第17話 試作
今日の仕事を終え、善司のカバンの中には1枚の魔操板が入れられている。あれから何種類かの見本を読み込んでいき、魔操器がどんな情報をトリガーとして起動するのか、ある程度わかってきた。
魔操器は人が触れた情報をタッチセンサーのように検出しているのは間違いないが、状態をオンとオフの2値的に取り扱っているのではなく、入力された情報の正当性をチェックして動かしている。
おそらく事故や誤動作防止の為だろうが、この辺りは想像していた通りだ。この部分に時々動作しない謎や、双子が使えない理由が隠されているのは明白だ。それを何とか解明すれば、信頼性の向上と双子も使うことが出来る、新しい検出法を生み出せるはずだ。
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「おはようスノフさん」
「おう、おはよう。
どうだ、見本を持ち帰ってからしばらく経ったが、新しいものは出来そうか?」
「一応、雑音対策で作ってみたものはあるんだ、今日中に焼いてもらって構わないか?」
「あぁ、任せておけ」
善司がまず試作したのは、ノイズ対策を組み込んだものだった。入力された情報に余計な成分が混ざる事で、不正データとして動作しないという可能性を考えたからだが、対策としては最もスタンダードなものだ。
趣味で作っていたプログラミング知識が、異世界に来てまで役に立ったのは意外だったが、使えるものは何だって利用するつもりだ。付き合い始めてからは、子供たちに遠慮しつつも甘えてくるようになったハルと、毎日の仕事をする活力を分けてくれているイールとロールのために、全力を尽くすと決めていた。
「そう言えば一つ気になる事があるんだが」
「なんだ?」
「魔操組合の検品を受けずに魔操板を使うと、取り締まられるんだったな」
「見つかれば犯罪奴隷だな」
「この魔操板は家にある魔操器で試してみたいんだが、それってまずいよな」
「それなら抜け道があるから大丈夫だ」
「そんなのあるのか?」
「お前さんはワシの所で働いてるからな、魔操板を作ってる工房の関係者は、よほど悪質なことをせん限り、咎められる事はない」
「そんな例外規定があるのか」
「ただし、誰かに売ったり貸したりは絶対にするな、お前さんの目の届く範囲で使うんだぞ」
「わかった、それは必ず守るよ、スノフさんにも迷惑はかけられないからな」
「それさえ守れば、少しの間使うくらいは問題ない」
イールとロールに開発途中の魔操板をランタンに取り付けて、動かせるかどうか試してもらうのにどうしようかと思っていたが、魔操紙工房の従業員にそんな特典がついていたのは知らなかった。
これで問題は解決したから、今日焼いてもらった魔操板を持ち帰って早速試してみよう。
―――――・―――――・―――――
家に帰ると、ハルが台所スペースに立ってご飯の準備をしていた。最近はこうして毎日作ってくれるが、経済的に余裕ができて調味料も揃えられるようになったので、料理がますます美味しくなっている。
昼は屋台や店の食事で済ませることが多いが、彼女の作る料理に比べるとどれも物足りないと感じている。善司の胃袋は既に、ハルにガッチリと掴まれていた。
「ただいま、みんな」
「「おかえり~、ゼンジ」」
「おかえりなさい、ゼンジさん」
「調子はどうですか?」
「今日は少し遠くまで子供たちと一緒に散歩してみたのですが、とても快調です」
「それは良かったです」
善司はそう言って、立つと見下ろせる位置にあるハルの頭を優しく撫でる。善司を見上げながら笑顔を浮かべているハルの顔は、とても幸せそうだ。
「お母さんだけずるい、私も撫でて」
「私は抱っこがいい」
「あっ、ローちゃんそれいいね!」
「順番に抱っこしてもらおう」
「わかった、ご飯が出来るまでだぞ」
「あなた達、ゼンジさんは仕事で疲れてるんだから、あまり無理を言ってはだめよ」
「「は~い」」
「抱っこはロールからでいいのか?」
「うん」
「次は私ね」
「準備できたからいつでもいいぞ」
善司が床に上がって胡座をかくと、ロールが近寄ってきたそこに座る。その小さな体を軽く抱き寄せて頭を撫でると、イールは後ろからゼンジに抱きついてきた。
「ねぇゼンジ、仕事は大変?」
「家でも魔操紙を読んでるし、疲れてない?」
「お金の計算をする魔操器用の印刷が予約いっぱいで忙しいけど、この仕事は楽しいから全然大丈夫だ」
「ゼンジは仕事をしながら新しいのを作ってるなんて凄いね」
「私たちに、そんな真似はできないよ」
「まぁ、こういった事は昔から好きだったからな。
でも俺は机の前に座ってばかりだから、走ったり体を動かしたりするのはイールやロールに敵わないと思うぞ」
