第24話 新しい朝
この話で第3章が終了になります。
いわゆる“朝チュン”ですが、どこまでの表現が許されるやら(笑)
目を覚ました善司の胸にまろやかな感触と、心地よい重みが加わっている。昨夜はお互い倒れるように寝てしまったので、何も身に着けずに朝を迎えてしまっていた。
ハルの純情で可憐な姿は善司の心を大きく燃え上がらせ、お互いに何度も求めあった結果だ。
小柄な彼女に無理をさせすぎたかもしれないと反省しながら、善司はその頭を優しく撫でている。しばらくそうしていると、ハルの目がゆっくりと開いていき、善司の姿を捉えた後、少し長めの口づけを交わす。
「おはよう、ハル」
「おはようございます、ゼンジさん」
「体は大丈夫か?」
「それは全く問題ないですが、ゼンジさんがあんなに情熱的だったとは少し驚きました」
「ハルがあまりにも可愛すぎて自制が効かなかった、すまないと思ってる」
「私も嬉しかったので怒ったりはしてませんが、もう少しだけ手加減してくれると嬉しいです」
「善処するよ」
その答えに少しだけ困った顔をしたハルは、簡単に服を羽織った後にもう一度軽い口づけをして、善司と共にお風呂場に向かう。
シャワーで軽く体を流している時に、危うくことに及んでしまいそうになったが、今日から仕事のある善司は鋼の精神力で乗り切った。
◇◆◇
「もうすぐご飯が出来るので、イールとロールを起こしてもらっても良いですか?」
「わかった、行ってくるよ」
「起きてこなかったらそのまま部屋に入ってしまって構いませんから、お願いします」
善司は二階にある2人の部屋の前に行きドアをノックして呼びかけるが、中から返事は返ってこない。それを3度ほど繰り返した後に、ドアをそっと開け部屋の中に入っていった。
「イール、ロール、朝ごはんが出来たから起こしに来たぞ」
ベッドの上の2人は抱き合うように眠っていて、その仲の良い姿を見るとほっこりする。しかし善司は、初めての場所で眠ることの不安でこうしているのではないかと思い、今夜は一緒に寝るようにしようと2人の頭を撫で始めた。
「……んっ…ゼンジかぁ」
「おふぁよー、ゼンジ」
「おはよう2人とも。
ご飯ができてるから、着替えて降りておいで」
「ん、わかったー」
「すぐ行くね」
その答えを聞いて1階の食堂に戻ると、テーブルの上には朝食が並べられていた。
「2人は起きましたか?」
「すぐ着替えて降りてくると言ってたから大丈夫だ」
「よく眠れてる感じでした?」
「声をかけても起きなかったくらい眠ってたけど、2人で抱き合うようにしていたし、少し不安だったのかもしれない。
だから、今夜は子供たちと一緒に寝てあげようと思うんだ」
「そうですね、そうしてあげて下さい」
その時、二階から2人が降りてくる足音が聞こえ、食堂に元気な声がこだまする。
「「おはよう! ゼンジ、お母さん」」
「おはようイール、ロール。
2人は顔を洗ってきたの?」
「あっ、まだだった」
「行ってくるね」
脱衣場にある洗面台に2人は走っていき、顔を洗って食堂に戻ってきた。4人で席に着き朝ごはんを食べているが、イールとロールはいつも以上にニコニコとしている。
「2人とも今日はすごく機嫌がいいけど、何かあったのか?」
「うん、とっても嬉しいことがあったよ」
「ゼンジとお母さんのおかげだよ」
「俺とハルの?」
「あっ、やっぱり」
「そうだと思ったんだ」
「一体どういう事だ?」
「ゼンジは今、お母さんの事を呼び捨てにしたよね」
「今日の2人の雰囲気は昨日と全然違ったからね」
「この子たちは、昔から人の気持ちや気配に敏感なんですよ」
「それは凄いな、いつわかったんだ?」
「ここに来ておはようの挨拶をした時には、もうわかったかな」
「2人の席も昨日より近いよ」
食堂には横長のテーブルが置かれているが、善司とハルが並んで座り、向かいにイールとロールが座っている。2人に指摘された通り、善司とハルの椅子は昨日より近づいていて、肩が触れ合うくらいの距離まで縮まっていた。
「イールとロールには敵わないな。
折角だからここで言ってしまうけど、俺とハルは結婚する事にしたよ」
「私はゼンジさんと、これからもずっと連れ添っていく事に決めたわ」
