷商で手を握ってもらった時とは全然違うね』
『あの時は子供扱いされてるのかなって思ったけど』
『『今は恋人同士みたいで、どこかに飛んで行きそうなくらい気持ちがふわふわする』』
2人がよろめいて善司の胸に飛び込んだのは、イールとロールが立てた作戦だった。結果それはうまくいき、こうしてニーナとホーリは至福の時間を堪能している。
「2人とも、歩く速さはこれくらいで大丈夫か?」
「「……はいっ、全然まったく問題ありません。
このままずっと続けてもらってもいいくらいです」」
「???」
今までとは違う2人の反応に少し戸惑った善司だったが、両隣から伝わってくる空気は楽しそうなものだったので、そのまま歩き続ける。ニーナとホーリも、この時間が少しでも長く続けばいいのにと思いながら、善司の顔をチラチラと見つつ歩いていた。
◇◆◇
「おう、兄さん、今日も買い物……かぁ!?」
「家族が増えてまた必要なものが出来たから、揃えに来たんだ」
よろず屋の親父は、善司の両隣に居る2人を見つめて、語尾を思いっきり上げながら変な声を出して、座っていた椅子から立ち上がる。ニーナとホーリはその動作に少し驚いて、善司の腕を抱えるようにして隠れるが、カウンターの方を見て小さく頭を下げている。
今までならそんな事は出来なかったが、善司という庇護者のおかげで、逃げたり怯えて硬直したりという事は無くなっていた。
「何で双子が増えてやがるんだ、しかも首につけてるその証は……」
「あぁ、この子たちは奴隷商から紹介されて、俺が家族として迎え入れた」
「ちょっと待て、奴隷商から紹介されただと!?」
「俺の所に経営者を名乗る人物が訪ねてきて、話を聞いてくれないかと持ちかけられた」
「あの腹黒おやじ、兄さんに目をつけやがったな」
「なんだ、セルージオさんを知ってるのか?」
「やり手で有名なやつだからな、この街でも顔は広いぜ」
よろず屋の親父は、やれやれとでも言いたげに首を横に振ると、椅子へと腰掛けなおした。
「腰の低い、どこにでも居そうな経営者という感じだったが」
「まぁ、変に目を付けられてるんじゃなかったら問題ねぇな。
敵に回すとこの街に居られなくなるが、よっぽどの事がねぇ限り、その心配は無用だぜ」
それを聞いた善司は、ニーナとホーリを引き取ってひどい目に合わせた資産家に、何があっても自業自得だと心の中で呟いた。
「彼がどんな人物だろうと、この2人を紹介してくれた事は感謝してるよ。
大切な家族が増えて嬉しいしからな」
善司は2人に抱きしめられていた腕を解いてもらい、そのまま自分の方に引き寄せて頭を撫でる。ニーナとホーリは善司の服を掴んで、見上げながら嬉しそうに微笑を返した。
「しかしまぁ、売られた奴隷はそんなにべったりしねぇもんなんだが……
直接紹介を受けた事といい、兄さん本当はどっかの国の貴族なんじゃねぇか?」
「いや俺は、この街に金も持たずにやってきた、ただの流れ者だよ」
「まったく、兄さんがここに来てから、おかしな事ばっかり起こりやがる。
今日は珍しいものを見せてくれた礼だ、まけてやるから大量に買っていきやがれ」
ニーナとホーリが使う日用雑貨や、お風呂で使うタオルや大きな布を追加して、食器や細かな消耗品と多めに購入した。約束通り値引いてくれた金額を支払い、よろず屋を後にする。
「……最初は怖い人かと思ったんですが、少し違いました」
「……それにゼンジさんの所なら、双子でも心配ないだろうって言ってくれましたね」
「喋り方は乱暴だけど、面倒見のいい人だよ」
「私たちの買い取りも、ちゃんとやってくれたしね」
「買ってくれるのは、あそこだけだったもんね」
「それに最近しょっちゅう値引きしてもらってます」
「……なんだか不思議な人でした」
「……驚いた顔が少し面白かったです」
