第18話 ヒント
いつもは早朝更新ですが、今日は夕方に投稿します。
(予約投稿という手もあったんですが、手動にしました)
毎日の仕事を進めながら、善司は何種類かの試作を作っている。同じノイズ対策でもアルゴリズムを変更したり、パラメーターを変更したりしたものを作ってみたりした。
他にも、不安定な信号を補正するものや、物理的な接点と同じ様にチャタリング対策するものまで組んでみたが、大きな遅延が発生したり双子以外も使えなくなったり、完全な失敗と言えるものも生み出している。
その中でいくつかわかった事は、時々動作しないケースの場合、ノイズ対策が有効だった。完全にではないが、タッチ時の認識率が大幅に改善されるのを確認できたのは、一般に流通させる時の弾みになる。
だが、双子が使えないのではやる意味がない。そもそも双子の場合、魔操器が触られたという事を認識していない可能性すらある。そうなるとハード側の問題なのでお手上げだが、まだ試していない事はあるはずだ。イールとロールのため、ひいてはこの世界に居る双子の為にも何とかしてやりたい。
オシロスコープやスペクトラムアナライザーのような機械で信号を可視化できない以上、トライアル&エラーで見つけ出すしかないと、善司は気合を入れて取り組んでいる。
―――――・―――――・―――――
その日も善司は1枚の魔操板をカバンに入れて、家へ帰る道を歩いていた。今回のものは複合的な対策を組み合わせていて、小型の魔操板に入れられる容量ギリギリまで詰め込んでいる。
スノフにはここまで文字数が増えたら誰も使わないと言われてしまったが、半分ヤケになって色々と盛り込んでしまったので、少し反省したが後悔はしていない。
「ただいま、みんな」
「「おかえり! ゼンジ」」
「お帰りなさい、ゼンジさん、お仕事お疲れ様でした」
「昨日書いてた魔操板は出来た?」
「あるなら今から試してみようよ」
「すぐ準備するから、またよろしく頼むな」
ランタンの魔操板を今日作ってきたものに取り替えて、自分で試してみた後に2人に渡す。色々と詰め込んでしまったせい反応がワンテンポ遅れるが、機能自体には問題ない。
それを受け取ったイールとロールが、材質の違う部分にゆっくりと触れてみる――
「今日のもダメだったね」
「ゼンジがこんなに頑張ってくれてるのに残念だよ」
「今日のは色々な対策を組み合わせてみたんだけど、何が足りないんだろうなぁ……」
「私たちと双子じゃない人では何が違うんだろう」
「ゼンジから見て違う所ってある?」
「こうやって毎日見てるけど、街で見かける同い年くらいの子や、俺の世界に居た子供と比べても何も変わらない、普通の可愛い女の子だな」
「可愛いって言われちゃったね」
「ゼンジに言ってもうと、すごく嬉しい」
「2人だけしか持ってない何か特別なものって無いか?」
「何かあったかなぁ」
「急に言われても思いつかないぁ」
「……あっ、そうだ! アレはどうかな」
「そうだね、アレは私たちだけにしか無いかな」
「何か思い当たることがるのか?」
「えっとね、私が森の中で体のどこかをぶつけたりすると、ローちゃんも同じ場所が痛く感じるんだ」
「逆に私がぶつけた所を、イーちゃんも痛い気がするって言うね」
「それに、昔から体調が悪くなる時は二人一緒なんですよ」
「そうだね、頭が痛い時とか」
「咳やくしゃみも二人一緒に出るね」
「双子の共鳴ってやつだな」
「“きょうめい”ってなに?」
「私たちに関係することだよね?」
「双子は離れていても同じ行動をしたり、相手の様子がわかったりする事があるんだ。
それは2人の間が何か見えないもので繋がっていたり、お互いに影響しあってるんじゃないかって考えられていて、それを互いに響き合う様子から共鳴って言うんだよ」
「それはわかるよ」
「うん、共鳴だね」
「……共鳴現象か………あれは音が大きくなったりするんだよな」
善司の頭の中に共鳴現象を利用する楽器や、逆に正反対の音をぶつけて雑音を消すヘッドフォンが思い浮かぶ。
「まてよ……共鳴現象でオーバーフローした情報を処理できていなかったり、逆に打ち消しあって小さすぎるから反応してなかったのだとしたらどうだ?」
「ゼンジ、もしかして何かわかった?」
「別の方法を思いついた?」
「あぁ、今まで形にばかりこだわりすぎていて、大きさを考えてなかった。
これは盲点だったな、少し考えれば思い付く事なのに、俺は今まで何をやってたんだ」
「よくわからないけど、私たちの話が役に立った?」
「ゼンジの役に立ったのなら嬉しい」
「すっかり忘れてた事を思い出させてくれたからな、2人のおかげだよ、ありがとう」
善司はイールとロールを抱きしめて、その頭を撫でている。少し興奮しているのかいつもより乱暴だが、2人はとても嬉しそうな顔で、善司の方を見上げている。
「今からその対策を形にしてみるよ、ご飯が出来たら机を空けるから声をかけてくれるか」
そう言ってテーブルの前に移動すると、ペンで新しいコードを書き込んでいく。その姿を見ながら、イールとロールは邪魔にならないように、料理をしている母の近くに移動した。
「ゼンジはすごいね」
「言ってる事は良くわからないけどね」
「でも、ああやって夢中で何かに取り組んでいる姿は素敵ね」
