59.証明
「もしもし、佐伯ですが。」
「依ちゃんかい?私だよ。」
「幸さん?なんでいきなり……。」
成人してから顔を合わせる事は少なくなるだろうと、幸さんが強引に僕の携帯に電話番号を入れたのだが、まさか本当に向こうから用件があるなど思いもせずに思わず問い掛けると、「あのねぇ」と重い調子で切り出した瞬間に心臓が大きく跳ねた。
「今日あのお嬢ちゃんが私の店に来たんだ。用件は判るね?」
「柴田さんが……?」
何故?と内心で自分自身に問いかけても答えは出ないが、電話越しのこの人はその答えを知っている。
答え合わせは酷く簡単だ、ただただ話を聞いていればいい。言わずとも幸さんは話を続けた。
「一応説得はしておいたよ、多分あの娘はもう罪は犯さない……依ちゃんも頭は良いんだから本当は判っているんじゃあないのかい?」
「……そう言いたいですよ。」
思わず本音が溢れていく。砂糖菓子が崩れる様にボロボロと。僕の舌は回る回る。
「ですけれどもこれが自惚れだと思い込みたい!だってもう解決策なんてないじゃあないですか!僕が謝る程度で済まされる問題ならば、僕は人を愛さない!」
「謝れば十分じゃないのかい?」
「え……?」
はち切れた不安感をぶち撒けた後に襲うこの静寂が僕を正気にさせた。
「ごめん、って一言謝りゃあいいんだよ。あの娘もそれで悩んでたさ……流石似た者同士だね。けど、依ちゃんも依ちゃんで例の婚約者さんの事、捨てきれないんだろ?」
「ええ」
頷く事しか出来ない。すると幸さんはこう提案した。
「だったら話し合いな、嫌と言うまで。そうしないとアンタ達はそのまんまさ。」
「……幸さん。」
「ん?」
「なんでこんな事を言うんです?やはり幸さんは僕に婚約者がいる事が不満ですか?ネット界隈でしか関係の持てないそんな存在に。けど、もう彼女とは一緒に会っているんですよ?だから――……」
「そこまでババアは干渉しないよ。あの嬢ちゃんが苦しいなら依ちゃんも苦しいだろうと心配しただけさ。だから好きな方の幸せを選びな。」
「……ええ、有難うございます。」
「んじゃ、困った時は何時でも連絡するなり、店に来るなりするといいさ。」
そう言って電話は切れた。
今の話を聞いて僕はもう1度だけ考える。僕はどちらに素直になればいい?
僕は美穂さんを愛している、それは事実だ。では僕は柴田さんをどう思っている?
理解者?否、そんなちっぽけな物ではないともう気付いている筈だ。
もし素直になっていいのならば言おう――僕はまた別の意味で柴田杏癒と言う存在を愛してしまった。
きっとこれを戯曲に書き上げたら酷く笑える話であろう。
だって渦中にある僕でさえもう笑えが堪えきれないと言うのに。
「は、ははは……。」
人は罪深い。いくら背徳的だと知っていながらも抑制出来ない――そんな人間が僕は嫌いだ。
どうも、織坂一です。
前回の後書きで匂わせていましたが、やっぱり説得役は幸さんの専売特許でしたね。
ここでようやく佐伯は何故杏癒に執着するのかが判った訳ですが、この後の佐伯の行動をお楽しみに…って次回からそれが始まるのですが。
次回からは泥沼どころではなく、恐らく読者の皆様をす巻きにして海にぶん投げていくスタイルなので、かなり過激です。(こんなに過激なのは久々です)
なので、ビニール袋を片手に閲覧する事を推奨します。
では次回もお楽しみに




