第23話 お風呂
今日は夜更新です。
善司とハルが出かけた後、イールとロールは2人で家の中を探検している。
部屋や廊下の照明を点けたり消したり、机の引き出しを調べたりしているが、自分や家族の私物はまだ何もないし、前の持ち主が残していった物も入っていない。
「しまう場所がいっぱいあって、どこに置いたか忘れちゃいそうだね」
「どこに何を置くかちゃんと決めて、忘れないようにしないと」
「まだ、ほとんど置くものはないけど」
「着替えと狩りで使ってた道具くらいかな」
2人は自分たちで選んだ部屋に戻って、前の家から持ってきた手荷物を机の上に置き、どこに何をしまおうか話し合っていた。
「こんな大きな家に住んで、自分の部屋が出来るなんて思ってなかったよ」
「ゼンジと出会ってまだ少ししか経ってないのに、信じられないよね」
「それなのに、お母さんの病気も治ったし」
「私たちも魔操作が出来るようになった」
普段はあまり気にしない様にしていたが、どんな子供でも使える魔操器が自分たちに使えないのは、やはり辛くて悲しい事だった。双子は普通の人間とは違う、別の生き物だと言われているようで、まだ幼い心は幾度となく傷ついた。
それを、違う世界から来たという一人の男が変えてしまった。
森の中で魔物と睨み合ったまま倒そうともしない、見たことの無い服を来た男性を見た時は、一体何をしてるんだろうと思ったけど、それが運命の出会いになるとは考えもしなかった。
「ゼンジには凄く沢山のものをもらったね」
「これから一生懸命返していこう」
「それに、ずっと苦労をかけてきたお母さんには、もっと幸せになって欲しい」
「ゼンジと2人だけの時間を、いっぱい作ってもらおうね」
日を追うごとに2人の仲が良くなっていくのを見るのは、とても嬉しい。善司を見つめる母の目に特別な感情があるのは、イールとロールもわかっている。
初めて出来た父親のような存在でもあり、兄のようでもあり、将来は旦那様になって欲しい人。
そんな人とこれからこの家で暮らしていく事がとても楽しみで、イールとロールは今度は庭に行ってみようと、ウキウキとした足取りで部屋から出ていった。
◇◆◇
イールとロールが庭で遊んでいると、生け垣の隙間から善司とハルが帰ってくるのが見えた。出かけた時とは違い、ハルは善司の腕を胸に抱き、頭を肩にもたれかかるようにしながら、寄り添って歩いていた。
「ゼンジとお母さん、ぴったりくっついて歩いてる」
「それに楽しそうに話しをしてるみたい」
「何の話をしてるんだろう」
「今夜のご飯の話だったりして」
「今日は何を作ってくれるかな」
「きっと引っ越しのお祝いでごちそうだよ」
「楽しみだね」
「私たちもお手伝いしようね」
そんな話をしていると、2人がすぐ近くまで来たので、イールとロールは出迎えに走っていった。
「「お帰り! ゼンジ、お母さん」」
「ただいま、イール、ロール」
「ただいま。
2人はお留守番大丈夫だった?」
「うん、家の中を色々見て回ったり、庭で遊んだりしてたよ」
「ゼンジとお母さんは買い物楽しかった?」
「街の人に驚かれたりしたけど、すごく楽しかったから、今度は4人で行こうな」
「約束だよゼンジ」
「楽しみにしてるね」
「ゼンジさんは何か言われるたびに、私を幸せにしてくれると言ってくれて、とても嬉しかったわ」
ハルは熱に浮かされたように少し遠い所を見ながら、その時の事を思い出していた。
「だからお母さんは、ゼンジにそんなにくっついてるんだね」
「ゼンジから離れようとしないもんね」
「えっ!? そうね、私ったら子供たちの前なのに……」
2人に指摘されて今の姿勢に気づいたハルは、慌てて善司から離れる。腕からまろやかな感触が遠ざかっていった事に、善司も少し名残惜しそうな顔をしている。
「そのままでも良かったのに」
「私たちの事は気にしなくてもいいよ?」
「家の中でそうしてても、いいんだけどな」
「ゼンジとお母さんが仲良しなのは、私たちも嬉しいからね」
「あなた達、あまりお母さんをからかわないで」
「「そんなつもりは無いんだけどなぁ~」」
