第1話 プロローグ
拙作「回路魔法」からあまり間を置かずに新連載を始めることになりました(笑)
前作と手法を変えた表現法にしていますが、まだまだ不安定で読みづらい部分も多いと思います。
相変わらず拙い作品ですが、お楽しみいただければ幸いです。
下品な表現は避けるように心がけていますが、連載が進むと性的な行為を想起させる話がありますので、苦手な方はブラウザをそっと閉じて下さい。
まだプロットが途中までしか出来てないので見切り発車な部分があり、行き当たりばったりで進めていくため設定の齟齬には目をつぶってもらえると幸いです。
この後第1章を全て投稿し、明日から第2章の投稿をはじめる予定です。
ここは都心から少し離れた場所にある、小さなビルの一室。天井にある一部の照明以外は全て消えている薄暗い部屋の中に、3つの光が灯っていた。横長の液晶ディスプレイが照らす机の前に、一人の若い男が椅子に座っている。その男の指がキーボードの上を踊るように動くと、画面には英数字の羅列が次々と生み出されていく。
若い男の名前は龍前 善司、25歳のどこにでも居そうな青年だ。
彼の勤める会社は、小さなソフトウェア開発会社。社長にあまり営業の才能はないらしく、契約してくるのは3次請けや4次請けで降りてくるものばかりだった。
子供の頃からパソコンを使って何かを作ることが好きで、大学を卒業してこの世界に入って3年になるが、憧れのIT業界の実情は「デジタル土方」や「システム屋」と揶揄される、ひたすらコードを生み出すだけの仕事だった。
彼にはプログラミングの才能があり、社長の取ってくる無理な案件もそつなくこなしていたが、成果は全て元請けが持っていってしまい、自分の実績に反映される事は無かった。そろそろ本気で転職を考えていたが、その前に自然の多い長閑な場所でしばらく休みたいと思っている。
つい先日、付き合っていた彼女から別れ話を持ちかけられ、理由を聞いたら他の男と結婚すると言われた。二股をかけられた挙げ句に捨てられるという出来事があって、無性にどこかへ旅に出たくなっていたのだ。
「お前、付き合っていた彼女と別れたんだって?」
そんな事を考えていたら、前の席に座っていた同僚に声をかけられた。彼より3歳年上の先輩の問いに、手の動きを止めないで答える。
「他の男と結婚すると言われて、振られましたよ」
「確か学生の頃も変な別れ方をしたと言ってたよな」
少し離れた席に座っていた、30代の先輩も話に乗ってくる。飲み会の時につい話しをしてしまったが、大学や高校時代にも付き合っていた女性と酷な別れ方を経験していた。
「今までも交際相手とはろくな別れ方をしていませんし、しばらく女性と付き合うのはやめておきます」
「お前は仕事もできるし、顔や性格も悪くないのに、女運だけは悪いな」
「まだ若いんだし、これからいい出会いがあるさ」
先輩2人に慰められたが、女運が悪いというのは当たっているかもしれない。今まで付き合ってきた女性とは相性も悪くなかったし、何度もお互いを求めあったりしてきた。しかし何故か最後は相手の一方的な都合で、破局を迎えてしまう。全ての交際相手とそんな結末を迎えているので、もしかして女性とはうまくいかない呪いでもかけられているんじゃないかと、本気で疑ってしまいそうになる。
もう当分の間は特定の女性と付き合うのは止めておこう、そんな気持ちに支配されながら善司は席を立った。
「夜食を買いに行ってきますけど、先輩方は何か要りますか?」
「俺はおにぎりとエネドリ、具は梅以外でな」
「俺はサンドイッチとコーヒーにするわ、たまごサンドがあったらそれにしておいてくれ」
「了解しました、行ってきます」
自分は何にしようかと考えながら、ロッカーから取り出したコートを羽織ってビルの廊下に出て、非常灯の明かりだけが照らす暗い廊下を階段に向かって歩く。
「やっぱり部屋の外は寒いな」
コートの前を閉め直して、人気のない通路を進んでいく。このビルには他の会社も入っているが、この時間まで残業している所は無いみたいだ。
「もう終電の時間を過ぎてるし、仕方ないか……」
思わず口から漏れた声が静かな廊下に響く。社長の持ってきた急ぎの案件が、別の下請けで炎上したプロジェクトだった。幸い善司のおかげで何とか形になり、先輩の担当分まで手伝っている状態だが、明日の朝までにテストを終わらせて納品すれば終了だ。
昔から趣味でプログラムを組んでいる事もあり、善司はかなり優秀なプログラマーだった。本人は何かを作るのが楽しいので、どんなに無茶な要求でもホイホイと請け負って完成させてしまうが、残念ながら今の会社にそれを評価できる人間は居なかった。
◇◆◇
廊下から続く階段を降りながら、寒い時期だし温泉に行くのもいいなと考えながら、ビルの出口にある大きなガラス戸を目指す。
この辺りはビジネス街で、夜になると人通りは一気に減ってしまうが、ビルの近くにあるコンビニにはこの時間も客が居るみたいだ。きっと自分たちと同じ様に泊まり込みで仕事をしている会社があるのだろう、ガラス越しに目に入ってきたその光景を見ながら、外に出ようとした瞬間にそれは起こった。
「うぉっ、眩しい……」
突然目の前が真っ白になり、車にでも突っ込まれたのかと思い身を固くしたが、一向に衝撃が襲ってくる気配もないしエンジン音もしない。耳を澄ませてみるが、鳥の鳴き声のようなものが聞こえる。今は夜だしこんな街の中にはカラスくらいしか居ない、それに冬のはずなのに気温が高い。
ゆっくりと目を開けてみるが、そこにはビル街とは程遠い景色が広がっていた。
「……一体ここは……どこなんだ?」
そうつぶやいてみるが答えは返ってこず、目の前には大きな木が乱立し、辺り一面に見た事の無い植物が生えた森の中だった――