ホーリのその言葉で、イールとロールが吹き出しそうになり、ハルも笑いをこらえている。善司も漫画的に大きく口を開けたあの顔は、かなりツボにはまってしまい、思い出し笑いをしていた。
「それより、俺は荷物を持たなくてもいいのか?」
「ゼンジはニーナお姉ちゃんとホーリお姉ちゃんと手を繋いでるからいいよ」
「ゼンジの今日の役目は、2人を無事に家まで連れて帰る事だよ」
「荷物も重いものはありませんから、気にしないで下さい」
「そうか? なら良いんだけど」
「……もしかして歩きにくいですか?」
「……ご迷惑なら手を離しますけど」
「いや、迷惑じゃないし、もっとくっついて歩いても平気だよ」
「「……ホントですか!」」
笑いかけてくる善司の顔を見た2人は、ハルの行動を真似して腕に抱きつくように近くに寄っていく。両腕にまろやかな感触を受けながら、善司は家へと帰っていった。
◇◆◇
家に帰ってお昼を食べた後は、掃除をしたり新しく購入したものを片付けたり、全員で手分けをして進めていく。
「……ゼンジさん、これはどこに置けばいいでしょうか」
「……それから、こっちも教えて下さい」
「ニーナの持っているのは、いつでも使えるように棚に入れておいてくれるか。
ホーリの持っている方は、予備だから引き出しにしまっておいてくれ」
「……はい、わかりました」
ニーナとホーリもこうして手伝っているが、遠慮がちな態度や、恐る恐る話すような振る舞いが無くなり、とても活き活きと動いている。
善司に褒めてもらおうと頑張っている姿はとても微笑ましく、同じ原動力で動いているイールとロールも、そんな2人をニコニコと見つめていた。
「お姉ちゃんたち、すごく張り切ってるね」
「ゼンジに褒めてもらうのは嬉しいから、よくわかるよ」
「私たちも負けないように頑張ろうね」
「ゼンジにもお母さんにも褒めてもらえるくらい頑張ろう!」
ニーナとホーリに負けないように、2人もお手伝いに精を出す好循環が生まれていた。そんな娘たちを、ハルは嬉しそうに見つめている。歳の近い姉妹が出来て、お互いに影響し合ったり競い合ったりするなんて事は、今までの生活だと考えられなかった。
3人だけの狭い世界だったものが一気に広くなって、とても良い効果が出てきている。それにニーナとホーリを見ていると、善司に好意を寄せているのは一目瞭然だ。
この国に住む男性にとって妻の数というのは、自身の経済力や器の大きさをわかり易く誇示するステータスになっている。そして、そんな男性に見初められた女性には不自由のない生活保証と、人々の羨望の的になる栄誉が待っている。
ハルが嫁いだ家のように、単に数としか見ておらず愛情が無い者も居るが、そんな一部の例外を除くと、双方にとって得る物が大きいのが特徴だ。
もちろんハルは羨望の眼差しを向けられたいと思っていないし、善司にそんな思惑が無いのはわかっているが、同じ人を好きになって仲良く一緒に暮らせるというのは、とても幸せな事だと感じていた。
◇◆◇
「いまさら聞くのはあれなんだが、昨日はなし崩しに一緒に入ったけど、ニーナとホーリは全員でお風呂に入る事に抵抗は無いのか?」
夕食が終わり片付けを終わらせた後、全員で脱衣場まで移動してきた所で、善司からそんな質問が飛び出した。
「何ていうか、本当にいまさらだね、ゼンジ」
「ここまで来て聞く事じゃないと思うな」
「そうですよゼンジさん、家族は一緒にお風呂に入るものだと言ったのは、あなたじゃありませんか」
珍しくハルにまでツッコミを入れられて、善司は決まりが悪い表情になってしまう。変な先入観を持たずに全員で入浴する事を受け入れたせいか、ハル達の方がすっかりそれを当たり前の行為にしてしまっていた。