「お母さんはゼンジに夢中だけどね」
「何かしてない時は、ずっとゼンジのこと見てるもんね」
「それはあなた達も一緒でしょ?」
「うん、当然だよ!」
「あんなに素敵な人はきっと何処にも居ないよ」
コーディングに集中している善司は全く気づいていないが、母娘3人はそんな会話をしながら、熱い視線でその姿を見つめていた。
―――――・―――――・―――――
翌朝、善司は早足で職場に向かっている、昨日寝る直前までかかって書き上げた新しい見本を、一刻も早く形にしてみたいからだ。
「おはよう、スノフさん」
「おはよう、今日は少し早いな」
「例の見本なんだが、新しく思い付いた事があって、それを印刷してみたいんだ」
「空いた時間に焼いてやるから、いつでも持ってきな」
「ありがとう、よろしく頼むよ」
「で、今度は何をしてみるつもりだ?」
「今まで信号の形にばかり拘ってたんだけど、今度は大きさを調整してみる事にしたんだ」
「それは信号が大きすぎて動かなかったり、小さすぎて反応しない事を解消しようってのか」
「その通りだ、流石スノフさんだな」
「最近はお前さんから、そんな話ばかり聞かされとるからな、いい加減憶えたわい」
そう言ってスノフは笑うが、この世界の技術者に善司の様な考えを持った人物はいなかった。入ってきた情報を簡単にチェックして流してやるだけで、魔操器は問題なく動いていたからだ。
確かに時々反応しなくなる事はあるが、もう一度触れればちゃんと動くから機器の故障ではないし、単に運が悪かったというだけで済ませていた。問題は双子が魔操作できないという事だったが、滅多に産まれないそんな少数派のために、わざわざ改善しようという者は誰もいない。
善司が今日やろうとしているのは、魔操器から入力された生の信号をリアルタイムにゲイン調整し、そこから情報のチェックに回そうとしている。これで大きすぎる信号は小さく、逆に小さすぎる信号は大きくなる。
本来はハードウェアでやったり、ソフトとハードを合わせて調整するのが良いだろうが、魔操器を簡単に改造できない以上、ソフトの力だけで何とかしてみるしか無い。信号として魔操器が受け取っているなら、チェックを通る大きさに揃えてやればいい、それで解決するはずだ。
◇◆◇
今日は5枚の魔操板をカバンに入れて、善司は家路を急いでいる。どの位置に利得を揃えるかで、段階的に試してみようと思っているからだ。
一気に5枚もの魔操板を、嫌な顔をせずに焼いてくれたスノフに、善司はとても感謝をしている。通常の仕事とは関係のない魔操紙を印刷しているので、その分の時間も消費してしまっているが、日当を減らされたりは一切されていない。
スノフには必ず何かで報いよう、そう空に向かって感謝しながら、足早に通りを歩いていく。
「ただいま、みんな」
「「お帰りゼンジ!」」
「お帰りなさい、ゼンジさん」
「早速で悪いけど、今日作ってきた魔操板を試してもらえるか?」
「今日のは楽しみにしてたんだ!」
「早速やってみようよ」
「今日は5種類作ってきたんだけど、まずは俺とハルさんで試してみて、うまく動いたものをイールとロールに使ってもらおうと思う」
ランタンにまずは一番小さく設定した利得の魔操板を入れてみるが、これは善司もハルも反応しなかった。次に一番利得の高いものと順番に試していき、中間に設定した魔操板が善司とハルにも使えるものだった。
こうして試してみると、信号強度の範囲はかなりシビアだ。魔操器が時々反応しない理由は、ノイズだけでなくこの部分も影響しているのだろうと、善司はこの狭い許容範囲にした設計者を少し恨んだ。
「じゃぁ、お願いするよ」
「うん、ちょっとドキドキするね」
「私からやってみるね」
――ロールが手を伸ばしてランタンに触れると、明るい光を放ち始めた。
「……わ………私にも出来た」
「凄いよローちゃん、私も触ってみるね」
続いてイールがランタンに触ると、その明かりは消える。それから2人はランタンを灯したり消したり、何度も何度も繰り返している。今まで使えなかったものが、こうして使えるようになったのだ、2人とも夢中でランタンに触っている。
「凄い、凄いよゼンジ、夢みたい」
「私たちが魔操作出来るようになるなんて……」
「良かった、本当に良かったわね、あなた達」
「うん、お母さん、ゼンジのおかげだよ」
「本当にありがとう、ゼンジ」
「良かったな2人とも、これが魔操組合で認められたら、みんなで何処かの家に引っ越そうな」
「ゼンジィ……嬉しいよぉ」
「ゼンジ大好きぃ」
「「うわぁ~~~ん」」
イールとロールは感極まってしまい、善司に抱きついて胸の中で泣き始めた。その頭を優しく撫でながら、こんな理不尽な仕様を修正できた事に、大規模なアプリやシステムを完成させたどんな時よりも、遥かに大きな充実感を感じていた。
「ゼンジさん、本当にありがとうございます。
あなたと出会えて、私も娘たちも救われました」
「俺はあなたたち母娘を幸せにすると決めましたから、これがその第一歩です。
これから、もっともっと大きな幸せを掴んでいきましょう」
「今でも十分幸せなのに、これ以上大きくなると溺れてしまいそうです」
ハルも両目を潤ませて、善司の肩に顔を埋めて涙を流し始めた。小さな家の中に流れる嬉し泣きの声は、しばらく止むことは無かった。