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ゲッカビジン  作者: 織坂一
54/75

54.冷え行く心に北風が


「随分と冷え込みましたね」

 はふはふ、と佐伯は手に持った豚まんを冷ましながら呟く。すると隣を歩く美穂は笑う。

まるで子供の様だ、と。口には出さないがなんとなくそう言っている様に見えた。

「確かに冷えたわね……このまま旅館に戻る?」


 つい1時間前程、公園から中華街に移動してきて遅い昼食を済ませて、今はただぶらりと歩いているだけだった。豚まんは佐伯が記念に、と買った物である。

「でも、記念にって言ってキーホルダーでも無く、これを選ぶ時点で依人さんって結構元は取るのね。」

「ですかね?」

思わず佐伯はその言葉に首を傾げた。


 もしこれを思い出とするならば写真でも撮ればいい。

逆にキーホルダーの様な物ではなく、今度日常に帰ってまた話すならば「あれは美味しかったね」と話題に出来るほうがずっと有意義だし、もしかしたらまた今度深くまで行こうかとなるかもしれない。

 佐伯依人とはそういう現実主義の人間だ。

「そうよ……なんて断定は出来ないけどね?けれどやっぱりこう2日間過ごしてきたけど、依人さんって凄く現実主義者みたい。」

「済みません、幻想論は読書だけって決めてて……。」

「別に悪いなんて咎めてないわよ。でも逆に本に幻想論を求めるって事は本当は現実でも幻想論を推したいんじゃないかしら?例えばおまじないとか、そういうの。」


 思わず言葉が出なかった

 幻想論?一体自分は何を言っているのだろう?

 おまじないや占いの類なんて気休めだ。宝くじもまた同じで、ただ人の金銭欲を満たす為だけに存在する物だと佐伯はそう定義している。


 だから幻想論というのがよく判らない。


 本と言っても佐伯が読むのは一昔前の純文学が多いから、幻想論と言えば隣の女房がビフテキを持ってきてくれる様な物。

 けれどそんな事は現実的に有り得ないから余計理解に苦しむ。


 この言葉で佐伯の気持ちはどこか冷えて引いていく様にも思えた。

ここまで愛した人とはこんなにも価値観が違うのか、と。しかし他人と価値観が違うから嫌いになるなんてそれこそ子供と変わりない。だが、それでもどこか価値観の違いさはかなり佐伯の心を抉った。


 どうしたら判り合える?どうしたら判ってくれる?

「依人さん?」

 思わず、佐伯は自分の名を呼びかける声でハッと現実に戻る。


 今自分は何をしていた?何を考えていた?

「いえ……なんでも」

「そう?」


 美穂は特に言及はしなかったが、佐伯は今最も気付きたくない事に気付いてしまった。

 既に先程まで温かかった豚まんもすっかり冷めていた。己の心と同じ様に。

 日は暮れてゆく。美穂からプレゼントされた時計に目を落とすと、そろそろ短針は4の字を指す手前だった。



どうも、織坂一です。


今回は佐伯パートですが、案外長いと思ってたのが寧ろ前回より短くてびっくりです。

まぁ今回は色んな価値観の話ですね。

元を取る上で少しズレてる現実主義者の佐伯ではありますが、この価値観からしてやはり曲者だと周りから言われるに言われているので、彼自身これをコンプレックスとして抱えています。


だからこそここまで杏癒に固執しているのですが、本人はそれが無自覚なんですよね……。


少し早いですけど、この2人のデート実況が終わったら物語は佳境に入ります。その前座でもありましたし、やはり互いに婚約者との絡みも書かないと、色々話が成立しないのでこうしてますが、それまでどうぞ平和なほのぼのタイムをお楽しみに。

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