第25話 家族で買い物
新章のスタートになります。
章タイトルで盛大にネタバレしてますが、バッドエンドも存在します。
新しい家に住み始めて数日後、善司は再び休みをもらい、今度は家族全員で買い物に出かけている。
計算器用の魔操板も相場は落ち着いてきたが、数はある程度コンスタントに出続けていて、予約分を順次出荷しているような状態になっている。スイッチの魔操板は、じわじわと認知され始めている所で、このまま対抗する見本が発表されなければ、息の長い商品になるだろうと、スノフが分析していた。
「4人で買い物に出かけるのは初めてだね」
「今日の買い物をすごく楽しみにしてたんだよ」
「今日は荷物が多くなると思うから、2人ともよろしくな」
「任せて!」
「重たいものでも大丈夫だからね」
善司と手をつないだイールとロールが、腕をぐっと上げてガッツポーズをする。少し後ろを歩いているハルも、そんな3人を微笑みながら見つめていているが、彼女自身も今日を心待ちにしていた。
買いたい物は日用雑貨の補充や調理器具の追加、そして一番の目的は全員の服を揃える事だ。
3人とも最初はよろず屋で売っているような服でいいと遠慮していたが、善司が可愛い服で着飾ったみんなと一緒に出かけたいと押し切った。
そしてハルにだけは、綺麗な肌着の重要性を善司が力説しており、子供たちのものも含めて複数購入する事になっている。彼への愛情がカンスト状態の時にそんな事を言われたら、目一杯おしゃれして見た目でも楽しんでもらおうと思うのは当然だろう。娘たちと同じ様に小さくガッツポーズをして、気合を入れていた。
◇◆◇
靴やアクセサリーも置いている服飾雑貨の店に到着すると、ここでもやはり双子やその母親が男連れで来た事に驚かれてしまう。そして何をしに来たのか問いかけられたが、善司の俺の嫁宣言が飛び出し店員に衝撃を与えた。
「お母さん大丈夫?」
「少し休んでからにする?」
「大丈夫……大丈夫よ、さっきの出来事が少し刺激的すぎただけだから」
「ゼンジが言ってた『ハルは俺の可愛い妻なんだ』ってやつだね」
「それから『彼女が俺に幸運を運んでくれた、だからこれからは、この人を幸せにしていくと決めたんだ』だったね」
「2人とも、さっきの事を繰り返すのはやめて頂戴。
思い出すだけで幸せすぎて、このまま倒れてしまいそうになるから……」
以前のデートの時に聞いた恋人から、妻にレベルアップした善司の言葉は、ハルの気持ちをより高みへと舞い上がらせた。子供の前というのがわかっていながら、その喜びを制御しきれなくなっている。善司が店員に向けて放った衝撃に、ハルも巻き込まれてしまったのだ。
「やっぱりゼンジはすごいね」
「言葉だけでお母さんをこんな状態にしちゃうなんて」
「それに、私たちの事も大切な存在だって言ってくれて、すごく嬉しかった」
「お母さんのこの気持は良くわかるよ」
少し離れた肌着売場で3人がそんな話をしていた頃、善司はカウンターの近くにある紳士物のコーナーで、自分の服を選んでいた。ハルの様子が少し変だったが、イールとロールがついているし、さっさと自分の分を選んで、彼女たちのファッションショーに付き合わなければいけない。
ズボンやシャツを数着選び、下着や靴下も買い足しておく、それを一度カウンターに持っていき、会計を済ませようとする。
「一度この分だけ支払いを済ませます」
「お買い上げ、ありがとうございます」
お金を支払ってお釣りを受け取ったが、店員は善司の顔をじっと見つめている。
「なにか?」
「お客様にこの様な事を聞くのは礼儀に反するのですが、先ほどの話は本当なのでしょうか」
「俺は最近この国に来たんですが、途中で全財産を失ってしまったんだ。
でも、あの親子に出会えた事で始めた仕事が成功して、この街に家を買う事が出来ました」
「そうだったのですか……
先ほどは大変失礼をいたしました、心ゆくまでお買い物をお楽しみ下さい」
「えぇ、ゆっくり選ばせてもらいます」
善司の話が半信半疑だった店員も、カウンターの上に躊躇いなく置かれた金貨を見て、その話を信じざるを得なくなる。いま肌着コーナーに居る3人の母娘が、数十点の服を選んだとしても、十分支払えるお金を提示されたからだ。
