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第30話 契約

 翌日、善司はいつもより早い時間に職場へと向かった。今日も早めに仕事を上がって、ニーナとホーリを迎えに行くためだ。



「おはよう、スノフさん」


「おう、おはよう。

 今日は早いな」


「今日も早めに仕事を上がらせて欲しいんだ。

 それと明日から2日、休みが欲しい」


「それなら全く問題ないが、そう言ってくるって事は、双子の奴隷を引き取ることにしたんだな」


「家族と相談して、うちに迎え入れる事にしたよ」


「あいつらに恩を売っておくと、お前さんもこの国で住みやすくなるから、良い決断をしたな」


「国家単位で影響力があるのか」


「権力という点では貴族や豪商には及ばんが、あいつらの持ってる独自の情報網は国中にあるからな。

 良い印象を持たれると、人々の噂になって全国に広がる。逆に悪い印象を持たれると、どこへ行っても後ろ指を指されるようになるから、悲惨で目も当てられんようになる」



 それを聞いた善司は、要注意顧客として登録された資産家に、ご愁傷さまと心の中で(つぶや)いた。何があったのかは知らないが、あんな虫も殺せないような姉妹に手を上げて、あまつさえ犯罪奴隷に落とそうとした相手だから、一切の同情心は無い。



「2人とも色々な事が重なって心に傷を負ってしまっているから、俺たちの家族になってゆっくり癒やしてもらおうと思ってるよ」


「やはりお前さんは、この国の人間とは考え方が違って面白い。

 ワシもお前さんのそういった所を気に入っとるし、休みや早退は自由にとって構わんから、その2人の事も頑張ってみるんだな」


「2人が落ち着くまでは何があるかわからないから、そう言ってもらえると助かる」



 善司はスノフにそう伝えた後、今日の分の仕事を黙々とこなし始めた。



◇◆◇



 休みをもらう分、少し多めの仕事を精力的にこなし、それでもいつもより早い時間に終わらせた善司は、まず魔操組合に行って奴隷商に支払うお金を引き出した。


 金庫の魔操器用に作った見本の依頼達成報酬が振り込まれたと聞いた口座残高は大きく増えていて、金に糸目を付けない貴族の支払能力の高さを()の当たりにする事になった。逆に言えば、この収入が無かったら奴隷の引き取りを躊躇(ちゅうちょ)していただろう。


 セルージオはそれを見据えて善司に声をかけており、奴隷商の情報収集能力の高さを物語っていた。



「ゼンジ様、ようこそいらっしゃいました」


「昨日の件でお伺いしました」


「どうぞこちらの部屋に」



 ちょうどロビーに居たセルージオが善司の姿を見て声をかけ、昨日と同じ部屋に案内する。秘書の女性が淹れてくれた紅茶を飲んだ後に、善司は話を切り出した。



「ご紹介いただいた2人ですが、俺たちの家に迎え入れる事に決めました」


「ありがとうございます、ゼンジ様。

 貴方様でしたら、あの2人も安心してお仕えできると思います」



 善司の対面に座っているセルージオは嬉しそうな顔になり、大きく頭を下げる。そばに控えている秘書の女性もホッとした表情になったので、2人の処遇を気にかけていた様子が伺える。



「セルージオさん達は双子に対して、街の人のような偏見がないように思えるのですが」


「奴隷商で扱っている人材は商会の大切な一員ですので、それがどんな身分や立場だとしても平等に接するようにしております」


「それは犯罪奴隷に対してもですか?」


「犯罪奴隷は国の管轄になりますので、(わたくし)どもの様な民間の商会では取り扱いできないのです」


「そうだったんですか、俺はこの国の奴隷制度に詳しくなくて、変な質問をしてしまいました」


「むしろゼンジ様のように奴隷に対する固定観念のない方のほうが、私どもも安心してお引き渡し出来ますので、どうぞお気になさらず」


「それで、奴隷解放の事について教えていただきたいのですが、構いませんか?」


「もちろんでございます。

 まず一般奴隷ですが、3年間の勤めを果たし奴隷本人と契約者双方の合意があれば、解放が可能になります。

 次に労働奴隷ですが、借金の返済と同時に奴隷本人からの申請で解放が可能です。

 最後に愛玩奴隷ですが、1年の勤めを果たした後に双方の合意を得るか、奴隷と契約者の婚姻をもって解放が可能になります」


「つまり1年後か、あの2人と俺が結婚を決めれば、奴隷の立場から抜け出せるという訳ですか」


「左様でございます。

 ゼンジ様は彼女たちの奴隷解放をお望みなのですね」


「ニーナとホーリは俺たちの家族として迎え入れるので、主従関係や契約は無くしてしまいたいんです」


「承知いたしました。

 解放の手続きは当商会でいつでも(うけたまわ)りますので、条件が整いましたらお越し下さい」



 必要な情報を得た善司は、契約の最終確認をして支払いを済ませる。それを受け取ったセルージオが秘書の女性に2人を連れてくるように伝え、部屋にニーナとホーリが現れた。


 2人とも昨日と変わらない無表情な顔で立っているが、善司の方をじっと見つめている。



「こちらのゼンジ様が、君たち2人との契約を結んでくださった、しっかりご奉仕するように」


「俺の妻や2人の子供も、君たちに会うのを楽しみにしてる、これから家族として仲良くやっていこう」


「「(こくり)」」



 2人がしっかりと首を縦に振るのを確認したセルージオは、秘書から渡された魔操器をテーブルの上に置き、細身の黒いチョーカーを二本用意する。



「それではゼンジ様、契約の(あかし)を作成いたしますので、こちらにお願いします」


「わかりました」


「こちらの丸い部分に真ん中の指をお置き下さい。

 少し刺激がありますので、ご容赦の程を」



 契約者の情報を記録したチョーカーを作るために、魔操組合で口座を作った時と同じ様に、中指を指定された場所に置く。少し痺れるような刺激を2回繰り返して、二本のチョーカーが完成した。


