第12話 発表
評価やブックマークありがとうございます。
今作品も趣味全開で書いてますので、(本来の意味の)性癖に突き刺さった方とはいいお酒が飲めそうです(笑)
魔操組合に見本を提出してから4日目の朝、いつもの様に工房のドアを開けて中に入る。そこにはスノフが満面の笑みを浮かべて、腕を組んで立っていた。
「おはよう、スノフさん」
「おう、おはよう。
今朝早くに新しい見本の知らせが届いたぞ」
「ほんとか!」
「既存の魔操器の計算速度が大幅に上がるという触れ込みで各工房に伝達されとるから、今ごろ組合は大騒ぎのはずだ」
「これでここの在庫が無駄にならずに済んだな」
「こんな愉快な事はこの工房を作って初めてだ、魔操組合に行くからお前さんも来い」
「わかった、運ぶのを手伝うよ」
善司とスノフは、この3日で作り溜めた在庫の一部を持って工房を後にした。
◇◆◇
一方、魔操組合は朝から大賑わいだった。
計算速度が大幅に向上する画期的な見本が公開されるという知らせを受け、各工房が次々と人を送り込んできているからだ。この街には大小様々な魔操紙工房があるが、基本的にみんな新しいもの好きだ。古いものは卸売業者も取り扱わないし顧客も敬遠するので、常にその情報に目を光らせていないと、すぐに在庫を抱えてしまう事になる。
特に今回の見本は、この街から生み出されたものなので、これまでにないほど組合が力を入れていた。
「おい、新しい見本ってのは、そんなに凄いのか?」
「以前のように並べて比べないとわからない程、微妙な差って事は無いだろうな」
「あちらにある魔操器に今回公開された見本を取り付けて、魔操核を見える状態にしていますので、実際に確かめてみて下さい」
組合の窓口に詰め寄った工房の従業員に、通常は魔操核を取り付けた後に被せるカバーを取った状態の魔操器が置いてある場所を案内する。
数人がそこに移動して金の計算をする魔操器に付いているボタンを押していくが、その顔が驚きの表情に変わっていく。
「なっ、何だこれは!?」
「何かの間違いじゃないのか?」
「魔操核は小型の魔物から出てくる赤だぞ」
「俺にも触らせてくれ!」
魔操器の周りに人だかりができ、今までのものとの大きな違いに驚き、そこから離れた者は窓口に向かう。
「おい、あれの見本を5枚くれ」
「うちは2、いや3枚もらおう」
「うちは6枚だ、急いでくれ」
次々と見本が注文されていき、職員が必死にそれを売っている所に、善司とスノフが到着した。2人は見本の販売窓口には目もくれず、検品の受付カウンターに向かっていく。
「スノフさん、いらっしゃいませ」
「今日はこいつの検品を頼む」
「もしかしてあれですか?」
「その通りだ」
見本を持って訪ねた時に対応した受付嬢が、にやりと笑うスノフと大量に持ち込まれた魔操板を見て、人が殺到している窓口の方に視線を向けた。
「すごく賑わってますね」
「えぇ、皆さん新しい見本が公開されると、あの様に集まって来られるのですが、今回はいつもより熱気が凄いですね」
「まぁ、新しい見本にそれだけの価値を見い出したって事だ」
それを聞いた善司は、日本で勤めていた頃は評価されなかった自分の仕事が、初めて認められたような気がしてとても嬉しくなる。
「検品が終了するまで、応接室でお待ち下さい」
受付嬢と話をしていると、2人が来るのを待ち構えていた支部長がカウンターまで来て、応接室に案内した。
「ゼンジ様の作られた見本は、大変好評です」
「皆さんに認めてもらえたみたいで嬉しいです」
「王都や他の街でも問い合わせが多数寄せられている様ですので、明日の朝にはまとまった金額のお振込みが完了していると思います」
「この街に来たばかりで、色々な物が必要なので助かります」
「もしこの街に定住なさるのでしたら、私どもの組合でも協力いたしますのでご相談下さい」
「気を使っていただいてありがとうございます、その時は相談させていただくかもしれませんが、よろしくお願いします」
「優秀な職人の方や開発者の方に定住していただくのは、組合にとっても大変喜ばしい事ですので」
優秀な職人や開発者がいる街に工房や業者が集まってくるのは、どこの世界でも同じだ。それぞれの街にある魔操組合は、そういった人材の確保や育成に力を入れている。しかし最新の技術や流行は、王都や他の大きな街から発信される事が多い。
ところが老舗の小さな魔操紙工房に突然現れた人物が、今までの常識を覆すようなものを生み出した。組合としては何としても、善司をこの街に引き止めたいと考えている。
「本部から何か言ってきとるか?」
「開発者に関しては本部から何か言ってくる事はございませんし、当支部にも問い合わせはまだ来ておりません」
「人材の引き抜きみたいなものもあるんですか?」
「組合は開発者や職人の情報を漏らす事は無いのですが、やはり何処かで聞きつけて優秀な人材を確保しようとする所はございますね」
「ワシはお前さんを無理に引き止めたりはせんが、誘いが来た時は慎重に選べ」