ただの金持ちが同情や道楽で、双子やその母親に手を差し伸べたりしない事は、この国に住む人間は全員わかっている。善司の今の行動は、本気で彼女たちの事を大切にしているという、証明にも繋がっていた。
◇◆◇
肌着を選び終わった女性陣と合流し、もう一度会計を済ませてから、次は服選びに突入する。
「ゼンジはどんな服が好き?」
「聞かせて聞かせて」
「そうだなぁ……
やっぱりみんなのスカート姿が見たいな」
「スカートは森に行く時に使えないから、ほとんど履いたこと無いね」
「大きくなってからはズボンばっかりだったもんね」
「街の外に出かける時は、よろず屋で売ってるようなズボンをまた買えばいいよ。
ここで買うのは家の中や街に出かける時に着る服だから、動きやすそうで気に入ったのを選んだらいい」
「うん、わかった」
「色々見てみるね」
イールとロールは自分たちの身長に合うサイズの服を物色し始め、体に当てたりしながらその姿を確かめ合っている。
「ゼンジさん、私もスカートの方がいいんでしょうか」
「ハルのスカート姿は最優先で見てみたいから、可愛いのを頼む」
「わっ、わかりました、頑張って選んでみます」
ハルも展示してあるスカートを体に当てて確かめているが、長めのものばかりを選んでいた。善司はそれを眺めながら、肌が綺麗なので短いスカート姿も見たいが他人に見られるのは嫌だと、謎の葛藤を繰り返している。
「ゼンジー、こんなのはどうかな」
「少し短めだけど似合う?」
「2人ともいつも元気だから、快活な感じがよく出てていいと思うぞ」
2人が見せてくれたのは少し丈の短いワンピースで、元気な女の子という感じがして善司もひと目見て気に入った。
「ゼンジさん、これなんかいかがでしょうか」
「ゆったりした服は、ハルの優しい雰囲気がよく出てて似合ってるな」
「じゃぁ、こんな感じのものをいくつか選んでみますから、ゼンジさんの気に入ったのを教えてください」
「ハルの着る服なんだし、自分の好きなのを選んで構わないぞ?」
「私はゼンジさんが見て喜んでくれる服を着たいので、お願いします」
ハルの選んだものは丈の長いフレアスカートだったが、色も落ち着いていて良く似合っていた。あれを履いてくるっと回ると、裾がふわっと広がって素晴らしいに違いない、脳裏にそんな姿を思い浮かべた。
「お母さんもこんな服はどうかな」
「私たちとお揃いだよ」
「お母さんにこれは可愛すぎないかしら」
「そんな事ないよ」
「よく似合うと思うよ」
「それにスカートが短いし、ゼンジさん以外の人に見られるのは嫌だわ」
「ねぇ、ゼンジはどう思う?」
「お母さんが着てもおかしくないよね?」
「そんな服が1着あってもいいと思うし、長めの靴下を履けばいいんじゃないか?
それに、よく似合ってるし可愛いよ」
「そうでしょうか……
じゃぁ、私もこういったものを一つ選んでみますね」
イールとロールが持ってきたのは膝丈のワンピースだが、ハルの容姿なら少し可愛めのデザインでも全く異違和感がない。
◇◆◇
そうやってしばらくファッションショーを続けていたが、イールとロールはワンピースやジャンパースカートとオーバーオール、それにシャツを数点選んでいた。
「色違いばかり選んでたけど、それでいいのか?」
「うん、こうしておけば順番に2つの色を楽しめるからね」
「私とイーちゃんは同じ服が着られるから、分けておけば2倍お得だよ」
「なるほどな、そういう考え方もあるんだな」
「ゼンジとお母さんは、私たちがどっちの色を着ててもちゃんと見分けてくれるしね」
「形は一緒のを着る方がいいけど、色は違った方が楽しいから」
嬉しそうに説明しているイールとロールの頭を撫でながらハルの方に目を向けると、彼女はロングのフレアスカートや膝丈のワンピースにシャツやブラウスを数点、それに薄手のジャケットを選んでいた。全て長袖な辺りが、実にハルらしい。
「ハルはそれでいいのか?」
「はい、これをお願いします」
「それじゃぁ、靴下や靴に装身具も買って帰ろうか」
「そんなにいっぱい買っていいの?」
「装身具とか無くても平気だよ」
