第22話 デート
共用部分と個人が使う部屋で使われているスイッチの魔操板を、全て双子でも使える新しいものに取り替え、動作チェックを終わらせた所で、ハルからご飯にしようと声がかかった。
家にある魔操器が次々と自分たちで使えるようになって、上機嫌のイールとロールを連れて食堂へと移動する。
「4人だとちょっと広すぎるね」
「弟か妹が増えるか、善司がもっとお嫁さんを連れてきたらすぐ賑やかになるよ」
「それに、私たちもゼンジのお嫁さんになるから、すぐ子供も増えるね」
「この食堂が人で一杯になるのも時間の問題だね」
「2人とも、ご飯の最中にそんな話をするのはやめなさい」
「でも、お母さんもこの家が賑やかになるのは嬉しいでしょ?」
「それにゼンジみたいな人に、お嫁さんが3人なんてもったいないよ」
「お母さんもこの家が賑やかになるのは嬉しいし、ゼンジさんにはもっと多くの人を幸せにして欲しいと思うわよ」
3人の会話を聞いている善司は、やはり日本との結婚観や倫理観の違いに驚いてしまう。
「みんなは俺にお嫁さんが何人いても平気なのか?」
「私たちやお母さんと仲良くしてくれる人だったら平気だよ」
「ゼンジはそれが出来ない人を連れてこないってわかってるしね」
「ハルさんもですか?」
「ゼンジさんは私たち母娘に等しく気持ちを寄せてくださっていますし、例えそれが何人になっても変わらないと思いますから」
「少し俺の事を過大評価している気もしますが、家族は全員大切にしたいと思ってますから、もし増えるような事があれば相談しますね」
「新しいお嫁さんも可愛い子がいい」
「お母さんみたいに優しい人がいい」
善司は見境なく女性に手を出す人間ではないが、以前ハルにこの世界の常識に慣れていくと約束しているので、この母娘に関しては前向きに考えている。しかし、まだまだ彼女たち以外の女性に関しては躊躇してしまっていた。
それに今の家族で、もっともっと幸せになるのが先だと考え、この事は一度棚上げにしておいた。
◇◆◇
リビングに集まって食休みをしていたが、善司が立ち上がってみんなを見渡す。
「ゼンジ、どうしたの?」
「何か用事?」
「新しい家に色々と足りないものがあるから、買い出しに行きたいんだ」
「何を買うの?」
「今日使うもの?」
「一度には無理だから少しづつ揃えていくつもりだけど、まずはお風呂で使う物と台所で使う物を買いたいから、ハルさんには付き合って欲しいんですが、良いですか?」
「それは構いませんが、私と一緒だとゼンジさんにご迷惑がかかるのでは」
この家に来る時は、人通りの少ない道を朝早く歩いてきたので人目につきにくかったが、やはり街なかだとハルが人の噂を気にしてしまう。しかし善司はこれから先も一緒に出かける機会を何度も作って、街の人に2人の関係を知ってもらおうと考えていた。
「俺はそんなものは気にしませんし、絶対に負けません。
そして噂を吹き飛ばすくらい、この家に住む家族全員で幸せになってみせます」
「さすがゼンジだね」
「かっこいいね」
「ゼンジさん……ありがとうございます。
今日は買い物のお供をさせて下さい」
ハルは立ち上がって善司に近づくと、そっと身を寄せて嬉しそうに見上げていた。
「もし荷物が少ないんだったら、私たちは家に居てもいいかな」
「家の中をもっと見てみたいし、庭でも遊んでみたい」
「あぁ、構わないよ。
それなら留守番をお願いするな」
「お母さんと2人で買い物を楽しんできてね」
「ゆっくりしてきていいからね」
並んで玄関から出る2人を、イールとロールが嬉しそうな顔で見送っている。
「娘たちに気を使われてしまいましたね」
「せっかくですから、2人だけの買い物を楽しみましょう」
善司にもイールとロールが気を使ってくれているのはわかっていたが、ハルと初めてのデートをしたいという気持ちが強く、無理に2人を誘わずにこうして出かけていた。
「そうだハルさん、手を繋いで歩きましょう」
「手をですか? どうしたら良いでしょうか」
「少し近くに来てもらえますか?」
言われた通りに肩が触れるくらいの位置まで近づいてきたハルの右手に、善司が手首をクロスさせて恋人つなぎをする。
指と指を絡めるようにして手を繋がれたハルは、恥ずかしそうに頬を染めてしまうが、そんな姿が可愛らしくて少しだけ力を込めて自分の方に引き寄せる。
「この手のつなぎ方は、何故かとても恥ずかしいのですが」
「俺たちの世界では恋人同士がするつなぎ方ですから、ハルさんとやってみたかったんです」
「こっ……恋人ですか」
「こうしているとハルさんと心が通じ合ってる気持ちがして凄く嬉しいので、2人で出かける時はできるだけ手を繋いで歩きましょう」
「うぅっ……ゼンジさんに喜んでいてだけるなら、恥ずかしいのは我慢します」
「こうして続けていれば、すぐ気にならなくなりますよ」
「私はこんなに胸が高鳴って余裕が無いのに、ゼンジさんは凄く落ち着いててずるいです」
