第31話 ニーナとホーリ
奴隷商を後にして、善司はニーナとホーリを連れて街をゆっくりと歩いていく。何か言いたげにチラチラ見る視線に気づいた善司は、2人をひと目につきにくい場所に誘導して少しだけ立ち止まる。
「2人とも、何かあるなら遠慮なく言ってくれて構わないよ。
家族になるんだし、どんな細かい事でも話せるようになりたからね」
「……あの、荷物を持ってもらっていただいてますので」
「……私たちがお持ちします」
「あぁ、これか。
2人は女の子なんだし、荷物くらいは男の俺が持つよ」
善司は両手に持った荷物を軽く掲げてみせる。片方のカバンには書類と空になったお弁当箱しか入っていないし、もう片方には着替えくらいしか入っていないのでとても軽い。
「……でも、ご主人様に持っていただくのは」
「……私たち奴隷ですから」
「2人には家族として対等の立場で居てほしいから、奴隷の身分は気にして欲しくないかな。
それにご主人様は恥ずかしいから、やめてもらえると嬉しい」
「……どう呼べばいいですか?」
「……教えてください」
「普通に名前を呼んでくれたらいいよ。
家にいる双子の子供は、俺の事を呼び捨てにしてるし、それでも構わない」
「……呼び捨ては、無理です」
「……ゼンジ様でも構いませんか?」
「う~ん、もうちょっと親しみを込めて読んで欲しいな」
2人はお互いの顔を見合わせて、少しだけ間を置いた後に、コクリと頷いた。その姿を見た善司は、言葉でなくテレパシーで会話しているような、そんな印象を持った。
「「……では、ゼンジさんで」」
「うん、それでお願いするよ」
自分の荷物を地面に置き、2人の頭を順番になでて再び歩き始める。ニーナとホーリは、威圧的だった以前の契約者と全く違う善司の態度に、戸惑っていた。奴隷商で教育を受けた際も、一般的な契約主の振る舞いについて教えてもらったが、善司はそのどれとも異なっている。
初めて出会った時から優しそうな人だとは思っていたが、これまで自分たちの周りに居なかったタイプの人物に対して、どう接したら良いのかわからない。結局、善司の荷物を代わりに持つと強く言えず、そのまま後ろをついていくしか無かった。
◇◆◇
そうして3人は歩いていたが、住宅街に近づくにつれ人の行き来も増えてきた。善司は人通りの少ない道を選んでいるが、ちょうど帰宅が増える時間帯な事もあり、通行人が見知らぬ双子の姿を見て、驚いた顔をして見つめてくる。
「2人とも、人が増えてきたけど大丈夫か?」
「……少し怖いですけど大丈夫です」
「……これくらいなら問題ありません」
「無理する必要はないから、俺の影に隠れても構わないし、怖かったらどこかに掴まってもいいからな」
「「……はい、ゼンジさん」」
強がってはみたものの、やはり知らない街で知らない家に連れて行かれる不安は拭いきれず、善司の斜め後ろに移動して服の袖を掴み、肩に顔を押し付けるように隠れて歩き出した。
両方から掴まれた善司は歩くスピードをもう少しだけ緩めて、2人をかばうようにして道を進んでいく。
「俺や妻のハルには甘えても構わないし、年下だけどイールとロールも頼りにしたって構わない、家族は支え合って生活していけばいいんだ」
「……甘えるってどうすればいいんですか?」
「……よくわかりません」
この言葉を聞いた善司は、ニーナとホーリの母親が2人をどう育ててきたのか、何となく察してしまった。感情や反応が希薄なのは、愛情や慈しみを与えられずに生活してきたのが原因だと考えると、胸が締め付けられる思いがする。
「みんなで生活をしながら、自分なりの答えを見つけていけばいいさ。
甘えると言っても人それぞれ、やり方が違うからね」
「……とても難しそうです」
「……私たちに出来るでしょうか」
「俺も協力するし、これから会う家族だって力になってくれる、心配はいらないよ」
そんな話をしながら歩いていくと、郊外にある自宅に近づくにしたがって人通りも減ってくる。ニーナとホーリの緊張も解けて、善司の服を掴む力も弱まってきた。