「少なくとも俺はこの街にいる間、スノフさんのところ以外に行く気はないよ」
「良いかたを雇われましたね」
「ワシもこの年になって、新しい見本の生まれる瞬間に立ち会えるなど、思ってもみなんだわ」
善司はこの雇用主の事を、とても気に入っている。この世界の他の職場は知らないが、日本で働いていた頃と比べると、その待遇は雲泥の差だ。それに昔の見本を丁寧に整理して大量に保管していた事が、今回新しく完成したものに繋がっている。
他にもまだまだ読んでいない見本は多いし、実は次に作りたいものも、おぼろげながら形になってきていた。その為には、もっと数多くの見本に触れてみる必要がある。
「こうやって新しい見本を作る人は多いんですか?」
「一攫千金を狙って挑戦する方は多いのですが、途中で諦めてしまわれる事が多いですね」
「長年改良を続けられて、どんどん複雑になってきとるからな」
借りてきた見本の“スパゲティコード”を思い浮かべて、善司は苦笑する。あそこまで可読性が悪くなってしまうと、一から作り直したほうが早いレベルだ。善司にはそれまでの経験があったから、そこから動作の本質を紐解けたが、いきなりあれを改良しろと言われても挫折してしまう人は多いだろう。
「ゼンジ様は魔操言語の習得はどの様に?」
「俺は工房にあった古い見本をいくつも読んで、そこから学びました」
「なるほど、それでスノフさんの工房なのですか」
「お前さんの作った見本も話題になれば、参考にするやつも居るだろうし、真似するやつも出てくる」
「中には少し順番を入れ替えただけで、新しい見本として提出される場合もありますが、そういったものには認可は下りません」
「俺の作った見本を参考にしたり、改良したりするのは大歓迎ですよ。
そこから更に新しいものが生まれると嬉しいですね」
現代の地球で言う“オープンソース”と同じものだから、善司にその事に対する拒否感は無い。実際に自分でもそんなソースコードを流用した事もあるし、この世界でもそういった行為はあっても構わない。
「お前さんはやっぱりこの仕事が向いとるよ」
「今後のご活躍にも期待しています」
そうして雑談をしているうちに、魔操板の検品が終わりそれを持って工房へと戻る。組合のロビーはまだ人が多く、善司の作った見本が各工房へと売られていた。
◇◆◇
その日も明日から2日の休みをもらうからと残業をして、魔操紙の印刷をどんどん進めていった。スノフは検品の終わった魔操板の一部を卸売業者に納品しに出かけたが、戻ってきた時の顔はかなりの上機嫌だった。
「その顔を見ればだいたい答えはわかるが、どうだった?」
「既に卸売の間でも話題になっとったぞ」
「流石に耳が早いな」
「実際に組合まで魔操器を使いに行った奴らもおったな」
「もしかして、既に卸売価格が上がっていたのか?」
「なんせ金の計算をする魔操器は、そいつらも使いたいからな。
自分たちの使う分を確保するために、ワシの持っていった魔操板にも飛びつきおった」
「発表されたその日にそんな状態なんて驚いたな」
「この見本に目をつけたお前さんの判断が正しかったんだ」
「ある意味偶然だったんだが、うまく当たって良かったよ」
「日当にはその分を上乗せしておくから、今日は切りの良い所で終わりにしておけ。
明日から2日はゆっくり休むんだぞ」
「わかった、いま印刷している分が終わったら上がらせてもらうよ」
善司は入力途中だった魔操紙の印刷を終わらせて、工房を後にする。スノフの言葉通り多めの日当をもらい、その日も空に浮かぶ2つの月を見ながら歩いていると、母娘の待つ家の近くまで来ていた。
「ただいま」
「「お帰り、ゼンジ」」
「今日も忙しかった?」
「疲れてない?」
「今日も忙しかったけど、明日から2日休みをもらったから大丈夫だ」
「ほんと!? じゃぁ、明日は一日一緒にいようね」
「ずっと楽しみにしてたんだよ」
「2人とも、良かったわね」
「「うん、お母さん」」
靴を脱いで床に上がった善司に、2人が抱きついて頬ずりしている。その頭を撫でながら、毛布の上で上半身を起こしているハルに近づいていき隣に座る。
「お仕事お疲れ様でした、ゼンジさん」
「今日で一段落しましたので、明日からゆっくりしようと思います」
「私の事はかまいませんので、娘とどこかに出かけてあげて下さい」
「少し出かける用事があるので、付き合ってもらおうと思っています」
明日は魔操組合に行って口座の残高を確認して、薬を買うだけのお金があれば購入しようと思っている。まだ必要な金額もわからないので黙っているが、明日2人と一緒に街に出た時に確認しよう、善司はそう考えながらいつもの様にハルの額に手を当てて熱を測る。
今日も熱はあるが、薬さえ手に入ればこの苦しみからも開放されるはずだ。あまり動けなくなって食も細くなり、熱の高い時には殆ど食べられないので、ハルの体はかなりやつれてしまっている。ずっと苦労を重ねてきた女性に、安らぎを与えられるかもしれないというのは、善司の心を温かなものにしていた。