「一度買っておけば長く使えるし、こうして初めて家族で買い物した記念になる物が欲しいしな」
そう言って善司はアクセサリーコーナーに行って、4人で色々と検討した結果、イールとロールは花の形をした髪飾りに、善司とハルはシンプルなチェーンのネックレスに決まった。
靴や靴下も選んで、それらを持って会計に向かう。
「多数のお買い上げ、誠にありがとうございます」
「ここで着替えていきたいんですが、どこかお借り出来る場所はありますか?」
「あちらの扉の向こうが小部屋になっておりまして、そちらで着替えが出来るようになっております」
「わかりました、少しお借りします。
みんな、ここで着替えてから買い物の続きをしよう」
「「うんっ!」」
「わかりました、ゼンジさん」
4人で部屋の前に行き、まずは善司が着替えを終わらせて、次に女性陣が部屋の中に消えていく。ドアの前で少しソワソワとしながら待っていると、ワンピースを着て髪飾りをつけたイールとロールが、そしてブラウスとフレアスカートに身を包み、善司とお揃いのネックレスをつけたハルが出てくる。
「3人ともすごく似合ってて可愛いよ」
「ほんと! ゼンジに言われると嬉しいな」
「久しぶりのスカートだからちょっとスースーするけど、私も嬉しい」
「こんな格好は久しぶりで少し緊張しますが、ゼンジさんにそう言ってもらえると安心します。
それにお揃いの首飾りがとても嬉しいです」
「夫婦で同じものを身につけるのは、やはりいいものだな」
「はい」
熱い視線を向けるハルに微笑みを返し、善司は買ったものと今まで着ていた物を、店がサービスしてくれた袋に入れる。イールとロールがそれを大事そうに持ち、首元のネックレスを撫でながら頬を染めるハルを連れて外へと出た。
「色々買ってくれて、ありがとうゼンジ」
「こんなに一度に買い物したのは初めて」
「少しおまけもしてくれましたね」
一度にたくさん買った事に加え、善司が最初に金貨で支払った事もあり、上顧客と判断した店員が、会計の時に端数切りをしていた。
「またみんなで出掛けるのが楽しみになったし、買った甲斐があったよ」
「私もまたお出かけするのが楽しみになったよ」
「次の休みの日もどこかに行こうね」
「買い物だけじゃなくて、散歩したり広い場所でお弁当を食べたりするのも、いいかもしれないな」
「それいいね!」
「それ楽しそう!」
「お弁当は私が作りますから、何か入れ物も買って帰りましょうか」
「今からよろず屋に行くし、そうしよう」
新たな休日の楽しみ方を思い付いた一行は、意気揚々とよろず屋への道を歩いていく。すれ違う人たちには相変わらず注目されているが、普段の彼女たちを知っている者は、着飾ったその姿に驚きの表情を浮かべていた。
「おう兄さん、今日も買い物か?」
「新居で必要なものが色々あるから、しばらくは買い物生活だよ」
「しかし今日は全員が着飾りやがって、兄さんは本当にこの街で成功してんだな」
「大切な家族に何不自由ない生活を送ってもらうのが、俺の役目だからな」
「はいはい、ごちそうさん。
そう言えば兄さんが以前言ってた、新しい魔操板ってのが手に入ったんだが、そっちの2人に試してもらっても構わねぇか?」
「うん、いいよ」
「どれに触ればいい?」
「この上に乗ってる明かりの魔操器がそうだ」
「わかった」
「触るね」
イールとロールが、カウンターの上に乗っていた明かりの魔操器に交互に触れると、それは点灯と消灯を繰り返す。
「本当に使えやがった……」
「普通に使っても動作が安定するだろ?」
「あぁ、反応しなかった事はまだ一度もねぇぜ。
魔操板を取り替えるだけでこうなるなんて、すげぇ時代が来たもんだな。
今まで色々言っちまった詫びだ、まけてやるから色々と買っていきやがれ」
こうやって双子やその母親に対する見方を、少しでも変えてくれた人が居るというのは、善司にとても大きな喜びをもたらした。
折角なので調理器具やお弁当箱の他に、掃除用具なども買い揃えたが、言葉通りに値引きをしてもらった。少し買いすぎた荷物を抱えて、食材も購入した後に家へと戻る。
こうして家族4人で行った初めての買い物は、楽しい思い出となって終了した。