35.こんな世界で
まさか、と思った。
あの少女がもし佐伯の妹であったのなら、自分はどうするべきなのだろうと。
だがあの時自分は何を犠牲にしても婚約者との世界を作ると決めた筈なのに心が揺らいで先程から酒が進まない。
「どうしたの?杏癒ちゃん。佐伯さんから連絡があったのかい?」
「ああ、うん……。なんか妹さんが通り魔に遭ったみたいで……。」
「通り魔?それもまた物騒だねぇ、杏癒ちゃんも帰る時は気をつけなよ?」
「あー……うん。だったらもう帰ろうかな。怖いし」
「うん、そうしときな。」
「ごめんねマスター、また来るよ。」
「はいよ」
勘定を払っては逃げるように店を後にしては溜息を吐く。
そのもしかしたらが本当に怖い
彼は自分の恩人であって、その兄妹に恨みがあると言えど彼が家族を嫌っている訳でもないだろう。
普通であれば怒りを覚える筈だ。
だとしたら自分は、柴田杏癒は大事な理解者を裏切る事になる。
しかし彼が自分を現時点でどう思っているかなどはこの際どうでもいいと言い切れなかった。
だから嘘だと願いたい。
「でも……」
正直はっきり白黒つけたいのだ
ここで罪を認めて理解者を傷つけるか、それとも罪など一切忘れて婚約者との世界を守るか。
きっと柴田杏癒には後者が似合いだろう。
だが、「今」の柴田杏癒であったら?
「もう……判んないよ……。」
時は2度と戻らない。
ただ残るのは血に濡れた時に拭いた佐伯からあの時差し出された青いハンカチと重い後悔だけだった。
あのメッセージに返事など返す資格などない。
どうも、織坂一です。
今回は完全に杏癒の独白でしたね。
流石に彼女も美月が佐伯の実妹とは知らず、傷付けた事に迷うシーンは正直入れたくなかったんですけど、後々の為に必要になるので止むをえず入れました。
書き終えた今だから言えるのですが、杏癒も杏癒で自分の事を顧みずに婚約者と一緒にいられるならば何をしてもいいという事に迷いを持たせずに、ただの冷酷な人間であったらまた別な展開があったのでしょうが、一応ヒロインでもあるので、「それはイカンだろう…」という事で、人間味のあるキャラとして出来あがりました。
しかし逆に佐伯が人間味がないので、いいのかな?と迷っております。
次回はカッコいい佐伯がみれる…かも?




