父と子
商店街の『おでんやコスモス』その地下には、異世界をつなぐ、蒸気機関車を模した乗り物の『駅』があった。
そしてその乗り物に身を委ねる一人の精悍な男。キリリ閉じた短髪、涼しげな目鼻だち、すらりとした長身の彼の名前は『アイアン』
今彼は家に久しぶりに帰るべく、タタンタタンと効果音が流れる中で、久しぶりに合う、息子の事を考えていた。
『おいひーでふ、これ、モチモチ、とおめいのぉ、そうそうアイアンひゃん、戻ってるよね』
一応人間の姿に近づけているナニかが、紫色のこんにゃくを頬張っている、コスモスのカウンター。
『駅前』なので、異形なお客さん達も訪れる。そして今、彼?が口にはこんでいるのは、猫氏から仕入れた『スーちゃん』の余分な『肉?』……スーちゃんのお肉……スーちゃん。
「ありがとうございます。これは別口のお客さん専用食材なのぉ、うん、帰って来てる、お仕事あるからね!」
笑顔で答える、怪しきおでん屋コスモス経営、秋の桜子。スーちゃんを、別の鍋で煮込んでいることを、切に願う。
×××××
――「ほら!笑ってー!きのこくーん、悪かった!だから笑ってくれー!」
フォトショップ、ふきのとうのスタジオで、ポスターの撮影をしている、きのこ少年とメモリーB、少年は顔をしかめていい放つ。
「大人もメモリーちゃんも、嫌いだから笑わない!」
共に、ホワイト甘ロリ衣装に身を包んでいる、愛らしい二人なのだが、撮影そうそうにメモリーBの一言で、きのこ少年は痛く心を傷つけられ、仏頂面を張り付けている。
「マシュゥ、私悪くない、マッシュルームに行きたいって言っただけ」
「きのこだよ!メモリーちゃん、何で僕のお部屋が『マッシュルーム』なの!」
「マシュゥのお部屋だから、マッシュルーム」
「きのこ!僕の名前はきのこなの!みんなも笑うから嫌い!」
撮影に参加している、海村氏、かませ氏、カメラマンのふきのとう氏は二人の掛け合いを見ると、笑いの発作に見舞われている、
や、止めてくれ、メモリーちゃん、と目に涙を浮かべ声を抑えている真っ最中。
そして、必死で隠す大人達を目にすると、きのこ少年は、ますます機嫌が悪くなる。
「ねえ、明日は『古城杯チャリレース』があるからね、撮影出来ないし、それが終わると、撮影旅行なんだよ、だから笑ってくれー!」
ふきのとう氏が笑いの涙目で、少年に声をかけるが、ますます機嫌を損ねる。その様子を見かねたかませ氏は、路線変更しようかとアイデアを出してきた。
「獲物持たせて、きのこ君の衣装チェンジして『悪カッコいい』のにしよう!時間ないし」
ちょっと試したから、海ちゃん何か描いてよとかませ氏、それを受けて海村氏が、サラサラとイラストを描いている間に、
かませ氏は、きのこ少年のホワイトの衣装を漆黒の物へと作り替える。
「試すって、何?かませさん」
ふきのとう氏が問いかける。まぁ見てて!今年こそは!楽チンしたいから頑張った!とかませ氏は、海村氏からイラストを受けとると、それをじっと眺めイメージを固めると
「出でよ!」
強く一言放つ、かませ氏。すると、イラストの『深紅のバール』と『バズーカーみたいなチャッカマン』が具現化した。
「嘘ぉ!かませさん、レベル上がったんだ!」
「そうそう!今迄は自分の描いた作品だけだったけど、毎年!毎年の地獄のチャリレース後始末、もう大変だから、具現化のレベル上げした」
だから今年は『具現化』しかしない!映像、イラストは、海ちゃん、ふきちゃんに任した!とバールをメモリーB、チャッカマンをきのこ少年手渡しつつ、二人に話した。
「え……あの過酷な任務につけと……」
海村氏が、恐る恐る聞いた時に、スタジオのドアをノックするものがいた。
「はい?開いてるから勝手にどうぞ、でも、スクリーンあるからね、そんなに期待しないで」
やんわりと牽制をはるふきのとう氏、大丈夫、今のでイメージでも、行けそうだから、海ちゃんに頑張ってもらう。と上機嫌で話すかませ氏。
あの過酷なの、と海村氏の言葉はむなしくスルーされている。ガックリとうなだれた時、重いドアがゆっくり開かれた。そして表れたのは、
「お久しぶりです、皆さん。倅がお世話になっております、きのこ元気だったか?」
「お!おとうさん、いつ帰って来たのぉー!」
寡黙な雰囲気を持つきのこ少年の父親『アイアン』が、少しぎこちない笑顔と共に室内へと入って来る。すぐさま飛び付くきのこ少年。
「おとうさん、おとうさん、何で僕きのこなのおー!」
メモリーちゃんがね、メモリーちゃんがぁと事の顛末を涙ながらに話すきのこ少年。
そうか。でも、男は泣いたらダメだろう、と優しく諭すアイアン、そしてメモリーBに目をやると、可愛いお嬢ちゃんじゃあないか、と息子に言う。
メモリーちゃん、僕の名前をヘンテコなので呼ぶー、何できのこなのと聞く息子に
「キノコってのは、花みたいに種をつけなくてもな『胞子』てぇ、目に見えない程に小さいモノを大地に飛ばすんだよ」
うん、知ってるときのこ少年。そんな息子と視線をあわすと、彼の頭に手を置き話を続ける。
「お日様が届かない場所でもな、しっかりと根を出し、やがて、でけぇキノコになる、お父さんはそんな強い、キノコみてぇな男になってもらいたくて、きのこって名前をつけたんだ」
「そうなの?おとうさん、僕の名前はおとうさんがつけたの?」
そうだ、可愛い息子だからな。とアイアン。きのこ少年はその想いを受けとると、おとうさん、ありがとうー!と抱きつく。
室内になんとも言えない、じんわりとした空気が漂う中で、アイアンはメモリーBに話す。
「お嬢ちゃんも理由があるとは思うが、どうだろう、息子の呼び名だが、ここは勝負で決めちゃくれないか?」
「マシュゥパパ 勝負って、何やねん」
あれだよ、あれとスタジオの壁に張ってある『古城ロック杯 商店街チャリレース』のポスターを指差した。
「どうだろう、きのこ、お前も男なら勝負で、決めたらどうだ?お前が勝ったら、きのこ、負けたら、お嬢ちゃんの呼び名だ」
うん、やる!ときのこ少年、がんばれと声をかける『伝説のギャンブラー アイアン』
彼は毎年、この時期に帰って来ている。胴締めとして、この時のみの『紫賭場』を開くため、戻って来ているのだ。
なので、もちろんメモリBも煽っておくことも忘れない。笑顔でお嬢ちゃんも、頑張って自分の想いを通せと声をかける。
「ふん!負けへん!マシュゥ!私が勝ったら、マシュゥやね!」
「きのこ!きのこ!僕が勝ったら!きのこって呼んで!」
×××××
……「ハーイ、カッコいいポーズでねー!」
その後、撮影は順調に行ったのは言うまでもない。新年のめでたいポスターの筈が、どうやらバトル系の仕上がりに、なりそうだった。
「明日は、楽しみです。皆さん」
アイアンが、静かに言葉を言う。
『伝説のギャンブラー アイアン』張り合う我が子達の姿を目を細めつつ、眺めていた。