第16話 評判
第3章の開始になります。
章のタイトル通り、今度は双子のために主人公が尽力します。
2日間の休みの後、善司はいつもの様に魔操紙工房スノフに出勤する。ハルの症状は目に見えて良くなってきており、食事の量も少しだが増えている。イールとロールも当分は狩りを休みにすると言っているので、母娘水入らずで過ごしているだろう。
「おはよう、スノフさん」
「おう、おはよう」
「休みの間どうだった?」
「お前さんの作った新しい魔操板は、かなり好評だぞ。
他の工房も大急ぎで量産しとるが、まだまだ在庫は足りておらん。じきに個人の商店にも出回りだすだろうから、暫くは安定した需要が見込めるな」
「この工房はどうする?」
「お前さんが残業して印刷してくれた分の在庫も小出しにしとるから、無理のない範囲で量産だ」
「わかった、通常の依頼が終わったら計算器の魔操紙を印刷していくよ」
「この2日分の売上で特別手当も出せるから、よろしく頼むぞ」
「あぁ、任せてくれ。
それから、また新しい見本の構想があるから、古い見本をいくつか読ませて欲しい」
それを聞いたスノフの目がキラリと光る。
「今度は何を作るつもりなんだ?」
「扉を開けたり、何かを動かしたり止めたりする時に、触る部分があるだろ? あれの新しい見本を作ってみたい」
「言っちゃなんだが、あれはものすごく簡単で改造する部分なんて無いんじゃないのか?」
「簡単だから改造する余地があるんだよ」
「そりゃどういう事だ」
「街にある扉や道具を何度も利用してるが、時々反応しない事があるんだ」
「あぁ、あれはそんなもんだ。
何度か触り直すとちゃんと動くし、別に壊れとる訳じゃない」
日本にもあったような、触ると開く自動ドアや点灯する照明のような魔操器は、街のいたるところに設置されている。スマホの画面に触っても時々反応が返って来なかったりするように、それらのタッチセンサーも反応しない場合がある。
計算器や魔操鍵盤のように確実性を求められる入力には、魔操作と物理スイッチを併用した対策が取られているが、一般的な魔操器だとコストとの兼ね合いで、安価なセンサーだけの場合がほとんどだ。
「それは魔操作の際に雑音が入るとか、信号が乱れるのが原因じゃないかと考えてるんだ。
俺はその対策をしてみたいと思っている」
「お前さんは本当に面白いことを考えるな。
ここにも触って動かしたり止めたりする魔操器の見本はいくつかあるから、好きなだけ持って帰ってもいいぞ」
「助かるよ。それから、この改造は何度も魔操板を試作しないといけないんだ、ちゃんと金は払うからそれの作製もお願いしたい」
「金の心配はせんでも構わん、お前さんの作るものだったら何枚でも焼いてやる」
やはりこの人はいい雇い主だ、それを口にするとスノフは照れてしまい、無愛想な態度がしばらく治らないので、心の中で感謝しておく善司だった。
◇◆◇
魔操作をスイッチ代わりにするものは、大きく分けて2種類存在する。
一つは触ると動いて所定の動作を行うタイプで、これはタッチすると開く自動ドアや、触れている間だけ動く魔操器に使われている。
もう一つが一度触るとオン、もう一度触るとオフになるタイプで、照明や水道など様々な場所で使われていて、一番多く見る事が出来る。
他にもタッチできる場所が複数存在するものもあるが、まずは一般的なものを試作してみて、双子がなぜ魔操作が出来ないのか、それを探っていかないといけない。
それが判れば、魔操器を動かすための基本的な入力部分になるので、ありとあらゆるものに応用が出来る。
問題は、今の構想だとプログラムサイズが大幅に増えてしまう事だ。魔操板のサイズによって入れられる容量が決まっているので、既存の処理と組み合わせた時にサイズオーバーしてしまうものもあるだろう、それが普及の障害になる。
