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第29話 報告

 家に帰ると、イールとロールが食堂の方から飛び出してくる。3人で夕食の準備をしていたハルも、続いて食堂から現れた。



「ただいま、みんな」


「「お帰り、ゼンジ」」


「お帰りなさい、ゼンジさん」



 善司が靴を脱いで床に上がると、イールとロールが左右から飛びついてきたので、頭を撫でる。双子の奴隷の事をいつ切り出そうか悩んだが、まずはハルに話をしようと食後まで一旦保留にする。



「2人とも今日は何をやってたんだ?」


「今日は生け垣に水やりしたよ」

「あと庭の掃除もやった」


「そうか、いつもありがとうな」



 善司に頭を撫でてもらって、2人は嬉しそうにしている。こうして褒めてもらえるから、イールとロールは毎日頑張っているので、一番のご褒美をもらっている瞬間だ。



「それからお母さんと3人でお買い物も行ったよ」

「明日のお弁当も期待しててね」


「どんなごちそうが入ってるか楽しみにしておくよ」


「それからね、最近は私やお母さんが買い物してても、あんまり嫌な顔されなくなったんだよ」

「よろず屋のおじさんが、私たちも魔操作出来るようになったって言ってくれてるみたい」


「そうなのか、またお礼がてら色々買い物しないといけないな」


「あと、ゼンジの事もよく聞かれるね」

「一緒に居た男は誰なんだとか、何やってるんだとか」


「どう答えてるんだ?」


「外国の人で魔操紙の印刷してるって答えてる」

「お母さんの旦那さんになってくれた事も言ってるよ」



 それを聞いていたハルが、顔を赤くしてワタワタとしてしまうが、その姿はとても可愛らしい。



「イールとロールが嬉しそうにゼンジさんの事を話すので、私も止められなくて」


「いや、ハルとは実際に結婚したんだし、止める必要はないよ」


「みんなそれを聞くと驚くよね」

「外国から来たやつの考える事はよくわからん、とか言われるね」


「まぁ、ハルやイールやロールが馬鹿にされてるんじゃなかったら、言わせておけばいいさ。

 俺はみんなと家族になれて幸せだからな」


「うん、聞き流すようにするよ」

「ゼンジの事を悪く言われたら言い返すけどね」


「言い合いにならない程度で頼むな。

 それより夕食の準備の途中じゃないのか?」


「あっ、そうだった!」

「行ってくる」



 イールとロールが食堂の方に消えていき、玄関ホールには善司とハルの二人だけになる。



「ハル、ご飯が終わってから少しだけ時間をくれるか、話しておきたい事があるんだ」


「はい、わかりました」


「話は俺の部屋でしよう」



 食後の約束をした後に、ハルも台所へと戻っていき、善司は食事の時間までリビングで少しだけ考え事をする。もちろんそれは奴隷商で会ったニーナとホーリの事だ。


 今日見せてもらった契約書だと、2人の身分はまだ愛玩奴隷となっていた。つまり契約主に体を張って奉仕しないといけない立場だが、善司にそれを強要するつもりはない。


 それに、この家の家族として迎え入れる事になれば、奴隷解放の手続きをしようと考えている。その辺りの詳細は今日見た資料に書いてなかったが、その方法はあるはずだから後でハルにも聞いてみる事に決め、食堂へと移動した。



