65.その真意の前に 前編
本当に彼は純粋に自分と2人で酒を酌み交わしたかったのか?否、違う。
きっとあの人――佐伯であれば何か話そうとしていた事はあった筈。
だけれども言えなくなったのはあの時涙を流した所為だろう。現にあれから佐伯の酔いが酷くなっていったのは確かだし、珍しく何かから逃げている様にも見えた。
違う!もっと奥深くまで考えてみろ、と思ったりもするが、最早この事を聞く手立ては明日か、それともこの壗永遠に来ないか――謎ではあるが、時に身を流す事しか今の自分には――自分達にはそれしか出来ない事もまた判っていたのが余計に虚しくさせた。
「明日、かぁ……。」
考えても仕方無い
そう思うと帰路を辿り、さっさと眠りについた。
前回と同じ場所で待っていますね
と連絡が来たのは朝8時の事。杏癒はそのメールの通知で起きてはまだ早いが身支度を済ませる。
約束した自身のデビュー作である『抱擁』を鞄に潜ませたが、正直これを読書家である佐伯に渡すのには緊張する。
果たしてこんな物を読んで貰うなど恥ずかしい。まぁ今更渡せないなんて言えないし、もしかしたら黙って読んでくれるかもしれない。
そんな囁かな期待に掛けて、早めの昼食を済ませると井の頭公園へと向かった。
それより考える事はまた別にあるだろう、とふと電車に揺られながらそう思った。
昨日有耶無耶にされた本当の用件――これが問題なのだ。
佐伯も言っていたが勝手に絶縁を告げておきながら今更またヨリを戻すなんて佐伯にとっては有り得ない話なのは幸も何より佐伯自身も肯定した。
杏癒はあの時自身の中で罪を犯した罪悪感に苛まれて自身の中で佐伯の存在が大きくなっていったと言ったが、もし佐伯も同じだとしたら話が合わない。
何故なら佐伯は罪を犯していない。寧ろ被害者なのだ。だと言うのにどんな感情の所為で泣くまでに至ったのか謎で仕方無い。
一体彼の心を動かしている物はなんなのか。
それが無性に知りたくて、不謹慎ながら焦る気持ちを抱えて約束の場所へ向かった。
「こんにちは、柴田さん。御足労おかけして申し訳ありません。」
どうやら先に着いていたのは佐伯の方だったらしく、何やら携帯を弄っていた様だったが、近寄るとすぐにこちらに気付いては立ち上がる。
酔いも覚めた物だから少し杏癒は気恥しかったのか、どもりながら「こ、こんにちは」と返すと、鞄から本を取り出す。
「頼まれた本、持ってきました。差し上げますんで宜しければどうぞ。」
「いいんですか?あれだけ書けるのにお金を払わなくて。」
「え?」
そうだ、と杏癒は思い返す。昨日早速電子書籍を買ってみると。
すると、佐伯は笑って「ほら」と言っては携帯の画面を見せる。
「さっきまで読んでたんです。帰ってから夜中読んでたんですけど、つい面白くて……。」
どうも、織坂一です。
とうとうこの公園での語らいがやってきました。ここからは心理戦です。(といってもそんな高尚なものではないですが……)
さて、またニコニコしだす佐伯に拭えぬ不安を抱える杏癒は本当にどうなるんでしょうね?
しかしタイトルにもある通り、「その真意の前に」ですから、まだ続きはある訳でして……。
ではこの先は一体どうなるのか、次回をお楽しみに。