だが、この改良はイールとロールが家にある魔操器を使えるようになるのを目標としている。簡単なもので検証して、それが成功したら魔操組合で審査と認可を受けなければ、自由に使う事は出来ない。世に広める事より、自分たちで使う事が最大の目的なので、普及やそれに伴う収入は二の次でいい。
◇◆◇
今日の仕事も無事終わり、善司はよろず屋に向かって歩いている。朝にスノフが言っていた通り、今日の日当はかなり弾んでくれている。薬を買うお金を引き出した時から魔操組合には行っていないが、見本の使用料もしばらくは振り込まれ続けるはずだ。
この街にある不動産の相場を知らないが、どこかに引っ越しできるだけの残高になっていればいい、そんな事を考えながら善司は街を歩いていた。
「おう、いらっしゃい」
「机や床に置いて使う照明を探してるんだが、どんなのがあるんだ?」
「伝線に繋いで使うのはあそこの棚の下に置いてるやつがそうだ、魔操玉を使って外で使うのはその上に並べてるのやつだから、欲しい方を持ってきな」
「ありがとう、見てみるよ」
街の中にはいたる所に“マナ伝送線”が張り巡らされていて、魔操器のエネルギーはそこから得られる。みんな略して“伝線”と呼んでいるが、いま住んでいる家にはそんな物は届いていないから、当然選ぶのは屋外用だ。
言われた棚を見てみたが何種類か置いていたので、その中から吊り下げと床置きの二通りの使い方ができる、ランタンタイプのものを購入することに決めた。一緒にバッテリーの役目をする、大型魔物の魔操玉も持ってカウンターへと向かった。
「毎度あり。
兄さん、どっかに出掛けるのか?」
「ちょっと細かい字を読むのに、手元に明かりが欲しいんだ」
「なんだ、家でも仕事するのか?」
「仕事じゃないんだが、趣味みたいなものかな」
「まぁ、この街で楽しくやってるんなら文句はねぇが、あまり無理するんじゃねぇぞ」
「根を詰めすぎないように気をつけるよ」
(ハルやイールとロールに心配はかけたくないしな)
よろず屋の親父が魔操器に金額を打ち込み、合計を計算している姿を見ながら、善司は夢中になり過ぎて3人に心配をかけないように気をつけようと、心の中で誓いをたてた。
「そういや兄さんも知ってるか?
金の計算をする魔操器に使う新しい魔操板が出回りだしたんだが、それが凄いらしいぜ」
「あぁ、俺の働いてる工房でも毎日それを作ってるから忙しいよ」
「何でも、普通に出回ってる魔操器が、高級品と同じ速度で動くって噂を聞いて、俺も予約してきたぜ」
「今は在庫が足りないみたいだが、他の工房も量産してるらしいから、早く手に入るといいな」
「こいつも何度か魔操板を取り替えたが、なかなか違いを実感できなかったからな。
今度のやつは期待してるんだ」
「うちの工房主も驚いてたから、きっと気に入ってもらえると思うよ」
「そんなに凄いんだったら、兄さんも頑張ってこいつ用の魔操板を作ってくれよ。
じゃぁ、これが商品とお釣りだ、日当が増えたらまた何か買ってってくれ」
「あぁ、また寄らせてもらう」
店を後にした善司の顔は、とてもにこやかな表情になっている。自分の仕事が話題になって、それに期待しているという声を直接聞けたのが、とても嬉しかった。この世界に来てから、仕事や開発をした後の充実感がとても大きい。
スノフや魔操組合の支部長が言ってくれた評判も含めて、それらの声が善司の心をとても満たしてくれる。それにハルの病気が回復するという、目に見える結果をもたらし、双子の娘と一緒に家族になってもらえた。
元の世界の事が全く気にならない訳ではないが、ここに来てよかったと思えるくらい、善司の心を動かしている。そんな気持ちを抱えながら軽い足取りで、家へ向かう道を歩いていった。
◇◆◇
家に帰ると、3人は楽しそうに座って話をしていた。ハルは今までのように、毛布の上で上半身を起こした姿勢でなく、イールやロールと一緒に床に座っている。
「ただいま」
