53.目の前にある幸福と脳裏に過った夢と
駅から外へと出て、暫く2人は辺りをふらついていた。勿論意味が無い訳でも無く、まず食事を済ませようと思っただけだ。
この季節にしては今日は暖かく、いい日和でもあった。相変わらず杏癒は唯の手を離さずに問い掛ける。
「そう言えば唯は渋谷は来た事ないの?」
「んー、1回ぐらいしか来た事ないかも。普段は浅草とか東京とか銀座だし。」
「……どこも高いな、オイ。」
平然と答える唯に対し、ここで杏癒は彼女との金銭感覚の違いを知るも、まぁいいかと流す。
取り敢えず杏癒勝手に決めたデートプランのメインはコスモプラネタリウム渋谷で天体観測を楽しむ事だった。
その後大分歩くが、代々木公園まで足を運ぼうかと考えていたのだが、現時点で行き当たりばったりな状態で果たして上手くいくかどうか判らない。
だがここで何もしない儘いるのは嫌だったから携帯を開いてここら近くで食事を済ませられる場所はあるかと急いで携帯を取り出すと調べに掛かるが横で唯がクスクス笑っている。
思わず悪気はないのだが、杏癒はやや顔を顰めると唯は携帯の画面を見る様に携帯を差し出した。
「ここ近くで美味しいカレー屋さんがあるみたいだよ?行ってみようよ。」
「あ、うん……。」
思わず我に返ると急に恥ずかしくなる。真逆こんな不意打ちに合うなどと微塵にも感じられなかったから。
だからせめて自分が歳上として、何より旦那役として出来るのはこういう事だけだと開き直って再び唯の手を握ってはその儘歩き出す。
「カレーか。楽しみだなぁ、結構私カレー好きだから。」
「でも杏癒の事だからどうせ2食目辺りで飽きてるんじゃない?」
「るせ、黙ってて。」
「ふふ」
なんて話を続けていれば目的のカレー屋へと辿り着く。覗いてみれば空いているようで、中に入ればすぐに案内をしてくれた。
早速メニューを開いては杏癒は「よし」とだけ呟くとメニュー表を唯に渡す。
「もう決まったの?」
その驚いた調子の言葉も当然であろう。何せ少しページを捲っただけで一瞬でメニューを決めてしまうのだから。
しかし杏癒はいつもこうだから首を傾げて「そう?」とだけ返すと、唯はメニュー表を眺める。
「あ、私も決まった。」
「唯こそ早いじゃん。」
あまりにも面白かったのか、思わず笑うと、唯はどこか不機嫌な様子で呟こうとする前に杏癒は言葉を遮った。
「ちなみに何頼むの?」
「カツカレー。何だかお肉が食べたくなったの。」
どこか拗ねて言う様子に笑いながら店員を呼んで頼んだのはカツカレー2つ。
ただ単に杏癒も肉が食べたかったなんて迂闊にも言えない。
そして注文の後に来たサラダを見て2人は思わず目を点にして驚いた。すると店員はこう言う。
「今日はお客様があまりいないのでサービスです。」
それだけ言うとにこり、と笑う事も無く去っていく。そして店員が誰もいないホールから消えたのを見て、2人が同時に呟いたのはこうだ。
「こんなに野菜食えるかよ」
そんな単純な事で暫く2人は笑い続けていた。
こんな時間が続けばいい、けどいつかつい最近似た様な事があったと脳裏に過ぎった事、それが恨めしくて杏癒は影で自分を呪った。
どうも、織坂一です。
少し長くなってしまいましたが、杏癒パートはこんな感じです。
デートのあれこれはともかく、杏癒も佐伯の事を少しだけ思い出しましたね。
ここでまた補足ですが、杏癒は佐伯と違ってこの幸せを享受していますが、それは佐伯という理解者を失っても、自分が犯罪者になっても、こんな幸せが喉から手が出るぐらい欲しかった。でも佐伯の事を思っているのではなく、杏癒が佐伯に思うのは罪悪感です。
ただただ彼女もサイコパスな訳ではないので、人並みに情があるので、そこが落ち度なのですが……。
さて次は佐伯パートです。
杏癒の事を未練タラタラなままどうなるのか次回をお楽しみに。




