第33話 4人姉妹
下を向いて不安そうに涙を浮かべるニーナとホーリの手を引きながら、善司は脱衣所に到着した。
「ここがこの家のお風呂場だよ。
2人はお風呂に入った事はあるのかな?」
「「(こくん)」」
「服はこの桶の中に入れておいてくれるかな。
脱ぎ終わったら、これを巻いて中に入ってもらえるか」
「「(こくん)」」
2人に大きな布を渡し、服を脱ぎ終えて風呂場に入ったのを確認した後、善司も腰にタオルを巻いた状態で、汚れた服を入れた桶を持って中に入る。
所在なげに洗い場で立ち尽くす2人を椅子に座らせると、足からお湯をかけて汚れを洗い流していく。
「いつもはかけ湯をしてから湯船に入るんだけど、今日は汚れてしまったから体を洗ってから入ろうか」
「「(こくん)」」
「これが体を洗う布と石鹸だから、2人で使ってくれるかな」
「「(こくん)」」
出会ったばかりの時のように、頷きで返事を返すことしか出来なくなった2人に、一抹の寂しさと不安を抱えつつ、善司は汚れた服を簡単に洗い流した後、お湯に漬けておく。
後ろを少しだけ振り返ると、ニーナとホーリは体に巻いていた布を取り、石鹸を泡立てた布で丁寧に洗っている後ろ姿が見える。前の契約者に怪我を負わされたが、奴隷商の方でしっかりと治療してもらっていて、透き通るような白い肌がとても綺麗だ。
15歳の2人はこの世界だと既に成人だが、少女から女性へと羽化しようとする姿は、善司にはとても神秘的で尊いものに見えた。
◇◆◇
髪の毛は一度温まってから洗おうと、体の汚れや油のベトつきだけ落として立ち上がると、ニーナとホーリは俯いたまま椅子に座って、その場から動いていなかった。
「2人とも、湯船に入って温まろう」
「「(こくん)」」
2人の体に布を巻いて立ち上がらせると、支えるようにしながら湯船へと入る。ニーナとホーリは申し訳無さや、やるせなさで心が一杯になってしまい、羞恥心を感じる余裕が無い状態で善司にされるがまま動いている。しかし、こうして気遣って優しく接してもらっているうちに、そんな気持ちが少しづつお湯の中に溶けていくような気がした。
「……あの、さっきはごめんなさい」
「……急に泣いたり、ゼンジさんを汚してしまったり」
「……それに……」
「……もう大人なのに……」
2人は食堂で粗相をしてしまった事を思い出して、また泣きそうになってしまう。善司があやすように頭に手を乗せていると、次第に落ち着いてきて伏せていた顔をあげる。
「それは気にしなくてもいいよ、俺もいきなり肩を掴んだりして悪かったと思ってる。
びっくりしただろ?」
「……それは……はい」
「……体の怪我は治ったんですが、思い出して怖くなって……だから」
「何があったのかは無理に話さなくてもいいし、この家にいる限りもう怖い目には遭わせないと約束するから、心配はいらないよ」
「……私たち、もうあんな思いをするのは嫌なんです」
「……この家の人はみんな優しくて、私たちこんな場所は初めてなんです」
「……だからちゃんと認めてもらえるようにしよう」
「……役に立とうと思ったんですけど」
「「……うまく出来なくて」」
「間違った事をしたら怒るけど、失敗したりうまく出来なかった事で怒ることはない。
それよりも、そうやって手伝ってくれようとした気持ちが嬉しかったから、それは忘れないようにして欲しい」
「「……はい」」
お風呂のリラックス効果で、ニーナとホーリも今までどおり喋る事が出来るようになり、善司もホッとする。そのままお湯に浸かってくつろいでいると、洗い物と掃除を終わらせたイールとロール、そしてハルが風呂場に入ってきた。
「2人とも落ち着いた?」
「ゼンジが居てくれるから大丈夫だよね」
「……はい、もう大丈夫です」
「……後始末をさせてしまって、ごめんなさい」
「それはいいのよ、初めて来た家で不安になるのは仕方ないもの」
「失敗しちゃう事は良くあるから気にしちゃだめだよ」
「頭でわかってても、思い通りにならない事もあるしね」
「「……ありがとうございます、ハルさん、イールちゃん、ロールちゃん」
3人もかけ湯をして、湯船に入ってくる。家族は6人に増えたが、この大きなお風呂はまだまだ余裕があり、倍くらいの人数なら並んで座れる広さがある。
「それよりお風呂から出たら、ニーナお姉ちゃんとホーリお姉ちゃんの部屋に行ってもいい?」
「色々お話したい」
「……はい、構いませんよ」
「……待ってます」
「みんなあんまり遅くまで話をしてたらダメだぞ、明日は全員で買い物に行く予定だからな」
「えっ!? 明日はどこに行くの?」
「また服とか買うの?」
「正解だロール」
「えへへ、当たっちゃった」
「お姉ちゃんたちの服どんなのが似合うかな」
「髪の毛も綺麗だし肌も白いから、どんな色でも似合いそう」
「明日も楽しみだなぁ」
「……あの、そんなものを買っていただいてもいいんでしょうか」
「……私たちと契約したばかりなのに」
「最近、少し大きな仕事をしたから大丈夫だよ。
それに着飾った家族と一緒に出かけたいのは、俺の希望だからね」
「ゼンジさんが喜んでくれるから、あなた達も遠慮しちゃだめよ」
「「……はい、わかりました」」
楽しそうに明日の話をするイールとロール、そして申し訳無さそうな顔の中に、少しだけ嬉しそうな表情が宿っているニーナとホーリ、そんな4人を嬉しそうに見つめる善司とハル。お風呂の効果のもあり、6人はそれまでよりも打ち解けた雰囲気で話を弾ませていた。