「ほんと!」
「やったー!」
「「おめでとう、お母さん、ゼンジ!!」」
「ありがとう、イール、ロール」
「あなた達に祝福してもらえて嬉しいわ」
この世界には戸籍も無いし婚姻届も存在しない、2人が夫婦になると決めたら結婚が成立する。王族に貴族や一部の裕福な者は結婚式を挙げるが、一般民でそれをする人はいない。
善司の経済力なら結婚式も不可能ではないが、世間の目もあるので式は挙げない事に決めている。
「これでイールとロールは俺の娘になるんだが、お父さんって呼んでもいいぞ?」
「私たちとゼンジも将来結婚するんだから、それはやめておくよ」
「旦那様をお父さんて呼んじゃったらすごく変だし、これからもゼンジって呼ぶね」
「まぁ、2人の呼びやすい言い方で構わないよ」
「それよりゼンジさん、そろそろ出ないと仕事に間に合いませんよ」
「おっと、そうだったな。
じゃぁ、そろそろ行ってくるよ、ハル、イール、ロール」
「行ってらっしゃいませ、ゼンジさん」
「「ゼンジ、行ってらっしゃーい」」
正式に夫婦になり、名実ともに家族になった3人に見送られて、善司は魔操紙工房に出勤する。その足取りはとても軽く、目に映る風景も今までとは違うものに見えた。
◇◆◇
善司を見送った3人は、手分けをして朝食の後片付けや掃除に洗濯を済ませ、リビングに集まって休憩をしている。
「この家は広いから、掃除をするのも大変だね」
「家具もいっぱいあるしね」
「これくらいの広さの家だと、掃除や洗濯をしたり料理を作ってくれる人を雇う事もあるけど、この家は私たち3人でしっかり守っていきましょう」
「うん、ちゃんとお手伝いするよ」
「いつも綺麗にしてゼンジに褒めてもらおうね」
イールとロールはガッツポーズをしながら気合を入れている。元々母の手伝いはしっかりする子供だったし、何より今は善司に褒めてもらったり、頭を撫でてもらえるのが一番嬉しい。あの大きな手でなでなでしてもらうと、全てを委ねても構わないという気持ちになる。
「あなた達は初めて2人だけで眠ったけど、寂しくなかった?」
「ローちゃんと一緒だから大丈夫だよ」
「私もイーちゃんが居るから大丈夫」
「ベッドがふかふかですごく気持ちいいしね」
「お風呂に入ったから、寝る時までホカホカしてて、よく眠れたよ」
「そう? それなら良いんだけど……
でも、今夜はゼンジさんの部屋で寝かせてもらいなさい」
「別に今日も2人で大丈夫だよ?」
「お母さんはいいの?」
「お母さんはゼンジさんにいっぱい幸せを貰ったから大丈夫よ。
それに今夜はあなた達と一緒がいいって言ったのは、ゼンジさんなのよ」
「そうなんだ、やっぱりゼンジは優しいね」
「じゃぁ、今夜はゼンジと一緒に寝るね」
母に遠慮していた2人だが、善司からそう言ってくれたと聞いて、とても嬉しそうな顔になる。そんな子供たちの姿を見ていると、あんなに優しくて頼れる人に愛してもらえてとても幸せだと、体が熱くなってしまうハルだった。
―――――・―――――・―――――
ここは王都にある、とある建物の中――
薄暗い部屋を小さな影が何か独り言をつぶやきながら歩き回っていた。
その手には2枚の紙が握られていて、それは魔操紙の見本だった。
そこには注釈やメモが書き込まれていて、何かを調べたり解析した後に見える。
「最近立て続けに発売されたこの2枚の見本は、明らかに今までのものとは異なっておる」
「このワシですら思いつかなんだ記述方法に処理手法」
「しかも先日発売になったこれは何じゃ! 双子でも魔操作が出来るようになるじゃと!!」
「魔操器の常識をあっさり覆しおって、これを作ったヤツは一体何者なんじゃ」
「この2つは魔操言語の使い方がそっくりじゃから、恐らく同一人物に違いない」
「半年ぶりに外に出てみれば、こんなヤツが現れておったとは……」
「魔操組合も守秘義務とかつまらん事をぬかしおって、ワシを誰だと思っとるんじゃ」
「くそう、気になって夜も眠れんわ!!」
大きく振り下ろした手を机の角にぶつけてしまい、その小さな影は震えながらうずくまってしまった。
――薄暗い部屋には声にならない呻きが、しばらくの間続いていた。
最後に出てきた人物ですが、まだ登場は先になります。