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魔操言語マイスター  作者: トミ井ミト(旧PN:十味飯 八甘)
第3章 イールとロール編
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第21話 引っ越し

 昨夜は本当に早く寝てしまったので、いつもより太陽の低い時間に全員起きてしまった。そこから引っ越しの準備をしたが、元々何もない家だったのでわずかな調理器具と食器、それから着替え類をまとめると、善司がこの世界に来た時に購入した背負カバンと、いくつかの手荷物に全て収まってしまった。



「私たち生まれてからずっとこの家で暮らしてきたけど、今日でお別れだね」

「3人で過ごしてきた思い出はいっぱいあるけど、これからは新しい家で4人の思い出を作っていこうね」


「辛い事しか無かったはずなのに、こうして離れるとなると少し寂しいわね」


「俺も短い間だったけど、この家にはお世話になったよ。

 ここで過ごしたみんなとの思い出は全部大切なものだ」



 それぞれが家の柱や壁を撫でてから、その場を後にする。



「少し歩くことになりますが、ハルさんは大丈夫ですか?」


「えぇ、もうすっかり体力も戻ってきましたし、少し走ったりするのも大丈夫なんですよ」



 少し先に駆け足で進んでいって、体ごとクルッと回って後ろを向いたハルの姿はとても可愛らしく、それを見た善司の胸が高鳴った。最近は食欲も出てきて、顔色や肌の艶も良くなってきているので、本来ハルが持っていた魅力がどんどん出てきている。



「お母さんは昔よりきれいになった気がするね」

「きっとゼンジが居るからだよ」



 それまでずっと抱えてきた不安や憂いが消えて、表情が柔らかくなった事もあり、2人の娘も母の変化を鋭敏(えいびん)に感じ取っていた。


 4人で話しながらしばらく歩いていくと、善司の購入した家が見えてくる。深い紺色の屋根は夜空のようで、白を基調にした壁とのコントラストも綺麗だ。



「あの白い壁の家が俺たちが住む場所だよ」


「えっ!? あんなに大きいの?」

「すごく綺麗だし、庭も付いてるよ」


「ゼンジさん、あんな立派な家を買われたのですか?」


「えぇ、魔操組合から紹介を受けて、俺の今の収入でも支払っていけるだろうと言われたので、思い切って購入しました」


「お母さんの薬を買えるだけでも凄いのに」

「こんな大きな家を買っちゃえるなんて」

「ゼンジって神様?」

「それとも悪魔?」


「神様でも悪魔でもない普通の人間だよ、この世界とは別のだけどな」



 異世界の神や悪魔がどんな姿をしているのか善司は知らないが、イールとロールの言葉に笑いながら答え、そのまま2人の手を引いて庭を横切り、玄関へと移動する。


 鍵を開けて中に入ると、小さいながら玄関ホールがあり、二階へ続く階段やリビングと物置部屋に伸びる廊下、反対側には食堂や台所と浴室に続く廊下がある。



「ここで靴を脱いで上がろうか」


「中もすごく綺麗だね」

「それにここだけでも、前の家より広いよ」


「外も中もきれいで新築みたいですね」


「前の持ち主は、この家をほとんど利用せずに手放してしまったみたいで、そのせいで家具もすべて新品同様で残ってるんですよ」


「ねぇねぇゼンジ、あっちには何があるの?」

「行ってみてもいい?」


「あっちは家族でくつろぐ部屋と、大きな物置部屋があるな」



 全員でリビングに移動するとソファーやローテーブルに、ちょっとしたお茶会が出来そうなテーブルと椅子がある。大きな棚や背が低くて横長のチェストも置いてあり、全てが落ち着いた風合いで統一されているので、とても上品なリビングになっている。



「うわー、すごいよこの部屋」

「椅子もふかふかだよ」

「お母さんもこっちに来て座ってみてよ」

「ゼンジも一緒に座ろ」


「ハルさん、行きましょう」


「はい、ゼンジさん」



 部屋の中を見て少し放心状態だったハルの手を引いてソファーに座ったが、クッションも程よく効いていて座り心地がとてもいい。



「これは本当にくつろげるな」


「本当にゆったりできるわね」


「ずっと座ってたら眠くなってきそうだよ」

「柔らかいからぐっすり眠れそう」



 イールとロールは少し横になってソファーの感触を確かめていて、このままここに居ると本当に眠ってしまいそうだ。



「他にも部屋はたくさんあるから、そっちも見に行こう」


「「うん!」」



 3人を連れて他の部屋も回ってみたが、物置部屋には作り付けの棚や床下収納もあり、これから荷物がどんどん増えても全く問題がない程の広さがある。


 台所にある調理器具も充実していて、これからはハルが存分に腕をふるってくれるだろう。


 そこから続いている食堂も、4人で使うには広すぎるほど大きく、テーブルの周りには椅子が12脚並べてある。



◇◆◇



 そしてお待ちかねの風呂場に全員で移動する、ここは善司が一番気に入っている空間であり、脱衣場に付いている扉を開けると、ちょっとした銭湯並みの湯船と、広めの洗い場も付いている。



「ここは何?」

「大きな枠が付いてるよ」


「ここはお風呂場だ」


「お風呂ってお湯に入ったり体を洗ったりする所?」

「私たち、話でしか聞いたことなかったけど、こんな場所だったんだ」


「この家のお風呂はかなり大きいけど、お湯に入って温まったり、体や頭を洗って綺麗にする場所だよ」


「こんな贅沢な作りのお風呂が付いてるなんて、元の持ち主はかなり(こだわ)っていたんですね」



 この家にある風呂場の設備はかなり充実しており、前の持ち主がよほどの風呂好きだったことを伺わせる作りだ。お湯を溜める魔操器には一定の水量で給湯を自動で止める機能がついているし、洗い場には温水の出るシャワーまである。


