57.この手が届く範囲まで
「非道い?」
コクり、とだけ頷いて私は早速本題へと入る。
「私はつい最近佐伯さんの妹さんを襲って怪我を負わせたんです。」
「はぁ?」
幸さんの声から戸惑いの声が飛び出す。
流石に突然こんな突拍子もない上に物騒な話をされれば、誰でも声が裏返るだろう。だが、私はその儘話を続けた。
「理由は本当に些細な事なんです。けれども、その私が怪我を負わせた相手が佐伯さんの妹さんだとは後で知りましたし、知った瞬間に私は覚悟していました……佐伯さんと縁を切らなければならなくなると。」
「……んじゃ、なんで依ちゃんの妹を襲った理由はなんだい。」
「私の婚約者にべたべたと纏わりついていた、それだけの理由です。ただ私は彼女と2人だけの世界が欲しかった、だから何を失ってもいいと思っていたのに馬鹿みたいですよね……。でも、ただ私を許してくれるのは佐伯さんでも世間でも法律でもなく、彼女――唯だけなんですよ。でも……」
「アンタが最初から中途半端な思いでこうするから罪悪感が消えないんだろう?そもそもよくよく考えて見れば、アンタにとっては依ちゃんは本当に理解者で留まる人物だったのかい?」
お嬢ちゃん、からアンタに変わった時点で私はこの人が法律や道徳を抜きにしても佐伯さんの味方である事を酷く思い知らされた。でも謎だけが浮かぶ。
私が最初から中途半端?
佐伯さんは最初から理解者で留まる人物ではない?
そう謎だけが頭を駆け巡る中で尚幸さんは言葉を続ける。
「こうやってここにいるって事は依ちゃんはアンタが犯人だと知りながらも、縁を切る事で許してくれたみたいだけど、アンタはその本当の意味を知ってるかい?」
「いえ……。」
「……世辞にも依ちゃんは優しい子ではないよ。ちっさい頃から嫌に現実的で変わった子だったよ。だけどね、凄く不器用なんだよ。私から見て依ちゃんが、付き合ってる婚約者さんの話をしてる時は何時も難しい顔をしてたのにアンタと話してたあの時だけは小さい頃、私に見せた笑顔となんら変わらなかった。きっとアンタも依ちゃんも悩みに悩んでお互い婚約者を愛したんだろうさ。けれども、本当は素直になりたいんじゃないのかい?もしかしたら……って話もありうるしねぇ。」
「もしかしたらって、なんです?」
「簡単な話さ。アンタも依ちゃんもお互いが好きなんじゃないかい?理解者って枠を外れてさ。女って生き物はいつまで経っても結局素直になれないし、男って生き物はいつまでも理屈を並べるもんさ。違うかい?」
「……」
幸さんの言葉を聞いて余計に判らなくなった。けれどもここに来る前まで――佐伯さんと別れた原因は解けた。でもまたここで自分に問いかけると謎が生まれる。
佐伯さんの事が好き?理解者としてではなく。
黙り込む私に対し幸さんは「まぁ」と呟いた。
「結局男女の色恋なんて細やかなもんさ。後それ食ったらさっさと帰りな。警察の臭い飯より折角豪華なもん用意してやったんだ、お代ならまた今度依ちゃんと一緒にここに来たらいい。それで許してやんよ。」
「……はい、有難うございます。」
そう言っては懐かしの味を噛み締める。そして思う事が1つだけある。
流石、長生きしているだけでなく、こうして新宿二丁目に店を構え、様々な人と関わってきたこの新宿二丁目の母は本当に優しかった。
どうも、織坂一です。
実は佐伯をよく知っているこの幸さんに杏癒がした事を全て打ち明けるというのは、佐伯や杏癒達のデートの前に思い浮かんだ話だったんです。
もう杏癒がこうする事で佐伯との仲が崩壊する事は前提だったので、「じゃあそれを修復するきっかけを作るキャラが欲しい」という事で幸さんは出来たので、このシーンを書いている時は結構感無量な感じでしたね。
まぁ本文にもある通り、幸さんはどちらかというと佐伯の味方なので、彼が許したというなら警察に突き出す必要もないと見逃してます。
さて続いて佐伯の出番になったのはお許しを……!まさか1000文字ちょっとで終わるとは思ってなかったんですよ!(言い訳)
という訳でここからどう繋がるかは次回のお楽しみに!