「そんな事は無いですよ、ハルさんとこうして一緒に出かける事が出来て、かなり緊張してます」
「その割に顔が笑っているみたいなんですが」
「これは嬉しいからですよ。
俺がどれだけドキドキしてるか、胸に顔を当てて音を聞いてみますか?」
「人前でそんな事をしたら、私は恥ずかしくて死んでしまいます」
「ハルさんを抱きしめる好機だと思ったのですが残念です」
「今日のゼンジさんはちょっと意地悪です、これは以前言っていた“借りてきた猫”という状態が、無くなってきてるんでしょうか……」
「すいません、一緒に出かけるのが楽しくてハメを外しすぎました」
「私も本音はとても楽しいので許してあげますが、これ以上はもうやめて下さいね」
「了解です、ハルさん」
善司はハルの頭を少しだけ撫でて、手をつないだまま通りを歩いていく。ハルの事を知っている人が、見知らぬ男性と手を繋いで歩いている姿を見て驚いているが、彼女は恥ずかしさのあまり視線を落としているので気づいていない。
そんな人たちの間を善司は素知らぬ顔で歩き、目的の店へ向かっていった。
◇◆◇
「おう兄さん、今日は女連れか?」
「必要なものが一度に出来たから、色々買いに来たよ」
「兄さんも隅におけねぇな、もう女を作ったのか。 ……って、あんたは!」
よろず屋の親父の声を聞いたハルの体が硬直する、善司もそれを感じ取ったが構わず話を続けた。
「この街で出来た俺の恋人だよ」
「兄さんは俺の話を聞いただろ、それなのに何でだ……」
「それを聞いた上で決めたんだ」
「正気か?」
「俺はこの人と出会えたおかげで、この街に家を買う事が出来た」
「家って、兄さんが無一文でこの国に来てから、少ししか経ってねぇじゃないか」
「この人が俺に幸運を運んでくれたんだ、だからハルの事は俺が幸せにすると決めた」
善司はそう言って、ハルの体を抱きしめる。急に抱き寄せられて何も抵抗できないまま善司の胸に顔を埋めてしまったが、その存在を間近に感じているとハルの心も不思議と落ち着いてくる。
頬を染めてちらりと見上げるハルの頭を善司は優しく撫でていたが、そんな2人の姿を見たよろず屋の親父は、盛大に溜息をついて浮きかかった腰を椅子の上に戻す。
「はぁ~、何があったのかは知らねぇが、こんな姿を見せられちゃなぁ……」
「こうして家を買うことが出来たのは、親父さんが紹介してくれた仕事のおかげでもあるんだ。
感謝してるよ、ありがとう」
「それにしても、魔操紙工房の稼ぎだけじゃ家は買えねぇだろ。
彼女が幸運を運んできたって話は、本当なのかもしれねぇなぁ……
それでどんな家なんだ?」
「少し郊外にある一軒家だが、静かな場所だし広くていい家だよ。
家に設置してある魔操器は、全て双子でも使えるようにしたから、4人で仲良く暮らしていくさ」
「はぁ!?」
よろず屋の親父は、口を大きく開けて固まってしまったが、その姿はちょっと漫画的で面白い。横目でちらりと見たハルも、何かを堪えるように再び胸に顔を押し付けてしまい、善司はその頭を抱いて撫で続けている。
「先日、魔操器用の新しい見本が販売されてな。
それを使うと双子でも魔操作が出来るようになるんだよ」
「それは本当なのか!?」
「俺たちの家でも、その魔操板に取り替えたから間違いない」
「双子が魔操作出来るようになったり、その母親と付き合って幸運を招き入れたり、一体この街で何が起きてやがるんだ……」
天を仰ぐように上を見つめ、よろず屋の親父は何かをブツブツと呟いている。
「新しい家にある風呂で使う石鹸や、体を拭く大きな布とか欲しいんだが」
「それなら向こうの棚にあるから、適当に選んで持ってこい。
家を買った祝儀だ少しまけてやる、……ったく幸せそうなツラしやがって」
善司の言葉で現実に戻された親父は、吐き捨てるようにそう言ったが、しっかり値引きをしてやっていた。
◇◆◇
風呂場で使う桶や椅子も買い込んで、持ってきた背負カバンに詰めて店を後にしたが、よろず屋に来るまでとは違い、ハルは善司の腕を抱きかかえるようにして手を繋いでいる。
腕に感じるまろやかな感触は、善司の心を幸せな気持ちで包んでくれた。
「少しはこうして一緒に歩くのに慣れてきましたか?」
「さっき、よろず屋さんに言ってくれた言葉が嬉しくて幸せだったので、少し気にならなくなってきました」
「俺もそうやって近づいてもらえると、幸せな気持ちになります」
2人の間を流れる甘い空気に気づいた通行人が、爆発しろと言いたげな目で見てくるが、善司もハルもお互いの事しか見えておらず、そんな視線には全く気づいていない。
数件のお店や露店を回り、よろず屋に言ったセリフを何度か繰り返したが、その度にハルと善司の距離は物理的に縮まっていく。
家に帰り着く頃には、手をつなぐことをやめたハルが、善司の腕を両手で抱きかかえ、肩に頭を乗せるようにして歩くまでになっていた。
2人のそんな姿勢は、庭で遊んでいたイールとロールに見つかって、冷やかされるまで続くのだった。
バカップルの誕生である(笑)