「あの白い壁の家が、これからニーナとホーリが生活していく場所だよ」
「……あれがゼンジさんの家族の家」
「……すごく綺麗な家です」
「まだ住み始めてあまり日にちは経ってないけど、とてもいい家だよ」
庭を横切り玄関の扉を開けると、待ち構えていたように食堂の方からイールとロールが走り出てきた。
「「おかえりっ! ゼンジ」」
「ただいま、イール、ロール」
「その子がゼンジの言ってた双子だよね?」
「2人ともすごく可愛い!」
「2人とも、あまり騒がしくすると、ニーナちゃんとホーリちゃんが怯えてしまうわよ」
遅れて出てきたハルが、善司の服の裾を掴んで少し後ろに隠れてしまったニーナとホーリの姿を見て、イールとロールを諌める。
「ただいま、ハル」
「お帰りなさい、ゼンジさん。
それから、よく来てくれたわね、ニーナちゃんホーリちゃん。
今日からここがあなた達の家だから、仲良くしましょうね」
「改めて紹介するよ、この子がニーナ、そしてこの子がホーリだ」
「……はじめまして、ニーナです」
「……はじめまして、ホーリです」
「私はイールだよ、これからよろしくね」
「私がロールだよ、仲良くしようねニーナお姉ちゃん、ホーリお姉ちゃん」
「……お姉ちゃん?」
「……初めて言われました」
「だって私たちより年上だもんね」
「お姉ちゃんが2人もいっぺんに出来て嬉しい」
嬉しそうなイールとロールとは対象的に、ニーナとホーリの2人は急にお姉ちゃんと言われて戸惑っている。
「2人ともニーナちゃんとホーリちゃんに会えるのを楽しみにしていたから、ごめんなさいね。
私はハルというの、イールとロールの母で、ゼンジさんの妻よ」
「……あの、本当に2人のお母さんなんですか?」
「……お姉さんだと思ってました」
「ハルには精霊の血が混じっていて、これくらいの姿の期間が長いんだけど、間違いなくイールとロールの母親で、俺の可愛い奥さんだよ」
その言葉を聞いたハルは、いつもの様に照れて顔を真っ赤にしてしまうが、こうして変わらない初々しさを見せてくれる事を、善司はとても喜んでいる。
「……驚きました」
「……私もです」
「ハルは料理が上手だし、イールとロールも同じくらい美味しいものを作れるから、夕食は楽しみにしておくといいよ」
「いま頑張って作ってるからね」
「美味しいものをいっぱい作るよ」
「ではゼンジさん、私たちは食事の用意をしてきますから、2人の事をお願いしますね」
「わかった、俺も今日のご飯を楽しみにしてるよ。
それじゃぁ、ニーナとホーリには家の中を案内するから、一緒に来てもらえるかな」
「……はい、ゼンジさん」
「……わかりました」
善司は荷物を階段の横に一旦置いておき、2人を連れて物置部屋を少しだけ覗いた後にリビングに移動する。
「……ここは何をする部屋なのでしょうか」
「……眠る部屋とも食事をする部屋とも違うみたいですが」
「ここは家族が集って話をしたり、くつろいだりする部屋だよ」
「……そのためだけに、この部屋があるのですか?」
「……すごく贅沢な部屋の使い方ですね」
「2人はこんな部屋に入るのは初めてかい?」
「……はい、元住んでいた家は小さかったですし」
「……後は奴隷商と、以前契約した人の寝室しか知りません」
ニーナとホーリは以前の契約者の事を思い出し、少しだけ身震いしながら善司の質問に答えている。善司はそんな2人をソファーに誘導して、一度落ち着けるように座らせる。
「ここではお茶を飲んだりおやつを食べたりもするし、イールとロールは時々お昼寝もしているな」
「……とても柔らかくて気持ちいい椅子です」
「……奴隷商で座ったものと同じくらい柔らかいです」
「2人もこの部屋は自由に使ったらいいし、お昼寝したって構わないぞ」
「……さすがにここで寝るような真似はできません」
「……この家に置いていただくからには、仕事はしっかりやらせていただきます」
「……ちゃんとご奉仕もいたしますので」
「……私たちは魔操作が出来ませんから、体を使ってお返しします」
「そうか、ニーナとホーリはまだ知らなかったな」