 こんな風呂場を見せられて、日本人の善司が惚れ込んでしまうのも無理はない。この場所だけをみると、ここが異世界ではなく、日本の銭湯だと言っても通用してしまいそうなくらいの充実ぶりだ。



「俺はこの風呂場が気に入ったから、この家に決めたんだ」


「私たちお風呂の使い方を知らないから、一緒に入ろうね」

「ゼンジやお母さんと一緒に入るの楽しみだね」


「そうだな、家族全員でお風呂に入ろう」


「あの……ゼンジさん……

 私も一緒にお風呂に入るんですか?」


「俺たちは家族なんですから、一緒にお風呂に入っても何の問題もありませんよ」


「そうなんでしょうか」


「俺たちの世界には“銭湯”という大きなお風呂があって、そこでは他人同士ですら一緒の湯船に入るんです。

 それより親しい関係の家族が一緒にお風呂に入るというのは、ごく自然な事なんです」



 お風呂を目の前にして、善司のテンションが妙な方向に振り切れていた。



◇◆◇



 結局ハルが折れて、お風呂は全員で入ることになり、4人は2階へと移動してきた。この階はすべて個室になっていて、大きいめの部屋が1つと、中くらいの部屋が4つ、小さな部屋が3つの合計8室がある。


 最初に大きめの部屋に入ってみるが、そこには3人なら一緒に寝られるサイズのベッドが置いてある。壁には大きな本棚も置いてあり、引き出し付きの机と椅子もある、書斎を兼ねたベッドルームという部屋だ。



「下の椅子もふかふかだったけど、ここのはもっとふかふかだよ」

「体が沈むー」

「上で跳ねると天井に届きそうだね」

「どっちが高く飛べるか競争する?」


「あなた達、ベッドの上で跳ね回ると傷んだりホコリが立つからやめなさい」


「「は~い」」



 ベッドの上に乗って寝転んだり立ち上がったりしていたイールとロールが、今にもジャンプしそうになりハルに(いさ)められる。



「ベッドはどの部屋にも付いてるからな」


「これって寝る時だけ使うんだよね」

「すごく贅沢な使い方だよね」


「今までは寝る場所も、ご飯を食べる場所も、話をする場所も全部同じだったけど、この家だとどれも別々の場所になってしまうな」


「私、ちゃんと出来るかなぁ」

「最初は色々失敗しそう」


「わからない事は俺かハルさんに聞いて一つ一つ憶えていけばいいし、一度でうまくやろうとせずに徐々に慣れていけばいいよ」


「うん、わかった!」

「お母さん、色々教えてね」


「お母さんも最初は失敗しそうだけど、3人で慣れていきましょうね」



 いきなり生活環境が激変し、3人には不安もあるがそれ以上の喜びがあった。特にイールとロールは、生まれた時から何もない納屋のような家で生活してきたので、目にするもの全てが新鮮で未知のものばかりだ。


 急にこんな環境で暮らしていく事への戸惑いはあるが、大好きな母と頼りになる善司が居れば、どんな場所でも大丈夫だと、これからの生活に期待を膨らませていた。



◇◆◇



 他の7部屋も全て見て回り、4人で階段の前に集まっている。中くらいの部屋には2人で十分眠れるサイズのベッドが置いてあり、小さな部屋にはゆったりと眠れる一人用のベッドがある。


 クローゼットの付いた棚や机も中くらいの部屋には二組、小さな部屋には一組置かれているので、兄弟や夫婦で使ったり客室として利用するための作りになっている。



「みんなには好きな部屋を選んで欲しいんだけど、どうする?」


「私はローちゃんと同じ部屋がいい」

「私もイーちゃんと一緒がいい」


「じゃぁ中くらいの部屋にするか?

 あそこのベッドなら2人で使っても十分広いぞ」


「うん、そうするよ」

「4つあったけど、どこにしようか」

「お母さんはどこの部屋にするの?」

「お母さんも中くらいの部屋を使う?」


「私には大きすぎて落ち着かないから、小さな部屋でいいわ」


「それじゃあ、私たちは小さい部屋の隣にするよ」

「お母さんが隣の部屋のほうがいいもんね」

「ゼンジはどうするの?」

「やっぱり一番大きい部屋?」


「俺も小さな部屋にしようかと思ってるんだが」


「ゼンジさんはこの家の(あるじ)なのですから、一番大きな部屋を使って下さい」


「そうだよ、ゼンジには家の中でどっしりと構えていて欲しいな」

「それに時々でいいからゼンジと一緒に寝たいし、大きな部屋にいてくれた方がいい」


「そうか、それだったら一番大きな部屋を使わせてもらうよ」



 3人に押し切られるように、善司の個室は一番大きな部屋に決まった。イールとロールの2人は少しホッとした顔色になっていたが、不安が解消されて安心したという表情とは少し異なるものだった。


シャワーは海外や海水浴場にあるような、シャワーヘッドの固定されたタイプが付いてます。

魔操作で開閉するので、水量の調整もなく出すか止めるかだけですが。

(この世界の上水道は、トイレに良くある手を近づけると水が出る蛇口みたいな感じです(笑))

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◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇◇◆◇

新しく連載も始めています

いきなりドラゴニュートの少女の父親になってしまった主人公が
強化チートを使いながら気ままに旅する物語
色彩魔法

【完結作】
異世界転移に巻き込まれた主人公が
魔法回路という技術の改造チートで冒険活動をする物語
回路魔法
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