◇◆◇
部屋にノックの音が響き、ニーナとホーリが「どうぞ」と答えると、イールとロールが部屋に入ってきた。
「「遊びに来たよ」」
「「……いらっしゃい」」
4人は始めからそうすると決まっていたかのように、姉妹に分かれてベッドの上に向かい合わせになって座った。
「お姉ちゃんたちは、私たちがどっちかもう分かるのかな」
「服は色違いだけど代わり番こに着るから、それで見分けるのは無理なんだよ」
「……まだ何となくですけど、わかります」
「……こっちがイールちゃんで、そっちがロールちゃんで合ってますか?」
「うん、正解だよ」
「私たちはまだ、お姉ちゃんたちがどっちか良くわからないんだ」
「ゼンジが居ると、名前を呼ぶ時に視線を動かすからわかるんだけど」
「私たちだけだと、まだ難しいね」
「……あの、ゼンジさんは何故わかるんでしょう」
「……まだ一度も間違えた事が無いんです」
「それは私たちも不思議なんだよ」
「後ろを向いてても、横向きでも、服を着て無くてもちゃんとわかるんだ」
「……それはお風呂場でも驚きました」
「……私たちも後ろ向きで当てられましたし」
4人はベッドの上で悩み始めるが、善司に聞いても「ちゃんと違うと感じるからわかる」という答えしか返ってこないだろう。
「ねぇ、この家はどう?」
「これからも暮らしていけそう?」
「……はい、ここは暖かくてみんな優しくて、ずっとここに居たいです」
「……それに、この家にある魔操器が使えるのには驚きました」
「そうでしょ! これ全部ゼンジがやってくれたんだよ」
「私たちにも魔操作出来るようにって、ゼンジが新しい魔操板を作ってくれたの」
「「……これ、ゼンジさんが作ったのですか?」」
「うん、そうだよ」
「ゼンジから聞かなかった?」
「……新しく発売された見本を使ったとしか」
「……自分で作ったとは一言も言ってませんでした」
「ゼンジはあんまりそういう事を自慢しないからなぁ」
「何度も何度も失敗したんだけど決して諦めずに、私たちでも使えるようにって、頑張って新しい見本を作ってくれたんだ」
「……すごい人なんですね、ゼンジさんは」
「……尊敬してしまいます」
ニーナとホーリはこれまで自分たちに向けてくれた善司の笑顔を思い浮かべて、英雄を見ているような気持ちになると同時に、胸の高鳴りも覚える。まだ恋というものを知らない2人には、それがどんな意味を持つのか理解できなかったが、心が暖かくなる不思議な感情を自覚した。
「お母さんの病気を治す薬も買ってくれたし」
「この家も買ってくれたんだ」
「だから私たちも15歳になったらゼンジと結婚するの」
「もうこの気持ちはずっと変わらないって、自信を持って言えるようになったからね」
「……ゼンジさんは、あなた達のお母さんの旦那様なんですよね」
「……お父さんと結婚できるんですか?」
「ゼンジはお母さんと結婚してるけど、本当のお父さんじゃないしね」
「だから問題ないんだよ」
「……双子を産んだ母親って色々言われますよね、私たちの所もそうでしたし」
「……それなのにゼンジさんは、あなた達のお母さんと一緒になってくれたんですか?」
「ゼンジはこの国の人じゃないんだけど、双子やそのお母さんの事を決して悪く言ったりしないんだよ」
「まっすぐ私たちのことを見てくれるし、そんな噂には絶対惑わされたりしないんだ」
「逆にお母さんが居てくれたから幸せになったって言ってるよ」
「だからゼンジと居るお母さんは幸せそうだし、私たちも幸せなの」
それを聞いたニーナとホーリは、更に驚いてしまう。善司の話を聞いてから、双子を産んだ母親に旦那が居るのは不思議に思っていた。しかし、何らかの別れられない理由があるのだと考えていたら、まさかの再婚だった。
しかし、今の話を聞くとあの2人の仲がとても良くて、互いに愛し合っているのが見ただけでわかった理由が納得できた。
「……そんな2人の間に私たちが入り込んでもいいんでしょうか」
「……ハルさんに悲しい思いをさせるのは嫌です」
「それは大丈夫だよ、私たちもお母さんもゼンジにはお嫁さんがいっぱい居る方がいいって思ってるし」
「だからお姉ちゃんたちも、ゼンジの事を好きになって結婚したいって思ったら、遠慮したらだめだからね」
「「……わっ、わかりました」」
「それからね、ゼンジに話したい事があったら、全部言っちゃう方がいいよ」
「ゼンジだったらどんな話でも真剣に聞いてくれるし、ちゃんと受け止めてくれるからね」
「話したほうがスッキリするって思ったり、もっと仲良くなれるって思ったら、言っちゃった方が幸せになれるはずだから」
「ゼンジの事が信じられると思ったら、話してみてね」
「……あの、どうしてそんな事を?」
「……私たち、そんな話はした事なかったと思いますけど」
「「それは何となくかなぁ」」
2人の直感めいた言動に、ニーナとホーリは不思議な気分になってしまう。他人の気持ちや気配に敏感なイールとロールの特技を知らなかったので当然だが、自分たちの過去を聞いてもらいたいと思ったのは事実だ。
善司は無理に聞こうとは思わないと言ってくれたが、こうして彼の事がわかってくると、過去に決着を付けて新しい家族としてやっていきたい気持ちが強くなる。
イールとロールが自室へ戻っていった後、2人は善司と話をしてみようと部屋を後にした。
次回は2人の過去編になります。