44.別のどこかで
「そんな固くならないで下さいよ。……って、恋人同士で敬語も不自然ね。依人さんもそんな丁寧に話さなくていいわ。」
――依人さん。
自身が24年間生きてきてそんな風に呼ばれる事はなかった。
思わず苦笑しては手を差し出す。
「でも僕は基本家族以外にはこんな話し方なんです。友人には気取ってると言われますが、この話し方で許して下さい。それに失礼だけれども僕はまだ美穂さんの事をよく知らない。だから少し慣れるまで待ってくれると嬉しいなと思ったり……。」
そう言って頬を掻く佐伯が余程珍しいのか、それともはたまたおかしいのか、クスクスと笑い続けていると「あ」と声を漏らす。
「そう言えばプレゼントを用意したの。ここで渡すのは難だから宿に着いてからでもいい?」
「? 僕にですか?」
「ええ。何を渡すかはお楽しみだけど」
軽く片目を瞑って答える美穂に対して、佐伯は微笑んで空いた左手を取っては軽く繋ぐ。
「じゃあ行きましょうか」
「確かに原稿は受け取りました、お疲れ様です。」
そんな連絡を受けたのは約小一時間前。
やっとひと仕事終えたから今日は呑もうと思っていたが、無意識にぶんぶんと頭を横に振った。
実はあの佐伯との別れ以降、あのバーには行っていない。
恐らく杏癒がこんなに気を使わなくとも彼は2度とあの店には来ないだろう。
だが、もし会社付き合いなどで来ていたらそれこそ酒が不味い。
だからここ最近酒は呑んでいない。
やる事もなくなって、ゴロンとベッドに横になってはふと思った。
つい最近彼女もようやく暇が出来る様になったらしく、ちょこちょこと連絡はしていたのだが重大な事を思い出す。
「そうだ……。」
結婚指輪だ。婚約してもう2ヶ月も経つのに未だ彼女に指輪を買っていないな、と思うと即刻杏癒は彼女へとメッセージを送る。
『あのさ勝手な話なんだけど、結婚指輪渡してないけどどうしようか?』
そう打ち込んでは再び携帯を枕元に置くと、返事は数分と経たずに来た。
『あ、どうしようか……。』
「だよなぁ……。」
想定内の返事に思わず頭を悩ませる。
携帯のディスプレイを見てみれば、まだ午後3時すぎ。
であれば電車もある、店もそこそこやっているだろう。
思い立ったが吉とも言う為、早速準備をしては家を出て、駅へと向かった。
どうも、織坂一です。
はい、これで第5章は終わりです。
次からはこの佐伯ビジョンと杏癒ビジョンを交互に(時間軸はほぼ同じです)お送りします。
一応杏癒も佐伯も主人公ですし、これを書いている最中にネタバレでとんでもない事を言いましたが、それについては伏せておきましょう。
正直このパートは書く気がなく、原稿が進まず、提出したのがギリギリになったのはこの章の所為です。絶対に許さん。
まぁ毎度毎度言ってますが、これもなければ最後あたりが「は?」となりますので、暫くはこの一気にリア充へと成りあがった2人をご覧ください。
それでは次回もお楽しみに!




