君といつまでも
宜しくお願いします。
昼が過ぎた後のスーパーは客も疎らで先程の忙しさが嘘のようだった。
そのお菓子売場で二十歳前後の青年が商品陳列をしていた。
色素が薄い茶色の髪は英国人である祖父から受け継がれたものらしく、青年の顔立ちもどこか異国の気配を感じさせる。
ダンボールを積んだ台車を横に置き、商品棚に商品を補充をしているその青年の元に、肩で切りそろえられた真っ直ぐな黒髪にフードのある膝丈のコートを羽織った10歳前後の少女が近寄ってくる。
「それ新しいやつ?」
少女は荷台のダンボールを指差す。
「ああ、今朝入荷したんだと。」
新発売のチョコレートは人気女優をCMに起用されていて発売前から話題になっているものだった。
フロアマネージャーからも目立ちやすいエンドに置くよう言われていた。
「ふーん、見せて。」
青年はダンボールを空け、中に入っていたチョコレートを少女に渡す。
「今日もラストまで?」
「うん。」
「そっか。」
少女はそれきり黙って、渡されたチョコレートのパッケージを見ている。
「後15分で休憩だから。少し待てる?」
「………………うん。」
青年に俯く少女の表情は見えなかった。
「苦い。」
封を切って、チョコレートを口に放り込むなり少女は顔をしかめて言った。
「子供には未だ早かったか。」
青年のからかいに少女はむくれた顔をする。
それを見た青年が笑うものだから少女の頬がさらに膨らんでいく。
「う゛ー、実際に子供だから言い返せないのが余計に悔しい。」
青年は宥めるように隣に座る少女の頭を撫でた。
「まーた来てるのか、嬢ちゃんは。」
スーパー裏口の駐輪場で並んで腰掛ける2人に鮮魚担当の壮年男性が声をかけてくる。
「上がりですか、斉藤さん。」
「おうよ、早く終わったんで玉弾いてくるわ。婆ちゃんから嬢ちゃんまでモテ男は忙しいなぁ。」
「あははは。」
「じゃあな、お疲れさん。」
「お疲れ様です。」
手をヒラヒラさせながら斎藤は駐車場へと歩いていった。
「モテるんだ。」
「んー、それなりに。まぁ、この見てくれだし?」
「…何そのドヤ顔。」
「焼くな焼くな。」
青年は少女の頭をかき混ぜる。
少女は嫌そうに眉間に皺を寄せ、乱された髪を手櫛で直し青年を睨む。
「ムカつく。」
「ははは。」
「まったくもう!」
青年の屈託ない笑い顔に少女は諦めの溜め息をついた。
「…………もっと早く産まれたかったな。」
「ん?」
「今度は…『身分』なんて関係ない時代に産まれたのに。次は『年齢』が立ち塞がってる。」
青年と少女には共通する記憶があった。
遠い昔、今の生を受ける前の過去の記憶。
少女は名家の令嬢で、青年は商家の下働きだった。
令嬢が乗った馬車が脱輪し動けず立ち往生していたのを助けた事がきっかけで二人は恋に落ちた。
しかし、令嬢には婚約者がおり、商家の使用人でしかない青年と結ばれるはずがなかった。
叶わぬ恋と知りつつも募る想いに逆らえず、秘密に逢瀬を重ねていたが、遂に令嬢の家人の知る所となり引き離されてしまった。
「私、死ぬ前に『次は貴方と幸せになれますように』ってお願いしたのに。神様は意地悪ね。」
俯いていた顔を上げた少女の瞳に遠くの空が映る。
「大人と子供が結ばれるわけないじゃない。また…前と同じ。」
「…そう?」
「そうよ。私が進んだ分、貴方も進んじゃう。貴方との距離はどこまでも平行線のまま…きっと誰かが先に私の前から貴方を連れて行ってしまうのね。」
最後の方は微かに聞き取れる位の声だった。
「…まぁ、確かに『年齢』の差は縮まらないね。」
「…………。」
「君が子供で俺は大人なのは間違いない。」
「分かってる。」
「ふーん。そうだ、一応確認するけど、君はネバーランドの住人じゃないよね?」
「は?」
「君はピーターパンなの?」
「違うに決まってるでしょ。何なの意味わかんない。」
真剣に話してるのにふざけないでと少女の声に苛立ちが滲む。
「いい加減に――。」
青年の声と口付けにより少女は最後まで言葉を紡げなかった。
「待つよ、君が成長するまで。だから心配しないで。」
触れ合うだけの唇が離れた後、青年の瞳に映る少女は赤く染まっていた。
――数日後。
「牛乳?」
青年が待ち合わせの公園でベンチに座る少女へ近づくと、少女は180mlパックの牛乳を飲んでいた。
少女の横には空の牛乳パックも置かれている。
「お腹壊すよ。いきなりどうした?」
「…早く大きくなりたいの。」
「だから、焦らなくて良いって。」
「………。」
ストローからズズズと音がなる。
「ふぅ。…君が望むなら僕は構わないけどさ。」
「?」
「伴侶として『一族』に加えた時点で成長が止まってしまうんだ。」
青年が少女に向かって綺麗に笑うと口元から尖った2つの歯が覗いた。
「今の身体だと色々不便な事もあるとは思うけど―――マリー、君はどうしたい?」
―――――「え。」