「それは私たちも自信があるよ」
「体を動かすのは好きだもんね」
「それに俺が毎日頑張って仕事ができるのは、イールとロールにこうやって元気を貰ってるのと、家に帰るとハルさんの美味しい料理が待ってるからだ」
その時、台所の方から小さな物音がしたが、それは3人の話に聞き耳を立てていたハルが、善司の言葉に動揺して、調理器具を落としたからだ。
「ハルさん、何か落ちる音がしましたが、大丈夫ですか?」
「いえっ、何でもありません、怪我もしてないし大丈夫ですから、話を続けて下さい」
「お母さんが料理の途中に失敗するなんて珍しいね」
「今日いっぱい歩きすぎて疲れた?」
「少し手が滑ってしまっただけだから、気にしないでいいわよ」
善司の言葉が嬉しすぎて、緩んでしまった顔を見られないようにしながら、ハルは必死に今の失態を誤魔化していた。
「私たちがこうしてくっついてたら、ゼンジは元気をもらえるの?」
「ゼンジのして欲しい事があったら、何でもするよ」
「こうして一緒に過ごして話が出来るだけで十分だよ」
「でも、もっと元気になれれるように、ぎゅってしてあげるね」
「私も、もっとくっつく」
イールが背中から手を回して体を抱きしめてくると、ロールもいっそう背中を預けてきた。そうされていると、本当に元気を注入してもらってる気になる、2人の気持ちをありがたく感じながら、善司はご飯が出来るまで順番に2人を抱っこし続けていた。
◇◆◇
ご飯が終わった後に、善司はカバンの中から今日作ってきた魔操板を取り出して、テーブルの上に置く。
「ゼンジ、それは何?」
「ちっちゃい板だね」
「これが魔操板といって、魔操器を動かすために必要な手続きが入ってるんだ。
今日持って帰ったのはまだ試作品なんだけど、今までのものに少し手を加えてみてるから、今から取り替えてみるよ」
「これを付けた魔操器を私たちが試してみればいいんだね」
「早くやってみようよ、ゼンジ」
テーブルの上に今まで使っていた小さなランプを置いて、照明の魔操器に付いていた魔操板を取り替える。試しに善司が触ってみたが、ノイズ対策処理を付け加えても、問題なく点灯と消灯を繰り返している。
「じゃぁ、2人にお願いしてもいいか?」
「まずは私からやってみるね」
「頑張ってね、イーちゃん」
イールが魔操器に触れてみるが、何の反応も示さなかった。
「残念、ダメだったね」
「次は私がやってみる」
そう言ってロールも触ってみるが、やはり反応はない。そう簡単にはいかないだろうと覚悟はしていたが、こうして失敗すると、どうしても落ち込んでしまう。
「2人ともすまない、もっと別の方法を考えてみるよ」
「ゼンジが謝ることじゃないよ」
「使えないのが当たり前だったんだから、一回失敗したくらい全然平気だよ」
「ゼンジは私たちの為にやってくれてるんだから、どれだけ失敗しても付き合うよ」
「だからゼンジは遠慮せずに、どんどん新しいのを持ってきてね」
そんな気持ちが出てしまい2人に向かって頭を下げたが、イールとロールは気にしないでいいと笑っている。2人の心遣いがとても嬉しくて、善司は彼女たちを抱きしめてその頭を撫でてあげた。
「頑張って色々考えてくるから、これからもよろしく頼むな」
「うん、任せてよ」
「いつでも言ってくれていいからね」
2人の喜ぶ顔が早く見たい、そう考えながら善司は次の対策になりそうなアイデアを探していた。
◇◆◇
イールとロールが眠ってしまった後、善司とその腕枕で眠るハルはいつもの様に話をしている。
「今日みたいな失敗を何度も経験させると、イールとロールを傷つけてしまいそうで不安です」
「きっとこの子たちなら大丈夫ですよ」
「そうでしょうか?」
「ゼンジさんが思っている以上に、2人は強いです。
そうじゃなかったら、今ごろ家から一歩も外に出られなかったでしょうから」
「やはり、街の人に色々言われるからですね」
「私も娘たちもそんな環境で生活をしてきましたから、これくらいで挫けたりはしません」
「俺にはその苦労や苦痛を全て理解してあげられないですが、なるべく2人の負担にならないようには気をつけます」
善司が腕の中にある頭を抱き寄せるようにして撫でると、その動きに身を委ねていたハルは彼の胸に顔を寄せて、少しだけ熱くなった吐息を吐く。
「ゼンジさんのそういう所が大好きです。
私はあなたの事を信じ抜くと決めましたから、思う通りにやって下さい。
きっと娘たちも同じ気持ちですから」
「その信頼に応えられるように頑張ります」
2人は触れるだけの口づけをして、そのまま眠りについた。
ノイズ対策の部分はいわゆるデジタル信号処理ですが、詳しい説明は避けています。
LPFとかFIRを学ぶ作品ではないので(笑)