第20話 家探し
見本を提出してから3日後の朝、いつもの様に職場に行くとスノフが出かける準備をして待ち構えていた。
「おはよう、スノフさん。
もしかして見本が公開されたのか?」
「今朝、連絡が届いたぞ。
双子に関しては大々的に扱っとらんが、動作が大幅に安定すると大きく謳われとる」
「それはまぁ予想通りだが、無事公開されてよかったよ」
「今から魔操組合に行くが、お前さんは家のことを相談してこい」
「休みをもらってから行こうと思ったんだが、いいのか?」
「決めるなら早い方がいいからな、ぼさっとしとらんで行くぞ」
見本が公開されるまでに作ったスイッチの魔操板や計算器の魔操板、それに予約で作ったものを持って、善司とスノフは魔操組合へと歩いていった。
◇◆◇
魔操組合にはいつもの様に、新しいもの好きの工房関係者が集まっている。新しく公開された見本は、計算器用のものと違いインパクトに欠けるが、取り替えるだけで魔操器の動作が安定するという、気になる一文が書いてある。
「あちらに置いてある照明の魔操器に、今回の見本を取り付けていますので、ご自由にお試し下さい」
職員の案内で複数の魔操器が並べてある場所に移動した人たちが、点灯したり消灯したりを繰り返して、新しい見本の使い勝手を調べていた。
「これは地味だが結構いいな」
「家にある魔操器もこれに付け替えてみるか」
「時々反応しないとイライラするから、俺もそうしてみよう」
「ウチも妻や娘が新しいのに買い換えろってうるさいんだ、これに取り替えたら文句言われなくなるぞ」
現在の魔操器だとタッチの認識率が90~95%程度、つまり10回触って1回無反応な事があるかどうかという確率だ。それがほぼ100%の認識率になるというのは、地味だが効果は大きい。
双子でも使えるという部分に関しては誰も関心を示さないが、たった5パーセント程度の精度向上だとしても、取り替えてみようという動機につながる。
「ここの所、立て続けに新しい見本が公開されてるが、今までの改良とは明らかに違うな」
「何でも優秀な開発者がこの国に来たって噂だ」
「金の計算をする魔操器用の魔操板もかなりの数を出荷して、うちの工房も潤ったぜ」
「俺の所も他所の街から買い付けに来たな」
「開発者さまさまだ」
「俺はこの見本を気に入った、工房で量産する事にするぞ」
「俺もまず家で使う分を焼いてみるか」
「ウチもそうしよう」
集まった工房関係者が、次々と見本を買って職場に戻っていく。前回の見本と比べると熱気は今ひとつだが、その良さは確実に伝わっている、出だしとしては上々だろう。
◇◆◇
見本販売窓口が一段落した頃、善司とスノフが魔操組合に到着する。2人が魔操板の検品をしにカウンターに向かっていると、待ち構えていた支部長が挨拶をしてきた。
「おはようございます、スノフさん、ゼンジ様」
「おう、おはよう」
「おはようございます」
「新しい見本はどうだ?」
「既にいくつかの工房が見本を購入されていますし、あちらに置いてある魔操器を実際に確かめられた方にも好評でした」
「それは良かったです」
「ワシは検品の受付をして工房に戻るから、お前さんは家の事を相談してこい」
「わかった、行ってくるよ」
「ゼンジ様はこの街に定住されるのですか?」
「えぇ、ここで家を借りるか買うかして、暮らしていこうと思っています」
「左様ですか! 私どもでご案内できる物件もございますので、こちらへお越し下さい」
喜色満面の支部長に連れられて、善司はいつもの応接室に通される。その部屋にあったファイルを棚からいくつか抜き取って、支部長は対面のソファーに座った。
「どの様な物件をご希望でしょうか?」
「そうですね、お風呂の大きな家がいいです」
「家の広さ等のご希望はございますか?」
「今は4人ですが、家族が増える事も考えたいので、個室が複数ある家がいいですね」
そうしていくつかの条件を確認していったが、善司としては大きなお風呂は必須だ。元日本人としては、お風呂にだけは妥協したくない。
仕事を始めてから引っ越したマンションもユニットバスで、お風呂生活を満喫できなかった身としては、異世界でも同じ思いはしたくない。
「ゼンジ様の出された条件ですと、こちらの物件などいかがでしょうか」
そうして差し出された間取りをみると、1階はリビングと台所から続く食堂の他に物置部屋もあり、かなり大きな浴室がある。2階は大小合わせて8部屋作られていて、個室の数も十分だ。
それにちゃんとした庭があるのが嬉しい、日本だとなかなかこんな庭付きの家には住めないので、この物件は善司の心を大きく動かした。
「これは今の希望にぴったりなんですが、俺の収入で支払える物件なのでしょうか」