「ここでずっと話をしてるわけにもいかないから、家に入ろうか」
そうやって言われると善司も恥ずかしくなってきたので、ハルの頭を軽く撫でた後に、イールとロールと手を繋いで家へと入っていった。
◇◆◇
母娘3人で協力して作ってくれた、引越し祝いの美味しい手料理を食べた後は、いよいよ善司が一番楽しみにしていたお風呂タイムに突入する。
ハルも昼間のデートで善司から何度も恋人宣言を受けたので、恥ずかしがってはいるが嫌がってはいない。イールとロールは出会った当初から、幾度となく善司に背中を拭いてもらっているので、今日も平常運転だ。
先に浴室で待っていた善司の前に、扉を開けて3人が入ってきた。ハルは大きなタオルを体に巻いて恥ずかしそうにしているが、イールとロールは初めて体験するお風呂の様子に興味津々で、入ってきた姿勢のまま周囲を見回している。
「これが全部お湯なんてすごいね」
「湯気も出てて料理してるみたい」
「みんな、こっちに来てまずはお湯を体にかけようか」
腰にタオルを巻いた善司が風呂桶を持ってそう呼びかけると、イールとロールが元気に走って近づいていった。
「お湯の中に入る前にそんな事をするの?」
「ゼンジ、やり方教えて」
「2人とも、お風呂場で走ると危ないわよ」
「濡れて滑りやすくなってるから、気をつけるようにな」
「「は~い」」
2人を椅子に腰掛けさせて、足から順番にお湯をかけていくが、イールとロールはとても気持ちよさそうな顔をしている。
「すごくあったかいね」
「なんか不思議」
「2人はお湯に入るのは初めてか?」
「水浴びはした事あるけど、お湯は初めてだよ」
「体を拭く時にお湯を使った事はあるけど、それくらいかな」
「冷たい水に入る時も、まず足や手に水をかけて少しづつ体を慣らしていかないと危ないけど、お湯も同じなんだよ」
「冷たいのと温かいのが一緒なのは面白いね」
「冷たい水に入る時はちょっとびっくりするけど、お湯も同じなんだ」
「こうやってお湯をかけると体の汚れも落ちるから、気持ちよくお湯に浸かれるって理由もあるな。
この後に体を洗って湯船に入る人も居るけど、俺は温まってからの方が良いと思ってるから、2人ともお湯に入っておいで」
「「うんっ!」」
善司に全身を洗い流してもらったイールとロールが、湯船に行ってゆっくりとお湯の中に身を沈めていく。
「俺たちもかけ湯をして入りましょうか」
「はい、ゼンジさん」
残った2人もお湯で体を流し、湯船へと移動する。お湯の中で全身の力を抜くと、久しぶりのお風呂の心地よさに、善司の表情も恍惚としたものに変化していった。
ハルは布を体に巻いたまま、善司も腰にタオルを付けたまま湯船に入っているが、いきなり全裸というのもハードルが高すぎるだろうと、この姿で落ち着いている。
「はぁ~、やっぱりお風呂はいいな」
「うん、とっても気持ちがいい」
「お風呂ってすごいね」
「私、お風呂が好きになった」
「私もー」
「こんなに落ち着けるお風呂なんて初めてだわ」
全員で湯船に背中を預けてくつろいでいて、どの顔もそのまま眠ってしまいそうに緩みきっている。
3人とも肌が白いので、お湯で温められて少し上気した姿が、とても魅力的だ。特にハルは見た目こそ十代で通用するが、大人の女性としての色気もあり、そのアンバランスさが善司の心に大きな高鳴りをもたらした。
「このままずっと入っていたいかも」
「ここで暮らしてもいい」
「あんまり長い時間お湯に入ってると、頭がクラクラしたり気分が悪くなるから、程々にな」
「「わかったぁ~」」
「ゼンジさんの世界には変わった習慣があると思ってましたが、こうして家族で入るお風呂はとても良いですね」
「全員でお風呂に入ると家族の絆も深まるので、毎日こうしましょう」
「「賛成~」」
「こんな時間を全員で過ごすのは私も賛成です」
こうして、お風呂は全員で入るのが、この家のルールになった。
一度お湯から出ると、子供と大人のペアで頭や体を洗い合ったり、これまで以上に仲の良い時間を過ごして、再び温まってからお風呂を上がった。
◇◆◇
