66.その真意の前に 後編
「柴田さんは純文学は語れます?」
「あ、はい。一応……。」
しどろもどろではあるが、隣に腰掛けると佐伯も静かに腰を下ろす。すると笑顔でこう返した。
「なら話は早いですね。僕は基本純文学だとどうしても幻想文学が好きと言うか、戯曲的なのが好きなんです。ですから、手近な所で言えば無頼派の太宰治とか、尾崎門下の作品とか。後は幸田露伴の影響も受けて耽美派の作品も少し。柴田さんはどの作家が好きなんです?」
「えっと、私も無頼派は好きで、よく太宰治の作品は読むんですけど、やっぱ内容を重視してるから派閥に拘らず、色々読んだんです。耽美派は私も好きなんですけど……。」
「成程。だからどこか墨東綺譚の描写がみられたんですね?それと随筆の書き方は少し坂口安吾に倣ってる気がしたんですんが……。」
「そこまで分かりますか?」
思わず杏癒は呆気に取られる。まさか自分の好きな作品から学んだ知識や描写をここまで的確に当てられるとは思わず開いた口が塞がらない。すると先程自作の小説を渡したのを酷く後悔した。そうしたのにも理由がある。
『抱擁』と言う作品は杏癒が純文学を学ぶ前にSF小説にハマっていた時に書き上げた物だったのだ。
文体と世界観が綺麗だと言う事から案外好評を得たのが始まりなのだが。内容はこうである。
ある平々凡々の男を主軸とした愛憎劇で男を取り囲む3人の女がいた。1人は精神疾患を患い、もう1人は社会人ではあるが、男とは義兄妹でありながら相当なブラコン、そして最後の1人は男とは何の関わりもない学生。そこから様々な悲劇が起こる。
これだけ見たらただの愛憎劇とも言えるが、そんな陳腐な代名詞で片付けられなかった。
なんと精神疾患を患った女はあの学生に自殺を仕向けられ、もう1人さえも彼女の手によって殺されてしまったのだ。
殺人を犯した学生は「私にも恋人と言う存在はいますよ?」と男に言っておきながら結局の所、彼女は脳内妄想の中でその男性が自身の恋人であったと主張、末路彼女は捕まるが、少年法を用いてもかなり残酷な手口から精神鑑定を行うも結果は陰性。一生を冷たい牢獄で過ごしながら、最後に殺した愛した男の持っていたネクタイを死刑になるその日まで持っていたと言う。何故抱擁と言うタイトルにしたかと言うと、一種の皮肉だ。
全てを狂わせた男に抱かれる夢を見た幼い少女のほんの少しの夢――しかし触れる事はできず、ただ遠回しに見ているのが精一杯。ならばそんな可哀想な彼女の想いをタイトルとして飾りたかったのだ。
そんな愛憎劇は案外と好評を受けるも、逆にこれの影響で杏癒の書く作品は一部のマイナーな路線でしか売れなくなってしまったのだが。
佐伯は既に携帯を仕舞い、受け取った本のカバーを大事そうに撫でている。その様子をみると何故かくすぐったくなった。
「今、ちょっと読んでみていいですか?」
「え、それ少し長いですよ?」
「即読です、ちょっと5分ぐらい時間を下さい。それまで適当に時間を潰してて構いませんから。」
「あ、じゃあ私飲み物買ってきますね?」
「有難うございます。」
そう答えると杏癒はすぐさま立ち上がり、少し離れた売店まで向かう事にする。
どうも、織坂一です。
「次回をお楽しみに!」とか言っておきながら正直どうでもいい本の内容述べて終わっただけとはいかなるものか……申し訳ないです。
ですがね、何度もいいますがここから一気にクライマックスまで走り続けます。
一体佐伯が何故杏癒の作品を読みたいかという謎の予測が次になりますので、本当にその真意の前の蛇足なんです、はい。
ですが「な、なんだってー!」という展開を毎ページごとに書いていくと返って混乱を招くので、デートのあの時の様に休み休みも必要ですから。(そしてやはり日常パート故かファボもリツイートもアクセス数も多かった事実)
という訳で次は杏癒が半分パニックになりながら、佐伯の真意を予測していきます。嘘は吐きませんとも!なので次回もお楽しみに




