第28話 奴隷商
工房に帰るとスノフは魔操板の在庫整理をしていて、きれいに片付けられた棚の一角に魔操組合でもらってきた、通し番号0の魔操板をはめ込んだ証明書が飾ってある。
「ただいま」
「おう、帰ってきたな。
奴隷商の話は何だったんだ?」
「奴隷の斡旋を受けたよ」
「ほう、そいつは凄いな」
「魔操組合でも言われたが、そんなに珍しい事なのか?」
「あいつらの人を見る目は確かだからな、そんな連中が奴隷の紹介をしたいと言ってくるのは、それだけお前さんが信用されとるって事だ」
「全く接点がなかったんだがなぁ」
「あいつらは独自の情報網を持っとるから、街の住民の事は良く知っとるぞ」
「それは俺も言われたよ。
双子やその母親と一緒に暮らしてる事や、今まで作った魔操紙の見本の事や、今日発表されたばかりの見本の事も知ってたな」
「まぁ、その情報を盾に無茶な要求などは絶対にされんから、安心しても構わん」
「奴隷やそれを扱ってる人物には、悲惨とか後ろ暗い印象を持ってたから、ちょっと以外だったよ」
「確かに犯罪奴隷はそんな感じだが、他の奴隷は弱者救済の意味もあるからな」
スノフと話を続けていくうちに、善司は自分の持つイメージと、この世界の奴隷制度の差に驚いてしまう。地球にあった様な貧民街が存在しないのも、奴隷という制度のおかげらしく、人身売買と言うよりは人材派遣会社のような存在だった。
「それで、お前さんはどうするつもりなんだ?」
「それが、俺に紹介したい奴隷というのが双子の姉妹らしいんだ。
だから話は聞きに行こうと思ってる」
「なる程、それなら合点がいくな。
今日は早めに上がって構わんから、話を聞いてやってこい」
「すまないけど、そうさせてもらうよ」
善司はその日の仕事を早めに片付けて、奴隷商に出向く事に決めた。スノフに急かされたのも理由だが、弱者救済という話を聞いて、相手の事情によっては何か力になれる事があるかもしれないと思ったからだ。
◇◆◇
善司が奴隷商から教えてもらった場所に着くと大きな建物があり、その外観の大部分は同じ形の窓がいくつも並んでいて、アパートを彷彿とさせる作りだった。
玄関に入るとロビーがあって、受付カウンターのような場所に、従業員の男性が立っている。そこで名前を告げると、魔操組合で会った男性が奥の部屋から現れた。
「これはこれはゼンジ様、当商会までご足労頂き誠にありがとうございます」
「仕事が早めに終わったので、そのまま来てしまったんですが、今から話を聞かせてもらっても構わないですか?」
「もちろんでございます、どうぞこちらの部屋へ」
セルージオに案内されて通された部屋は、重厚な机や豪華なソファーやテーブルが置かれた、社長室のような場所だ。ここは彼の執務室であり、一般の顧客は入れない部屋だった。
ソファーに腰掛けた善司とセルージオの前に、秘書と紹介された女性が紅茶を置き、それを少し飲んだ所で話が切り出された。
「ゼンジ様にご紹介したい奴隷は15歳の双子の姉妹で、名前はニーナとホーリと申します」
「その子たちは一体どういった経緯で奴隷になったのですか?」
「実は母親に愛玩奴隷として売られてしまったようなのです」
「母親に……ですか」
それを聞いた善司は、胸が締め付けられる思いがした。ハルは自分の身を犠牲にしてでも、子供たちに幸せになって欲しいと願う女性だった。その母親にも止むに止まれぬ事情があったのかもしれないが、我が子を奴隷として手放さなければならないというのは、善司の気質では到底受け入れられなかった。
「魔操作の出来ない双子には愛玩奴隷しか選択肢がございませんので、登録の出来る15歳になった途端に奴隷商へと引き渡されたと聞いております」
「セルージオさんは先ほどから、その2人の話を伝聞のように語っていますが、それはどうしてでしょう」
「その2人は他の商会で扱っていたのですが、犯罪奴隷として落とされそうになったと聞き、我が商会で保護いたしました」
「詳しい話を聞かせて下さい」
別の街にある小さな奴隷商に売られた双子の姉妹には、ある資産家の買い手がついた。しかし、買い取られた翌日の朝、傷だらけになった2人が奴隷商へ突き返される。
そして主人に仕える執事から、夜のお相手をさせようとした時に暴れて、大怪我を負わせたという説明を受けた。相手の怪我の度合いや状況によって奴隷への処罰が変わるので、詳しい話を聞かせて欲しいと言っても、大怪我で面会できない、とにかくその2人は犯罪奴隷に落として始末しろの一点張りだった。
仮に犯罪奴隷にしたとしても、魔操作の出来ない双子には務まらない。かと言ってそのまま放置していると、資産家の報復が怖い。困り果てた奴隷商が他の商売仲間に相談を持ちかけたが、善司の事を知っていたこの街の商会が引き取り手として名乗り出た。
「その2人を見る限り温厚な性格をしており、暴れて怪我を負わせるような力もありません。体格も同じ年頃に比べると小柄ですから、当商会ではその様な事実は無かったと考えております」
「経緯はわかりました。
その資産家がこの商会に圧力をかけて、2人をどうにかしようとする可能性は?」
「実はここだけの話なのですが、その資産家の方の評判はあまりよろしくなく、他の街での影響力はありませんので、ご心配には及びません」
「良いんですか? そんな個人情報を俺に話してしまっても」