「「お帰りゼンジ!」」
「お仕事お疲れ様でした、ゼンジさん」
「ずっと一人暮らしだったから、こうして家に帰ると家族が待っているというのはやっぱりいいな」
「2人とも、いつゼンジさんが帰ってくるか、そわそわしながら待ってたんですよ」
「お母さんも同じだったよ」
「今日はゼンジの話ばっかりしてた」
「一体どんな話をしてたんだ?」
「出会えて幸せって言ってたよ」
「ここに連れてきてくれて、ありがとうって言ってくれた」
「それから、ゼンジに可愛いって言われたとか」
「抱きしめられると、とても安心するとか」
「お母さん、凄くうっとりした顔で話すんだよ」
「あんなお母さんの顔は初めて見た」
「あなた達、ゼンジさんにあまり変なこと言わないでちょうだい」
「でもホントの事だよ」
「それにね、妹か弟ができるならどっちがいいって聞かれたよ」
「ちょっ……それはゼンジさんに言ったらダメって!」
ハルは慌てて2人の口をふさごうとするが、イールとロールは狩りで鍛えた身体能力を使って、簡単に避けてしまう。そうして3人でじゃれ合っている姿は、母娘というより姉妹みたいでとても微笑ましかった。
「ハルさんも元気になってきたからって、急に激しく動くと体に悪いですよ」
「うぅっ、ごめんなさいゼンジさん。
なんだか子供みたいで、凄く恥ずかしいです」
顔を赤くして恥ずかしそうに下を向くハルの姿はとても可愛らしくて、善司はそのまま抱きしめてしまいたくなる。しかし、子供たちの前であまりイチャイチャとするのも気がひけるので、今はお休みとおはようのキスくらいで我慢しておこうと、その場は思いとどまった。
「そう言えばゼンジは何を買ってきたの?」
「お土産?」
「あぁ、これか。
一応お土産と言えなくもないが、ちょっと必要だから買ってきたんだ」
善司が買ってきたランタンを取り出して、3人の前に置く。
「これは、明るくなる魔操器ですね」
「よろず屋で見たことあるけど、結構高かったよね」
「でも、私たちには使えないね」
少し悲しそうな顔をするイールとロールの頭を撫でて、ランタン型の魔操器にバッテリーとなる魔操玉をセットする。そして本体の材質の違う部分をタッチすると、ランタンは明るく光りだした。
「うわっ、凄く明るいね」
「今まで使ってた明かりとぜんぜん違うよ」
「もしかして、暗くなってからも魔操紙を読むおつもりですか?」
「職場からいくつか借りてきてるので、少しずつ読んでいこうと思ってます」
「あまりご無理はなさらないで下さいね」
「イールとロールが寝る時間には終わらせますので、大丈夫ですよ」
「ねぇ、今度は何を作るの?」
「また新しい見本を作るんだよね?」
「今度はこれと同じ種類用の見本を作ろうと思うんだけど、2人ともこの明るくなる魔操器に触ってもらってもいいか?」
「うん、それは構わないけど……」
「消したり出来ないけどいいの?」
「2人には申し訳ないんだけど、出来ないという事を確かめておきたいんだ」
イールとロールの前にランタンを差し出すと、材質の違う部分に恐る恐る触っているが、2人が何度タッチしても明かりが消える事はなかった。
「やっぱり消えないね」
「仕方ないよね」
「俺は2人にもそれが使えるようにならないか、挑戦してみたいと思ってるんだ」
「そんな事、出来るの?」
「双子が使える魔操器なんて聞いたことないよ?」
「まだ絶対にできると約束できないけど、こんな理不尽な仕組みは何としても修正したいと思ってる」
「そんな夢みたいな事ができたら凄いよ、ゼンジ」
「私たちでも使える魔操器ができたら、すごく嬉しい」
「2人にも色々と協力してもらわないといけないけど構わないか?」
「「何でもするよ! 何でも言ってね!!」」
善司の方をキラキラとして目で見つめて、きれいに声を揃えて返事をする2人の頭を優しく撫でる。そんな3人を、ハルはとても幸せそうな顔で見つめていた。