32.悩みと真夜中への前夜
注文したハイボールがカウンターに2つ並んでちびちびと呑み始めた頃に杏癒は本題へと入る。
「で、何があったんでしょうか?言いたくないなら別にいいんですけど……。」
「いえ、今日はその悩みを打ち明けに誘ったんです。ですから少し聞き流す程度に聞いて下さると嬉しいです。」
相談に乗って貰うのに聞き流すも何もないが、杏癒も指摘したい気持ちを抑えては佐伯の言葉へ耳を傾ける。
始まりこそそう、まるで御伽噺の様にぽつぽつと。
「つい先日の事でした。長らく合間を置いてようやく婚約者から連絡がきたのですが、彼女はディレクターと職業柄忙しい身ですし、僕もそう楽に暮らせてませんから時間の合間が作れずに中々僕の方から連絡する事がなかったのですが、最近不安になることがありましたから元気かどうか近況を聞いたんです。そしたら一言だけ……。」
「婚約者さんはなんて?」
「何で判らないの?私がこんなに寂しがっているのに貴方はそれに見向きもしない。今更調子を聞いてどうするつもり?……と。確かに僕にも非はあります。ですがあまりにも一方的な返答なものですから……。」
「失礼も承知で言いますけど、ちょっとそれは我儘なんじゃないんですか?確かに佐伯さんにも非はあるけど、婚約者さんも婚約者さんで寂しいなら寂しいって言えばいいのに。けど、なぁ……ああ、でも無理に忙しい中連絡を引けたのは……でもそれを差し引いても、婚約者さんも婚約者さんで自分の気持ちを伝えるべきだと私は思いますけどね。私だって無視覚悟でメッセージ送ってますから。」
「ちなみになんと?」
どこか意地悪気に聞く佐伯から顔を背けては暫くして覚悟を決めたのかカウンターを叩きながら揚々と言った。
「愛してる、こんなどうしようもない私だけど嘘は吐けないし言いたくもない。だから正直に今日も明日もずっと愛してる……って言ってます。」
「中々男前ですね……。」
佐伯も聞いておきながら目をぱちぱちとさせては絶句する。反面杏癒も吹っ切れたのか、ハイボールを一口だけ呑み干す。
「で、私の事はいいんです。簡単に言うと婚約者さんは言葉が欲しい訳ですよね?だったら私みたいに玉砕とスルー覚悟で愛を語ってみてはどうです?」
「やはりそれは女性から見て嬉しいものでしょうか?」
「んー……私は毎回送る側ですけど、やっぱり好きだとか愛してるって言われると女は嬉しいものですよ?……なんてこんな男みたいな奴が言っても説得力はありませんけど。」
「いえ、そんな事ないですよ。寧ろ」
と言葉を続けようとした瞬間だった。
佐伯の鞄で携帯が震えている。着信音が長らく続くという様子を見るとメールではなく電話の様で、携帯を取り出すと杏癒へ対し頭を下げる。
「済みません、少し電話が。」
「あ、はい。どうぞ」
「有難うございます」
席を立ち、電話ボタンを押すと「もしもし」と答える。仕事先からかそれとも他の人からなのかは判らないが、今店内にいる客は杏癒と佐伯の2人だけ。
なるべく邪魔にならないようにと杏癒はハイボールの入ったグラスを弄んだ。
今の話をマスターに話した所で恐らく適当に切り上げるだろうし、マスター自身も杏癒が理解者であると言った時点でこの話に関して自分の出る幕はないと判っていた。そんな時だった。
どうも、織坂一です。
最近1000文字以上でほんと申し訳ありません。
ですが、こうして小説を読み返してみると、中々上手く区切れる様に書かれていないので、少し台詞など改変しているのですが、本編はもっと台詞が長いです。(どういうこっちゃ…)
ですが、佐伯とその婚約者との仲も描かれる様になってきましたね。
なんだか険悪すぎますが、まぁ後々に修復されますので……。
そしていよいよです。
この佐伯の電話が一体なんなのかで、この話の運命が変わってきます。
詳しい事はまた次回に。




