9.蠢くざわめき 中編3
「大丈夫ですか?」
突然優しい声が杏癒の耳元を撫でる。そして視界に入るのは水の入ったグラス
。項垂れていた状態から視線だけ声の聞こえた方へと向けると思わず目を見開いた。
「貴方は夕方の……」
そう、夕方あの公園で見かけたサラリーマンの姿で逆に有り難味から混乱へと叩き付けられた。
偏見ではあるが、こんな羽振りの良さそうなサラリーマンが同性愛者だったら何だかそれも嫌な話だ。
否、別段そう言った類の人間だけでなく、水商売や美容師などの職に就く客も多いが、サラリーマンがこんな場所で呑んでいるのはある意味異色でもあった。
そして彼も杏癒と同じなのかテーブルからカウンターへと移動してきたのだ。
けど、どうせ……。
しかしこちらが覚えていても向こうは覚えていないだろうと思っていると「嗚呼」と軽く一言。
「確かあの公園でお会いしましたよね?夕方頃に」
「覚えてたんですか……?」
思わず度肝を抜かれる
こんなどこにでも居るような女を逆に覚えているのもまたおかしいと思いながら、目を見開いた儘でいると、男は微かに微笑んだ。
「水。早めに酔いは飛ばしておく事を勧めますよ?」
これが柴田杏癒のとある人生の話
酷く甘く、酷く苦く、涙しても届かなかったそんな悲しい物語。
どうも、織坂一です。
あの後どうなるかとなって、現われたのはまさかの人物でしたね。
実は応募用として提出した方はこれで第一章という区切りなんですが、ここでは今後の繋ぎの為にまだこの男性(実名は伏せます)が杏癒に関わってどうなるかという流れにしたいので、この男性とのある一件が終わるまでこの「蠢くざわめき」と名付けた話は続けさせてもらいます。
しかしこの出会いでかなり話に食いこんでくるので、この男性の正体が明かされる次の話から後編が始まります。
果たしてこの男性は一体杏癒にどう関わるのか楽しみにして頂けると幸いです。