◇◆◇



 善司の胃袋をガッチリ掴んだハルたちの料理を堪能し、お茶とデザートを食べ終えたところで、ハルと目配せして席を立つ。



「あれ? ゼンジとお母さんどうしたの?」

「どこかに行くの?」


「ハルと少し話があるんだけど、そんなに時間はかからないよ」


「あなた達は待っていてくれる?」


「わかった、じゃぁ食事の片付けしてるよ」

「お風呂も溜めておくね」


「すまないけど、よろしくな」



 イールとロールの頭を撫でた後、ハルと一緒に二階の自室に入り、机とは別に置いてある小さなテーブルを挟んで椅子に座る。



「ゼンジさん、私にだけお話って一体何でしょうか」


「実は今日、奴隷商が俺に会いたいと訪ねてきたんだ」


「奴隷商がゼンジさんに……ですか」


「そして、奴隷の斡旋をされた」


「奴隷商の人たちは余程の事がないと、その様な真似はしませんが、何があったんですか?」


「紹介された奴隷が、双子の姉妹だったから、それが理由だな」



 それを聞いたハルの顔が、驚きの表情に変わる。この世界では滅多に生まれない双子が、同じ時代の同じ場所に集まるなど、可能性は限りなくゼロに近いからだ。



「私の娘以外にも双子が居たなんて……」


「15歳の女の子で、名前はニーナとホーリと言っていた」


「その年齢で奴隷になるって、まさか」


「ハルの予想通り、愛玩奴隷として登録されていた」


「一体なぜそんな事になったんですか?」


「実はな……

 2人は母親に売られたらしい」


「……そっ、そんな」



 ハルの表情が悲痛なものになり、テーブルの上に置いた手を強く握りしめている。そこに善司が自分の手を重ねると、真っ白になるまで強く握られていた力が緩んでくる。


 善司の言葉に衝撃を受けたハルだったが、その母親の事は責めきれなかった。もし自分の病気が治らないまま生活が行き詰まってしまっていたら、3人で飢えるよりはと同じ選択をしていたかもしれない。自分には善司という奇跡のような出会いがあり、こうして安定した生活を手に入れる事が出来たが、もしそうならなかったら。


 その苦労を知っているだけに同じ末路が頭をよぎってしまい、全身が震えそうになってしまったが、善司が重ねてくれた手の温もりが、それを(やわ)らげてくれた。



「一度引き取り手が見つかったんだが、そこで厄介事に巻き込まれたらしく、体罰を受けて奴隷商に送り返されたんだ」


「問題を起こして送り返されたのなら、次の引き取り手が見つかりにくくなりますが、それをゼンジさんに押し付けたのですか?」


「引き取った相手が言うには、暴れて大怪我をさせられたという事なんだが、以前からかなり問題のある人物だったらしい。今回の件も虚偽報告だろうと奴隷商でも判断していて、要注意顧客に名前を載せられたと聞いた」


「ゼンジさんはその2人に会ったんですよね?」


「あぁ、会って少しだけ話というか質問だな、させてもらったよ」


「印象はどうでしたか?」


「俺もその2人が暴れたり、誰かを傷つけたりは出来ないと思っている」


「大人しそうな子だったんですね」


「2人とも気弱そうな子だったし、今は心を閉ざしてしまっているみたいで、喋ろうとしてくれなかった。

 ハイとイイエで顔を動かしてもらって、少しだけ意思疎通が出来たってところかな」


「その子たちがゼンジさんに引き取られる事を望んでいたか教えてください」


「家族と相談して迎えに来たいと言ったら、首を縦に振ってくれたよ」



 それを聞いたハルは、表情を緩めて善司の顔をじっと見つめ、自分の意見を伝えていく。



「ゼンジさんの答えはもう出ていると思いますが、私も同じ気持ちです。

 イールとロールさえ賛成してくれれば、家族として迎えたいと思います」


「それなら私たちも賛成だよ!」

「お姉ちゃんが2人もいっぺんに出来るね!」



 突然部屋のドアが開いて、イールとロールが手を上げながら部屋に入ってくる。



「あなた達、食事の片付けをしてたんじゃないの?」


「えっと、やっぱり2人の話が気になっちゃって」

「ずっと部屋の前で聞いてました、ごめんなさい」


「2人とも最初から聞いてたな?」



 ニーナとホーリの年齢を2人が知っていたので、少し強めの口調で善司が問いただすと、イールとロールはバツの悪そうな顔をして目線を外す。



「ごめんなさい、ゼンジ」

「もうしません、許してください」


「今回の話はイールとロールにも関係する事だから許してやるが、人の話を盗み聞きするような真似は、二度とするんじゃないぞ」


「はい、わかりました」

「反省してます」


「なら良し。

 それで2人はこの家に家族が増えるのは賛成なんだな?」


「うん、ちゃんと仲良く出来るよ」

「弟か妹ができるのも嬉しいけど、お姉ちゃんも嬉しい」


「それじゃぁハル、明日2人を迎えに行ってくるよ」


「私たちの家族にして、2人を幸せにしてあげましょう」


「ニーナとホーリに笑顔が戻るように、みんなで支えてあげよう」



 新しい家族も穏やかに暮らしていけるように、4人で手を取り合いながら明日からの新しい生活に思いを馳せる。善司は明日の仕事が終わったら2日ほど休みをもらって、服や生活に必要なものを買い揃える計画を立てていた。


