第27話 斡旋
見本を提出してから3日という速さで、善司の作った金庫用の見本は本部の承認を得て、販売が開始される事になった。貴族の無茶な要求に頭を痛めていたのは、本部も同様だったからだ。
朝一番にその知らせを受けたスノフは、善司と一緒に魔操組合へと向かっている。
「特定の工房だけが出来る、初期出荷なんて制度があるのは面白いな」
「真っ先に依頼主へ届けるには、確実に魔操板を入手する経路を確保する必要があるからな」
スノフの工房には事前に入力用の見本が届けられ、それを元に魔操板の量産を開始していた。その時にも簡単な説明を受けたが、こうして実際に納品する段になると、新たな疑問も湧いてくる。
「その割には焼いた魔操板の数が多かったが、それは何故だ?」
「新しい見本の依頼をするのは、貴族や富豪なんかの金と権力を持ってる奴らばかりでな。そんな連中は自尊心ばかり高くて、他人が自分より優れた物を持ってるのが許せないんだ。
中には発売直前にどこかから情報を入手して、自分たちも手に入れようと組合や卸売りに圧力をかけてくる奴らも出てくる。それを少しでも緩和するために、ある程度の数が必要なんだ」
「なんかつくづく面倒な集団だな」
「まぁ金払いだけは良いから、そこは評価できる」
朝からやたらと機嫌のいいスノフの横を歩く善司は、どこの世界にも面倒な金持ちは居るんだと、苦笑しながら話を聞いている。
「この魔操板は組合が直接買い取ってくれるんだったな」
「通常より高い価格で買い取ってもらえるし、担当した工房には特別な褒美がある」
「何かもらえるのか?」
「それは見てのお楽しみと言ったところだ。
実際、ワシも手にするのは初めてだからな」
スノフの機嫌がいい理由は、その褒賞のせいだった。善司は一体どんなものがもらえるのかと期待しながら、魔操組合へと歩いていった。
◇◆◇
組合に到着すると、ロビーで待ち構えていた支部長が近づいてくる。いつも自分たちのために時間を割いてくれているが、通常業務はいつやっているんだろうという疑問を抱えつつ、善司とスノフは挨拶をする。
「おう、おはよう」
「おはようございます」
「お待ちしておりました、スノフさん、ゼンジ様。
あちらの応接室で、お話よろしいでしょうか」
支部長にいつもの応接室へと連れて行かれ、そこで今回の魔操板を納品する事になった。スノフが持ってきた荷物を机の上に置き、支部長の方へ差し出す。
「これが初期出荷分の魔操板だ」
「……発注通りの数がございます。
誠にありがとうございました」
魔操板の数を数えていた支部長は安心した顔でそれを受け取り、隣に控えていた職員に手渡して検品作業へ回してもらっている。
「まさかワシの工房で、初期出荷を請け負う日が来るとはな」
「そんなに珍しいのか?」
「通常は大手の工房が担当する事がほとんどですし、王都や大きな街以外から初期出荷が行われたのは、今回が初めてです」
「これもお前さんが居てくれたおかげだ、礼を言うぞ、ありがとう」
スノフは自分の両膝に手を置きながらお礼を言って頭を下げ、善司は初めて見たそんな姿に驚いてしまう。
「俺はスノフさんに雇ってもらえてとても感謝してるんだ、その恩が少しでも返せたのなら嬉しいよ」
その時ノックの音がして、さっき魔操板を運んで行った職員が戻ってきた。その手にはトレイに乗せられた1枚の魔操板があり、それを受け取った支部長はソファーの横に置いていたケースから、半透明の板を取り出す。
「こちらが通し番号0番の魔操板と、その証明書になります」
「これは?」
「お前さんも検品を受けた魔操板に、番号が振られておるのは知ってるだろ?」
「あぁ、どこの工房で作られたものとか管理してるんだったよな」
検品を受けた魔操板には、支部の管理番号や工房の登録番号、それに全体の通し番号が刻印として刻まれている。そして3人の前には、特別な番号である0の刻印が刻まれた魔操板が置かれていた。
「こいつは初期出荷の制度で作られた場合にだけ刻まれる特別な番号でな、そこの証明書にこいつをはめ込んで工房に飾っておくんだ」
「これは工房にとって、とても栄誉あるものなのです。
私もこの街から、このように栄えある工房が誕生した事を嬉しく思います」
「スノフさんが言ってた、褒美というのはこれの事か」
「そういう事だ。
こいつが手に入るとは考えもせなんだが、ワシはもう思い残すことは無いぞ」
「スノフさん、あんまり縁起でもない事を言わないでくれ。
雇ってもらったばかりなのに死なれたら困るよ」