善司はそう言ってソファーから立ち上がり、棚に置いていた照明の魔操器を持って戻ってくる。イールとロールでも魔操作が出来るように、何度もテストしてもらった魔操器には、善司の開発した魔操板が取り付けてある。
「……それは明るくなる魔操器ですね」
「……私たちには扱えないのは、ゼンジさんもご承知だと思いますが」
「それは自分の目で確かめたほうがいいと思うから、これに触ってもらえるかな」
「……ゼンジさんがそう仰っしゃるなら」
「……触らせていただきます」
ニーナがそっと照明の魔操器に手を当てると、それは明るく光り始める。
「「!?!?!?」」
次にホーリが触ると照明は消え、2人は何度も確かめるように点灯と消灯を繰り返している。その姿を見て善司はホッとした、イールとロールに扱える事はわかっていたが、他の双子で試したのは初めてだったからだ。
これで、この世界で生まれる双子は同じ様な特性を持っていて、そのせいで魔操作が出来なかったのだと証明された事にもなる。これはまだ居るかもしれない双子や、これから先に産まれてくるだろう子供たちにとっての福音になる。
「どうかな、驚いただろ」
「……どうしてですか」
「……私たちはずっと無能や役立たずって言われてたのに」
「つい最近発売された魔操器を動かす見本を使うと、双子でも魔操作が出来るようになるんだよ。
双子だからって他の人と違うわけじゃないんだ、悪かったのは魔操器を双子の持つ特性に合わせて設計しなかった事なんだ」
「……目の前で起こった事なのに信じられません」
「……夢を見ているようです」
「この家にある魔操板は、全て双子でも使えるものに取り替えてあるから、ニーナとホーリにも不自由なく過ごしてもらえると思うよ」
「……すごいです、ゼンジさん」
「……あなたにお仕えできて、私たちは幸せです」
まだ奴隷の立場が抜けきれない2人に少し苦笑しながら、善司は次に二階を案内する事にした。食堂は歓迎会の準備中だし、お風呂は食後でも問題ないからだ。
まずは自分たちの部屋を決めてもらい、2人の落ち着ける場所を確保してもらうと考えていた。
「二階は家族の個室になっていて、そこの二人部屋がイールとロールの部屋で、その隣の一人部屋がハルの部屋になってるんだ。
一番端にある大きな部屋が俺の部屋になってるんだけど、2人は一人部屋と二人部屋どっちにする?」
「……あの、私たちは物置部屋で構いません」
「……こんな立派な部屋に置いていただく訳には」
「さすがに物置部屋で2人に生活してもらう事は出来ないよ。
これは俺からのお願いだから、ちゃんとした部屋を選んで欲しい」
その言葉に、ニーナとホーリはまた2人で顔を見合わせて、何かを確かめ合っているような態度になる。
「「……では、イールさんとロールさんの隣の部屋をお願いします」」
ニーナとホーリは綺麗に声を合わせて、二人部屋を選択した。善司はそこに持っていた荷物を運び入れ、机の上に置くと、2人を連れて一階へと戻る。
ちょうどいいタイミングでイールとロールが食堂から出てきて、階段の所でばったり遭遇した。
「いま呼びに行こうと思ってたところなんだ」
「2人とも部屋は決まった?」
「……はい、イールさんとロールさんの隣に、入れていただくことにしました」
「……よろしくお願いします」
「そっか、2人もやっぱり一つの部屋のほうがいいんだね」
「私たちとおんなじだ」
「あ、それから名前にさんを付けるのは、やめて欲しいかな」
「私たちの方が年下だしね」
「……どうお呼びすればよろしいでしょうか」
「……イールお嬢様とロールお嬢様はダメでしょうか」
「私たちにお嬢様は似合わないよー」
「普通に呼び捨てで構わないけどな」
また2人で見つめ合って、何かの確認をした後に、声を揃えてこう言った。
「「……それでは、イールちゃんとロールちゃんでよろしいでしょうか」」
「うん、そっちの方が断然いいよ!」
「隣の部屋同士よろしくね、ニーナお姉ちゃん、ホーリお姉ちゃん」
「「……こちらこそ、よろしくお願いします」」
話がまとまった所で、5人は食堂へと向かっていった。