「ゼンジ様が開発された見本と、今後の売り上げを考えますと、十分に手の届く範囲かと思います」
支部長は善司の口座残高を知らないが、見本の売れ行きや魔操板の利用状況から、その判断をしている。さすがに中堅都市の支部を任されるだけあって、それは善司の収入で問題なく支払えるものだった。
「では、この物件を実際に見せてもらってもいいでしょうか」
「今から管理している不動産屋に行き、内見できるように手配いたしましょう」
「ありがとうございます、よろしくお願いします」
支部長と2人で不動産屋に行き、実際に家の中を見せてもらったが、善司はひと目見て気に入った。大きなお風呂があるのももちろんだが、ベッドやテーブルなどの家具が整えられており、今すぐにでも入居できる物件だったのが決め手になった。
それにこの世界の家は靴を脱いで床に上がる文化だったので、日本人の善司にとっては、とても馴染みのある生活を送れる。そのまま契約を決め、今日は不動産屋が清掃をするので、明日から入居する手はずになった。
善司は頭金だけ支払いをし、残りは魔操組合が全額融資してくれたので、今後は組合に分割で返済することになる。もちろん利子はつかない、超優遇措置になっていた。
◇◆◇
家を決めてきた後に工房に戻りスノフへの報告すると、検品が終わったばかりのスイッチの魔操板を、約束通り祝儀だと言って渡してもらった。
明日は引っ越しのために休みをもらったので、できるだけ多くの魔操紙を印刷して、善司は工房を後にして家へと歩いている。
「みんな、ただいま」
「「お帰りっ! ゼンジ」」
「お帰りなさい、お仕事お疲れ様でしたゼンジさん」
「みんな、少し話があるから集まってくれるか」
床に上がった善司がテーブルの前に座ると、みんなもそれを取り囲むように座る。まずはカバンから、スノフにもらった魔操板を何枚も並べる。今度ものものは、魔操組合の検品が完了した刻印が刻まれている正規品だ。
「これは今日発売された見本で作った魔操板だよ」
「私たちでも魔操作出来るものが認められたんだね」
「ねぇ、照明の魔操器に取り付けてみて」
ランタンの魔操板を新しいものに取り替えて2人に渡すと、それを点灯したり消灯したりして、嬉しそうに触っている。
「ゼンジさん、おめでとうございます」
「ありがとうございます。
これで、魔操器のある家に引っ越しても、イールとロールが不自由なく生活していけます」
「ありがとうって言うのは、こっちの方だよゼンジ」
「私たちの為に頑張ってくれてありがとう」
「私たち母娘のためにこれだけの事をしていただいて、どうやってお返ししていけばいいのか……」
「こうやって新しいものが開発できたのは3人のおかげですし、俺たちはもう家族ですから」
小さなテーブルの上に手を差し出すと、3人がそれを握ってくれる。その上から包み込むようにもう片方の手を添えて、4人の絆を確かめ合う。
「それから、勝手に決めてしまって申し訳ないんですが、家を買いました」
「「「えっ!?」」」
「それって私たちが住んでもいいの?」
「誰かに怒られたりしない?」
「俺たち家族の家だから、みんなで一緒に暮らしていくし、誰にも文句は言われないよ」
善司は不動産屋に、双子とその母親も一緒にここに住むと告げてきた。当然驚かれたが、今の自分の成功はその3人のおかげだと力説し、魔操組合の支部長も口添えしてくれたので、最後は了承してもらえた。
購入した家は住宅地から少し外れているので、周りの民家も少ない。近所には空き家と、外国に住んでいる人の別荘に、研究職か何かをしていて王都にある職場から帰ってこない人の家と聞いた。
「私たちの為にそこまで考えてくれていたなんて……」
説明を聞いたハルは、今にも泣きそうな目で善司を見つめている。
双子が魔操作を出来るというのは既に証明できるし、ハルと一緒に幸せになって街の住民達にアピールしていけば、いま向けられている偏見も徐々に薄くなっていくかもしれない。時間はかかってしまうだろうが、絶対に諦めないと決めている。
「とても素敵な家で、すぐ入居できるように家具も全て揃っているんです。
今日中に不動産屋が掃除を済ませてくれるので、明日にでも引っ越しをしましょう」
「ゼンジの選んでくれた家、どんなのか楽しみ」
「みんなで一緒に家の中を探検しようね」
「俺も今日は少しだけしか見てないから、隅々までじっくり回ってみような」
「すごく楽しみだね、早く明日が来ないかなぁ~」
「早く明日が来るように、今日はもう寝ちゃおうか」
「それはいくらなんでも早すぎるわよ、ロール」
「でも早く寝て早く起きるのは賛成だ、ご飯を食べたらすぐ寝てしまうか?」
「もう、ゼンジさんまで……」
この小さな家で過ごす最後の夜は、明るい笑顔と楽しそうな声に包まれていた。