56.足音はすぐそこに
何故か私の足はとある場所へと向かっていた。
別段そこに行き着けている訳でもないし、寧ろ私には不釣り合いで最も行きづらいと言うのに何故か足を運ぶ。
時刻は昼前、恐らく開いているか判らなかったから内心急いでいたけれど、とある雑居ビルに入ってはエレベーターで最上階まで行くと、何時か事務所の様な佇まいだと笑った場所のドアノブを捻った。
どうやらまだやっているらしいが、やはり人は朝に集中してしまうのか、今は誰も居ない。
そんな中、厨房から小太りの叔母さん――幸さんが姿を現す。すると小さく「お」と嬉しそうに呟いた。
「これはこの間依ちゃんが連れてきたお嬢ちゃん……確か柴田さんって言ったかい?また来てくれたんだね、ありがとさん。さ、好きな所にお座り。」
「はい、お邪魔します。」
そう言うと適当に窓際の席に座るとすぐに幸さんはおしぼりとメニューを差し出す。
「にしてもこの時間帯に来るとは珍しいねぇ、お仕事の帰りかい?」
「いえ……ちょっと幸さんに聞いて欲しい話があって来たんです。」
「わざわざ三鷹付近からかい?そりゃあご苦労だけど、何の話なのさ?もしかして依ちゃんと何かあったのかい?」
「ええ、まぁ……。」
そう言って歯切れが悪い上に俯く私を見て幸さんは察したのか「ちょいとお待ちな」と言っては厨房へと消える。恐らくあの様子であれば話は聞いてくれるだろう。
けれどももしあの事を――私達の関係に亀裂を生んだ上に一生消える事のない私の罪をこの人が聞いたらどう思うだろうか?と考えるだけで心臓が裏返りそうになる。
だけれどもこの人程あの人を知っている人は居ないだろうから腹は据えなくちゃいけない。
その為に私はわざわざここまで足を運んだのだから。
「はいよ、お待ちどう様。」
暫くして、頼んでいた卵かけご飯定食が運ばれると幸さんは私に向き合う形で椅子に腰を掛けては本題を切り出した。
「んで、何があったんだい?」
「話は、少し長くなります……何より非道い話ですから。」
どうも、織坂一です。
今回から第7章に入り、物語は佳境に入りました。
まぁ何故杏癒がここに来たかというと、まぁアレです。過去の清算的な物です。
しかし彼女自身、唯とのデートの後に結構精神的にきていたので、ある意味幸さんの店が駆け込み寺になりましたが、まぁあの人のキャラはまんま「世話好きなおばさん」なので、色々と融通のきくキャラではありました。
では佐伯は?というのはまた暫くお待ち下さい。
結構ここのシーンは杏癒の懺悔と彼女の改心をテーマにしてるので、暫く佐伯の出番はありません。
すごい所で区切りましたが、どうぞ次回もお楽しみに




