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ゲッカビジン  作者: 織坂一
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67.マタ・ハリ


 まさか相当の読書家であり、文体もすぐ暴く翠眼もありながら更には即読も出来るなど、佐伯の方が作家として活動した方がいいんじゃないかと思うぐらいの恥をかいて、こう逃げられる時間と場所があって本当に良かったと地味に杏癒は天に感謝した。


 しかしはっきり判ったのは佐伯は本格的に柴田杏癒と言う女を暴きにかかってきたと言う事には確信が持てた。

 よく言われるが、本はその書いた人を表すと言う様に、やはり正確や思想などが出てしまう物なのだ。

現にその思想云々に関しては、先程渡した『抱擁』よりも最近出版した電子書籍の方が上手く表しているのは自覚している。


 面白かったかどうかなどは社交辞令だろうと本心だろうと二の次。

 判りたいのはその奥――つまりは価値観と自身の秘める思い。謂わば杏癒は乗せられたのだ。


 あの時佐伯がバーに誘ったのは確かに杏癒も考えた通り、互いの調子を見る為だ。

上手くいけば腹の探り合いが出来るかもしれないと。だが、それはあくまでできるかもしれないと言う仮定の話であって、アルコールが自分にも相手にも入っている以上、どこがどこまで本当でどこまで嘘なのか判らない。だから佐伯は嵌めたのだ。


 やられた、などと後悔する暇などない。今杏癒がしなければならないのはやはり覚悟を決めた佐伯と話せるだけの気力を持つ事と、腹を据える事。それ以外には何も出来ない。


 まさか自分がマタ・ハリの様に踊る様な日が来るとは思わなかったが、別に史実のマタ・ハリの様に二重スパイをしろと言う訳ではない。

 それだけの覚悟を持てと言う事。技量は二の次だ。


 取り敢えず売店で軽く飲み物と少し小腹が空いたので軽くつまめる様なフライドポテトのLサイズを1つ購入しては深呼吸して元来た場所を帰る。

 すると佐伯はまだ本に目を落としているが、厚さ的に考えるともうクライマックスの学生の少女が裁判で判決を下される場面の所まで読んであるのだろう。流石にこれで内容を理解したら凄すぎる。


「只今戻りました、どうです?その内容。」

 当たり障りなく声を掛けると、ようやく佐伯は顔を上げて「済みません」と言うと本を閉じる。

杏癒は飲み物を差し出し、佐伯がそれを受け取ればまた隣に座ると佐伯は本を自分の鞄に仕舞っては口を開く。


「少し辛辣な事を言ってしまいますけど、少しどこか物足りなかったです。表現方法とかではなくて、何て言うのでしょう……発想は良いのに、それが浮き足立ってるって事ですかね。偉そうに言える立場じゃないですけど、それを考えると最近出版した本の方がよく考えさせられました。」

「ですよね……自分でも判ってはいるんですけども中々……。」

「けどどちらも言える事はサイコパスな内容でありながら、裏面があるのが共通点でしょうか?今なら何故あの時貴女が婚約者さんとの世界を邪魔されて許せないと言ったのか……そして何故わざわざ幸さんの所に相談をしに行ったのか、何故僕の呼び出しに応じたのか納得は出来ました。」

「やっぱり……。」



どうも、織坂一です。


今回はひたすら杏癒の心情というより頭の中で考えている事を暴露する回でしたが、同時に佐伯が何を思っているかを確認する回でもありました。

「やっぱり」と言っている事から、佐伯は最初から真相を聞く為に来た訳ですが、実は佐伯側からしては昨日のバーで聞きだして杏癒との関係を終わらせたかったんですよ。

でもズルズル引き摺る所は流石佐伯。やるときはやるな。


と言う訳で次回はその答え合わせです。

正直次のシーンまでいけるかは謎ですが、とにかく次回をお楽しみに。

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