 一方ハルとその娘たちは、善司からいつももらっている受け止めきれないくらいの幸せを、他の誰かと分かち合いたいという話を毎日のようにしていた。そんな願いを別の双子という、自分たちと同じ立場の人間と共有できる。3人でうなずき合いながら、ずっと(いだ)いていた望みが叶う喜びを噛みしめていた。



「よし、話も終わったし、全員で片付けをしてお風呂に入るか」


「「賛成ー!」」


「4人でやればすぐ終わりますね」



 全員で台所に行き洗い物を一気に片付けた後に、お風呂場へと移動した。



◇◆◇



 4人でお湯に浸かって、湯船にもたれかかりながら話をする。こうして家族全員でお風呂に入るのが、この家ではすっかり日常の風景になったが、新しく迎える2人にも受け入れてもらえると嬉しいと頭の片隅で考えつつ、善司はみんなの質問に答えていく。



「ニーナちゃんとホーリちゃんはどんな子なの?」

「見た目とか雰囲気とか教えて欲しい」


「髪の毛は白く輝く銀色で、瞳の色は赤だったな」


「銀色かー、綺麗だろうなぁ」

「赤の瞳も素敵だね」


「肌も透き通るように白くて、すごく神秘的な雰囲気を持った2人だったよ」


「背の高さはどれくらいなんですか?」


「身長はハルより少し低いくらいかな」


「2人は可愛い子?」

「それともきれいな子?」


「今はまだ可愛い印象が強いけど、将来は美人になるんじゃないかな」


「なんか、会うのがますます楽しみになってきた」

「明日が楽しみだね」



 2人は手を取り合うと同時に立ち上がって、湯船から出ると体を洗いに向かう。善司とハルはもう少し温まってから洗いに行くのがいつものパターンなので、2人並んで湯船でまったりと過ごしている。



「ニーナとホーリは奴隷から開放してやりたいと思ってるんだが、ハルはその方法を知らないか?」


「奴隷によって色々と条件が違ったと思うのですが、詳しくは私も知りません」


「そうか、やっぱり明日直接聞いてくるよ」


「その事を真っ先に考えてあげる辺り、ゼンジさんはやっぱりこの世界の人とは違うんだなって実感できます」


「この世界の人が奴隷をどう扱うかは知らないけど、家族として迎え入れるんだから、2人には主従関係みたいな気持ちを持ってもらいたくないからな」


「私たち母娘はゼンジさんのそういった所に惹かれたんですから、例えすぐに奴隷解放出来なくても、その思いは2人にも伝わりますよ」


「そうなってくれると嬉しいな」



 肩が触れ合うくらいまで近づいてきたハルが、大丈夫ですよと言うように善司に笑いかける。そのままもう少し温まっていようと、2人は寄り添いながらその距離感を楽しんでいた。



「でも、15歳で私より少し背が低いくらいだと、すぐ追い越されてしまいそうです」


「背の高さってそんなに気になるものか?」


「このままだと、私が家族で一番背の低い存在になりそうなので」


「確かにイールとロールも、まだまだ背は伸びそうだな」


「ゼンジさんに釣り合うような存在でいたいと思っているので、もう少し身長は欲しかったです」


「俺は今のハルの雰囲気や個性を含めて大好きなんだから、そんな事は気にしなくてもいいよ」


「はい、ゼンジさん」



 その答えが嬉しかったハルは、お湯の中で善司の腕を胸に抱き、肩の上に頭をそっと乗せる。肌と肌が直接触れ合う、お湯とは違う温度を腕に感じながら、善司はその頭を少しだけ撫でた後、2人で湯船から出ると体を洗いに行った。


いつの間にかタオルも巻かなくなっていました(笑)

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
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