「冗談だ冗談、ものの例えだから本気にするな。
ワシはまだまだくたばる気はないから安心しろ」
魔操板をはめた証明書の板を持って、嬉しそうな顔で冗談を言うスノフを、善司は苦笑しながら見つめている。
◇◆◇
その後、少しだけ話しををして3人は応接室を出てきたが、その姿を見た受付嬢がカウンターから出て近づいてくる。
「すいません、ゼンジさんにお客様がお見えになっているんですが」
「俺にですか?」
「組合に直接来るとは珍しいですね、一体どなたが?」
「それが……」
支部長の問に言い淀む受付嬢だったが、目線で答えを求められると、人の居ないカウンターの近くまで移動して話し始めた。
「実は奴隷商の方がゼンジさんに相談があると訪ねて来られまして、打ち合わせ中だと言うとあちらの会議室で待たせて欲しいと」
「それなら大丈夫だろう。
ワシは先に戻っとるから、話を聞いてやればいい」
「仕事中だが、いいのか?」
「ここで断っても工房に来るだけだからな、問題ないから行ってきて構わん」
「俺には、そんな人に声をかけられる理由が思いつかないんだが、何か変な事を持ちかけられたりしないか?」
「奴隷商の方は私ども組合とも取引がございますし、彼らならゼンジ様の不利益になる事はいたしませんので、信用してもよろしいかと」
「あいつらが相談ごとがあると言うからには、お前さんにしか出来ない事なんだろう。
悪い話じゃないはずだから、行って聞いてみてやれ」
「わかった、話を聞いてみるよ」
「ゼンジ様の手に余るような事でしたら、私どもに相談していただいて構いませんので」
「ありがとうございます、では行ってきます」
◇◆◇
1人別れて会議室に行き扉をノックすると、中から落ち着いた声で返事が返ってきた。部屋に入るとモーニングコートのような服を着た、紳士然とした人が待っていた。
「初めまして、善司と申します」
「突然お呼び立てして申し訳ありません、私はこの街で奴隷商を営むセルージオと申します」
お互いに挨拶を交わした後イスに座ったが、初めて奴隷商という立場の人を見た善司は、その物腰と紳士的な態度に驚いてしまう。地球の感覚で言えば人身売買なのだから、もっと近寄りがたい雰囲気の人たちが関わっていると思っていたからだ。
「奴隷商の方が俺に一体何の相談なのでしょうか」
「実はゼンジ様にご紹介したい奴隷がおりまして、一度お時間をいただけないかと相談にまいった次第です」
「それは俺に奴隷を買えということですか?」
「そこまでは申しませんが、お話だけでもお聞きいただけないかと」
「俺には家族がありますし妻も居ますから、奴隷を買う余裕はありませんが」
「双子の姉妹にその母親と一緒に生活をなさっているのは、私どもも存じております。
それに、お金の計算をする魔操器の見本や双子でも使える見本、そして本日発表になった金庫用の見本を開発され、ご活躍されている事も」
それを聞いて善司は驚いてしまう。開発者の情報はどこかで漏れてしまうと以前も聞いていたが、まさか今朝発表されたばかりの新しい見本の事まで、知られているとは思っていなかった。
「一体どこでそれを?」
「このような商売をしておりますと、独自の情報網というのがございまして。
ただ、この事を他者には絶対に口外しないというのはお約束いたします、信用が第一の商売でございますから」
「そこまで知っていて、俺にその話を持ちかけた理由を聞いてもいいですか?」
「実は、その奴隷というのが双子の姉妹なのです」
奴隷商の口から飛び出した言葉を聞いて、なぜ自分に相談に来たのかという事を善司は理解した。スノフも街で噂になっていると言っていたし、普通なら敬遠してしまう双子の引き取り手として、最適な人材として見られたのだろうと。
「そちらの意図は理解できましたが、詳しい話を聞いてから判断するという事でも構いませんか?」
「それは当然でございます。
奴隷についての詳細は店舗外で話す事が禁止されておりますので、ゼンジ様のご都合の良い時に当店までお越しいただいても宜しいでしょうか」
「わかりました、近日中にお伺いします」
奴隷商と別れ会議室を出た善司は、受付嬢に奴隷の斡旋を受けて詳しい話を聞く事になったとだけ告げて、魔操組合を後にした。
奴隷について全く知識がないが、斡旋を受けたと聞いた受付嬢が「さすがゼンジさんです」と言っていたので、この世界の人にとって奴隷売買は日常的な事なんだと、地球とのギャップに頭を悩ませながら、善司は職場へと戻って行った。