55.異変と乾く心
電車の時間があると言う一言に心を痛めながら、今2人は喫茶店に移動していた。
メインのプラネタリウムは見られたのだが、その後の散策は流石に無理だと言う事で、時間になるまで、こう喫茶店に腰を下ろし語らう事になったのだが、逆にこちらの方が好都合だった。
あのカレー屋で食事を済ませた後、少し談笑していたのだが、その時に杏癒は用意した結婚指輪を渡そうとしたのだが、唯はそれを無言で首を横に振っては拒否した。
恐らく彼女の中では既にこうなる事を見越してたのだろうが、そう考えるとどこか恥ずかしいが、丁度頼んだコーヒーとハーブティーが届いた所で杏癒は鞄から小さな袋を取り出しては、唯へと渡す。
「はい、これ。」
「今開けてもいい?」
「勿論」
そう答えればすぐに唯は爪で器用にテープを剥がしていく。すると箱からコロン、と小さな指輪が唯の掌に落ちる。
「どう?」
間髪入れずに杏癒は笑って問い掛ける。少し指輪を観察して、指に嵌めると彼女は「わぁ」と目を輝かせた。
「ぴったり!」
「当たり前じゃん」
くく、と笑ってコーヒーを啜っていると、唯は「そういえば」と呟く。
「杏癒の左手のそれ、気になってたんだよね。」
「ふーん……で、どうよ?」
「うん、気に入った。」
「なら良かった」
「学校始まったら自慢してくる」
「……あんま言及されない様にね?」
「任せて」
何が任せて、なのかよく判らなかったが、まぁあの時の様に変な虫が寄る事はもうないだろう。もうあんな風に罪を冒さなくとも――
「杏癒?」
「あ、ああ……。何でもない」
「そう?」
自分は何を考えているのだろう?
別にあの事なんて罰として苛まれなくていいのだ。もう済んだ事だし、こうして彼女と過ごしたいと自分はあれほど焦がれていた。だから人を傷つけた。
唯一の理解者である人の妹だと知らなかったとしても――
「あ」
ぽつりと、唯が小さく呟くと、杏癒は意識を現実へと向ける。そしてそろそろ
「もうすぐ時間だからでないと」
別れの時間は迫っていた。
「……送るよ」
お互い急いで頼んだ物を胃に流し込むと立ち上がって会計を済ませる。
そして、店を出るともう1度杏癒は強く唯の手を握ってはその儘駅に向かう。
何故かこの時2人は無言で、駅に着くまで一言も会話を交わす事もなかったし、ようやく言葉を交わしたのは偶然にも同じホームに立った時だった。
「またこうして会えるといいね」
と杏癒はらしくもない言葉を吐いた。
けれどもその違和感を感じきれなかったのか、それとも態とかただ「うん」と頷くだけだった。
そんな姿をきつく杏癒は抱きしめる。
「痛、」
「じゃあね」
短く呟いて身体を少し離しては2人の唇は触れ合った。
少し肌寒い中、どこか温かみを感じて、離した後に杏癒は儚げに笑っては唯の頭をぽんぽんと撫でる。
そして電車が唯を連れ去った後に、杏癒は自分の唇に触れてみた。
あの時、微かな温かさを感じた時に杏癒は祈ってしまった。いつか自分が犯してしまった罪が許される様に、と。
同時にその温かさは残酷にもそれさえ受け入れてくれそうで、思わず唯とまた離れてしまう事と同時に今更になって知った罪の重さに耐え切れずに思わず泣いた。
だって、今日の幸せは自分が犯した罪によって成り立った幸せだったのだから。
満たされる――そう信じていたのに、何故か乾いていく心が許せなくて、強く拳を握った。
愛しているのに
徐々に2人のそれが崩れようとしていた
どうも、織坂一です。
またもや長くなって済みません……。しかし波乱万丈(?)の第6章はここまでです。
7章からは「差分」というテーマで物語を追っていきます。
杏癒パート、佐伯パートと振り分けるのは変わりませんが、長さが長さなので、色々と中途半端に切っていくだろうという事はお伝えしておきます。
さて、今回の話ですが完全に杏癒は1人になってから自分が犯した罪と後悔に気がつきましたね。
正直それまで触れない様に目を背けていた彼女ですが、もう逃げる事は出来ないと現実を押しつけられましたが、それが今後どうなっていくかはお楽しみに!