「その方は何度も奴隷商と揉め事を起こしておりまして、とうとう要注意顧客として登録されました。いわば私どもを敵に回したという事になりますので、全く問題はございません」
そう言って笑顔を浮かべるセルージオの姿を見た善司は薄ら寒いものを感じ、奴隷商を敵に回すのはやめようと心に誓った。
それと同時に、真面目なだけだと思っていた彼に親近感も覚える。融通の効く人物のようだし、なにより双子に手を差し伸べてくれたというのが、評価に値する。例えそれが善司に売るためだったとしても、2人の処遇を少しでも良くしようと考えてくれた結果だからだ。
「最終的な判断は家族と相談して決めますが、2人を引き取る時の条件などを聞かせて下さい」
「それでは、こちらの書類をご覧ください」
セルージオが取り出した数枚の書類には、2人の引取価格やその明細が書かれている。別の紙には買い手側の義務や責任の他、奴隷に対する禁止事項や守るべき保障の事が書いてある。善司はセルージオに時々聞きながら読んでいくが、どれも普通に家族として暮らしていけば、何の問題もない内容だった。
そして書類の確認が終わった後、部屋に控えていた秘書の女性が2人の少女を連れて部屋へと入ってきた。
「こちらの方が君たちの興味を持っていただいたゼンジ様だ、2人ともご挨拶なさい」
「「・・・・・」」
「初めまして、俺の名前は善司と言うんだ。
君たちの名前を教えてもらってもいいかな?」
「「・・・・・」」
部屋に入ってきた2人は、白銀の細くて綺麗な髪の毛と赤い瞳がとても神秘的で、思わず見惚れてしまう程の魅力を持った少女だった。背の高さはハルより若干低いくらいで、肌は透き通るように白く、全体に儚い雰囲気を漂わせている。ひと目見た善司も、この2人が誰かに怪我を負わせたり、傷つけたりはしないだろうと確信が持てた。
「申し訳ございませんゼンジ様、2人とも少し心を閉ざしてしまっていまして、私どもにもほとんど反応しないのです」
「それも含めて、俺に何とかして欲しいという事でしょうから問題ありませんよ」
「ご理解いただき大変助かります」
「2人をここに座らせても構いませんか?」
「えぇ、問題ございません。
ニーナ、ホーリ、2人ともゼンジ様がお呼びだから、こちらに来て座りなさい」
セルージオの呼びかけで、2人がゆっくりとソファーの近くに来て、並んで座る。善司はその前に膝をついてしゃがみ、ニーナとホーリに優しく語りかけた。
「2人とも、ハイの時は首を縦に振る、イイエの時は首を横に振る、出来るかい?」
「「(こくん)」」
「じゃぁ、まずは名前を教えてほしんだけど、君がニーナかな?」
「(ふるふる)」
「なら、君がホーリで、そちらの君がニーナだね」
「「(こくん)」」
名前がわかったところで、善司は2人の頭を撫でる。手が近づいた時に目をつぶって体を固くしたが、2人はなでなでを受け入れてくれた。
「君たちが引き取られた先で、誰かに怪我をさせたのは本当かな?」
「「(ふるふる)」」
「2人とも何もしてないんだね?」
「「(こくん)」」
「わかった、俺はニーナとホーリを信じるよ」
善司がもう一度頭を撫でようとしたが、今度は目を開けたまま受け入れてくれる。
「もし俺が君たちを引き取りたいと言ったら、2人は受け入れてくれるかい?」
「「(……こくん))」」
ニーナとホーリは、少しだけお互いの方を見て、ゆっくりと首を縦に振った。
「俺の家には君たちの他にも双子が居て、その母親も住んでいるんだけど大丈夫かな?」
「「(こくん)」」
「家にいる2人は君たちより年下で、とても明るくて元気な子なんだ。
そして俺の妻でもあるその子たちのお母さんは、とても優しくて料理が上手なんだよ。
今夜、俺の家族に君たちを引き取る事を相談してくるから、明日まで待っててくれるか?」
「「(こくん)」」
その返事を確認した善司はニーナとホーリの頭を撫でた後に立ち上がり、秘書の女性に2人を部屋に戻してもらうようお願いする。
「それではセルージオさん、戻って家族と相談して明日結論を伝えに来ます」
「良いお返事を期待しております」
玄関ロビーまでセルージオに見送ってもらい、奴隷商の建物を後にした。善司の中では、あの2人を引き取る事はほぼ決まっていた。しかし、家族を増やす時にはハルやイールとロールに相談すると約束しているので、帰ってそれをちゃんと伝えるつもりだ。
○○○
セルージオが執務室に戻ると、2人を部屋に連れて行った秘書の女性が入ってくる。
「お父様、あの方が噂の双子やその母親と住んでいるという男性ですか?」
「ここでは会長と呼びなさいと言っているではないか」
「申し訳ございません、会長。
あの2人の子供が、あんなにしっかりと受け答えしていたのに驚きまして……」
「あの方が今この街で噂になっているゼンジ様だ。
私も今日はじめてお会いしたが、とても不思議な魅力を持った方だな」
「会長がその様な事を言うのは珍しいですね」
「私も仕事柄、色々な人物に会っていて、それなりに見る目があると思っているが、ゼンジ様のような人には初めて出会ったよ」
「あの人なら、2人を幸せにしてくれるでしょうか?」
「私は彼にしか出来ないと思っているよ」
奴隷商の執務室からは、そんな2人の会話が聞こえていた。
日本の人材派遣会社は、あまり良いイメージがありませんが、この世界は違います(笑)