「……みんなで入るお風呂は楽しいですから、問題ないですよ」
「……それに私たちだけ仲間外れなんて嫌です」
「そうだな、変な質問をして悪かった」
ニーナとホーリも、赤の他人と一緒にお風呂に入るのは、例え同性だったとしても抵抗がある。しかし、この家族にならそんな気持ちは一切起こらないし、異性である善司に対しても同じだった。
2人にも人並みに羞恥心はあるし、いくら愛玩奴隷としての立場があったとしても、嫌な気持ちまでは抑えられない。だが、善司に対しての恋慕を自覚し始めている今なら、恥ずかしさより一緒に居る嬉しさの方が上回っていた。
「……ここのお風呂はすごく落ち着きます」
「……のんびり入れるのが良いです」
「お姉ちゃんたちの家には、お風呂があったの?」
「私たちはこの家に来て、初めてお風呂を体験したんだよ」
「……家には無かったんだけど、奴隷商で使わせてもらってたの」
「……最初はお風呂の使い方がわからなくて、商会の人が教えてくれたんだよ」
「どんなお風呂だったんだ?」
「……ここよりずっと狭くて、あんまりゆっくり出来なかったんです」
「……みんなで使う場所だったから、入れる時間が決まっていたので」
「ここなら思う存分入れるから、ゆっくり温まるのよ」
「「……はいっ」」
色白の肌はお湯の温度でうっすらと紅潮していて、そんな状態で微笑む姿には艶があり、善司も少しのあいだ見とれてしまう程の魅力を引き出していた。
「今日はお姉ちゃんたちの背中は、私たちが洗ってあげる」
「昨日は出来なかったから、やってあげたかったんだ」
「……うん、お願いするね」
「……私たちもイールちゃんとロールちゃんの背中を洗ってあげるね」
4人はお湯から出ると洗い場に行き、まずはニーナとホーリが椅子に座って背中を洗ってもらっていた。
「お姉ちゃんたちはおっきくていいな」
「私たち後2年ちょっとで、そこまで成長する自信がないよ」
「……イールちゃんもロールちゃんも諦めるのはまだ早いよ」
「……私たちもつい最近、急に大きくなってきたんだから」
「ホントなの!? それなら希望はまだまだあるね」
「私たちの今後の成長に乞うご期待だね」
「……私たちも、もうちょっと大きいほうがいいな」
「……ハルさんみたいに綺麗になりたいから」
「お母さん、最近どんどんきれいになってるんだ」
「ゼンジと結婚してから、ますます磨きがかかってるね」
「……それはゼンジさんに愛してもらってるからだよね」
「……きっとそうだよ」
「「私たちも頑張ってもっときれいになろうね!」」
「「……うんっ!」」
洗い場の方では何やら盛り上がっているが、湯船に善司と並んで座っているハルは、少し恥ずかしそうにしている。
「本人が近くに居るのに、あの子たちったら……」
「でも、本当の姉妹みたいでいいじゃないか」
「イールやロールたちにも、すごくいい影響が出ているのは嬉しいです」
「ニーナとホーリもずいぶん印象が変わったけど、それはイールとロールが居てくれたからだよ」
「昨日2人が寝室に来てくれたのも、あの子たちが背中を押してあげたからでしたね」
「そのおかげであんなに笑えるようになって、今日一日で2人の魅力をずいぶん知る事が出来た」
「ゼンジさんはニーナちゃんとホーリちゃんの事をどう思ってますか?」
「今日の態度を見ていると、今どんな気持ちを抱えてるのかはわかるし、2人の事はちゃんと大人の女性として向き合ってあげたいと思う」
「そうしてあげて下さい、その方が私も嬉しいです」
ハルは善司の方を見つめながら、そう言って微笑みを浮かべる。その笑顔には一点の曇もなく、心からそれを願っているのが感じられる。
そんなハルの顔を見た善司は、2人がどこまでの事を欲しているのかはわからないが、できるだけ応えてあげようと心に決めていた。