善司が体を拭いて着替えてリビングに行くと、先に着替え終わったイールとロールが待ち構えていて、両方から抱きついてくる。
「お風呂気持ちよかった」
「体がホカホカする」
「こうやってよく温まってから寝ると、ぐっすり眠れるぞ」
「ベッドで寝るのも楽しみだよ」
「朝起きられなくなりそうだけどね」
「ご飯の時間には起こしに行くし、気にせず眠ってて構わないからな」
「あのね、ゼンジにお願いがあるんだけど」
「聞いてもらってもいい?」
「あぁ、何でも言って構わないよ」
「ゼンジにはお母さんと2人だけの時間を、たくさん作ってあげて欲しい」
「あんなお母さんの顔を見るのは初めてなんだ」
イールとロールの脳裏には、2人で買い物から帰ってきた時の母の顔が浮かんでいる。善司の腕につかまって少しうっとりとしたその表情はとても幸せそうで、それを見た2人の心も暖かくなった。
「ハルさんと2人だけの時間は作るようにするけど、それと同じくらいイールとロールの2人と一緒にいる時間も作りたいと思ってるぞ」
「私たちも一緒にいたい時はゼンジに言うから」
「それ以外の時間はお母さんのそばに居てあげて」
「わかったよ。
2人ともお母さん思いのいい子だな」
善司がイールとロールの頭を優しく撫でると、2人とも嬉しそうに微笑みながら彼の顔を見上げている。
「私たち今日はもう部屋に戻るね」
「後はよろしくね、ゼンジ」
リビングを出て二階へ続く階段を駆け上がっていく2人を見送った後、しばらく経ってから洗濯物をまとめていたハルが戻ってきた。
「イールとロールはどこに行ったのかしら」
「今日はもう自分の部屋に戻ると言って二階に行きました」
「やはり慣れない環境で疲れてしまったんでしょうか」
「お風呂でゆっくり温まったので、眠くなってきたのかもしれませんね」
「あんなに楽しそうにしている2人の姿は初めて見ました、これも全てゼンジさんおかげです」
そっと近づいてきたその体を抱き寄せると風呂上がりの良い匂いがして、善司の心を昂ぶらせていく。
「ハルさん」
「何でしょうかゼンジさん」
「今夜は俺の部屋に来ませんか?」
「……そっ、それって」
「はい、2人だけで朝まで過ごしましょう」
それを聞いたハルの顔は火がついたように赤く染まり、善司の顔をまともに見られなくなってしまう。そしてうつむいたままで何も言わず、動くことが出来なかった。
「ハルさんは以前の旦那さんとの事で、何か心の傷を負っていたりしませんか?
もし何かあるのなら、無理に誘ったりはしませんので」
「違うんですゼンジさん。イールとロールを授かった相手は親同士が決めた縁談でしたし、複数いるお相手の1人で、正直に言うと愛されているという感じがしなかったんです。
ですがゼンジさんは私の事を真っ直ぐ見てくださいますし、言葉でも伝えてくれます。それが嬉しくて幸せすぎて、今より更に先へ進んでしまうと、もうあなた無しでは生きていけなくなりそうな自分が怖いんです」
それを聞いた善司は、すごく愛されていると実感して、ハルの体をより一層抱きしめる。
「それなら大丈夫です。
もうハルさんを一生離す気はありませんから、ずっとそばに居て下さい、俺があなたを支えていきます」
「私はゼンジさんに釣り合うとは思えないんですが、本当に良いんでしょうか」
「あなたはとても素敵で魅力的な人です。
それに傷ついて臆病になっていた俺の心を癒やしてくれました、もっと自分の事に自信を持ってください」
「嬉しいです、ゼンジさん。
でも一つだけお願いを聞いてもらっても良いですか?」
「はい、何でも聞きますよ」
「よろず屋さんで言ってくれたように、私の事は“ハル”と呼んでください。
それから、あなたのものになったと実感できるように、もっと私の事を引っ張ってくれるような話し方がいいです」
「わかったよ、ハル。
君のことを愛している、俺のものになってくれ」
「私もゼンジさんを愛しています、あなたのものにして下さい」
そう応えたハルに口づけをして、腕を組んだ2人は二階へ続く階段を登っていった。
ここからは大人の時間(笑)