 これは奴隷の逃亡や勝手な譲渡などを防ぐためのもので、契約者の元を長期間離れると赤色に変わる機能がついている。そして無理に外そうとしたり破壊しようとすると、簡単には消えない特殊な塗料が散乱する。



「君たちはいずれ奴隷から解放したいと考えているけど、今は規則でどうしてもこれをつけないといけない、構わないかな?」


「「(こくん)」」



 善司が2人にそう伝え、了承を得てからチョーカーを一つ手にとって近づいていった。



「まずはニーナの方につけたいけどいいかい?」


「(!?)」


「君がニーナだよね?」


「(……こくん)」



 善司に迷いなく名前を呼ばれて、ニーナは驚いた顔をして固まってしまう。隣で見ていたホーリも、善司の顔を見ながら同じ表情をしている。



「ゼンジ様は2人がどちらか、お判りになるのですか?」


「昨日教えてもらいましたから、ちゃんと覚えましたよ」


「教えてもらったからと言って、覚えられるものではないと思いますが……」



 今まで口を挟む事のなかった秘書の女性、セルージオの娘も思わずそう口にしていた。この商会に2人が来てから、日常生活の世話で何度も接しているが、外見で見分ける事はほぼ不可能だと感じていたからだ。



「じゃぁ、俺は後ろを向いていますから、2人も後ろ向きに立たせて適当に位置を入れ替えてもらっても良いですか?」


「は、はい、やってみますね」



 善司が後ろを向くと、それを確認した秘書の女性が、2人に後ろ向きに立って場所を入れ替わるように伝える。



「ゼンジ様、準備が整いました」


「えっと、右がホーリで左がニーナだね、合ってるかな?」


「「(こくり)」」


「すっ……凄いですね、ゼンジ様」



 秘書の女性が尊敬の眼差しで善司を見つめ、ニーナとホーリも今までの無表情を崩して、探るような視線を善司に向けている。


 その後、三度同じ事を繰り返し、その全てを善司は正確に判別してしまった。これはイールとロールの時と同じ結果だ。



「驚かれたかもしれないけど、俺は昔から双子を見分けるのが得意だったんだよ」


「「(・・・・・)」」



 ニーナとホーリは今までよりもずっと感情のこもった目で善司に視線を送り、セルージオと秘書の女性はその光景を驚きの表情で見つめている。



「それじゃぁ、改めてニーナにこれをつけたいけど構わないかな?」


「……お願いします」


「初めて聞いたけど、思っていた通り可愛らしい声だね」


「(///)」


「後ろを向いてもらってもいいかな」



 善司に頭を撫でてもらい、声を可愛いと言ってもらえたニーナは頬を染めながら後ろを向く。その細くて白い首にチョーカーを取り付けてロックすると、簡単に取り外せない隷属(れいぞく)(あかし)になった。



「終わったよ。

 次はホーリも構わないかな」


「……はい」


「ニーナと同じ声でとても可愛らしいね」


「(///)」


「ホーリも後ろを向いてくれるかな」



 同じ様に頭を撫でてからチョーカーを取り付けてロックすると、ニーナとホーリに横に立ってもらい、その小さな手を握る。2人も少しためらいがちに手を握り返し、善司の顔に視線を動かしていた。



「セルージオさん、これで契約は完了という事でよろしいんでしょうか」


「……はっ、はい。

 以上でこの2人はゼンジ様の奴隷として登録されました」


「では、この子たちの奴隷解放の時にはまたこちらにお伺いしますので、よろしくお願いします」


「本日は誠にありがとうございました。

 今後とも当商会をご贔屓にお願いいたします」



 善司は契約書を自分のカバンにしまい、ニーナとホーリの着替えなどが入った手荷物を両手に持つと、2人を先導しながら商会の建物から出て、街の中へ消えていった。その姿をセルージオとその娘は唖然と見送る。



「……お父様、(わたくし)はいま目の前で起こった光景が信じられないのですが」


「私だってそうだ、2人を正確に見分けていたのも驚いたが、たった2回会っただけで閉ざされていた心を開けてしまわれた」


「私たちが何をやっても表情すら変える事なく、一言も言葉を発しなかったのに……」


「やはりあのお方に2人を紹介したのは正解だった」


「流石にお父様の目は確かですね」



 職場では会長と呼べと言っていたセルージオも、あまりの衝撃にそれを忘れて娘と話をしている。




 2人はしばらくの間、善司と双子の奴隷が出ていった扉をじっと見つめていた。


奴隷解放の手続きや条件は、少し練り込みが足りないんですが、物語の進行を妨げない事を優先でこんな感じに(笑)

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
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