31.2人ひとり
「……済みません、今から話す事は柴田さんに内緒で頼めますか?」
「? 別に構わないけど、どうしたの?」
「実は今日は彼女に愚痴を聞いて欲しくて誘ったんです。僕が生きてきた中で理解者など居なかったのに今更になって、こんな事で理解者を得るとは思わなくて……だから少し彼女の事を理解したいと思ったんです。柴田さん本人の口からだけでなく、彼女を知る第3者の視点からも。偽善に聞こえますが、僕も彼女の理解者でいたいと思って。」
「ふぅん、本当に物好きだねぇ君は。」
佐伯の置かれている事情であればマスターも杏癒本人から聞いている故に知っているが、ここで知っている顔などしたら、それこそ杏癒の面子は丸潰れだろう。
それを悟っては何も知らぬ顔で酒を作り出す。
一方佐伯も苦笑しては一言だけ呟いた。
「僕が物好きなのは元からですから」
瞬間、店のベルが鳴ると奥にいた娘達は「いらっしゃいませ」と声を掛ければ入口から出てきたのは杏癒の姿でどこか息を切らして、また佐伯もベルの音に振り返ると杏癒の姿を見る。
走ってきたのか少し汗をかいてはいるが、まず顔を上げると佐伯へとこう告げた。
「遅くなって済みません!本当はもっと早く来れる予定だったんですけど……!」
そんな杏癒の様子を見て佐伯は少し微笑むと何事もなかったかの様に言う。
「別に構いませんよ。それに僕の方こそ先にお邪魔して申し訳ありませんでした。」
「杏癒ちゃんいらっしゃい」
奥から酒を持ってカウンターに出てきたマスターが呼びかけると、取り敢えず杏癒は佐伯の隣に座る。
「あ、今日は2時間で。後、ハイボールね。」
「ふふ、了解。」
「?」
思わず吹き出すマスターの様子を見ては杏癒は首を傾げる。
別段おかしい事をした事はないが、やはり先程の佐伯の言葉を聞いた後だと笑えて仕方ないだろう。
すると今度は佐伯がカバーに入る。
「何でもありませんよ。丁度僕も呑みたくなったのでハイボールを注文したんです。その所為では?」
「あー……そうなんですか。」
「ええ」
クスリ、と笑うその横で「あ」と杏癒は突拍子もなく声を漏らしては深刻そうな顔をしては佐伯へと尋ねる。
「そう言えば佐伯さん、何かあったんですか?メッセージが来た時にちょっとピンと来て大丈夫なのか心配だったんです。」
再び奥に消えたマスターはまた笑いを堪える。
一体この2人はどう以心伝心をしているのか。
佐伯は杏癒を理解者と言ったが確かに彼女は佐伯にとって善い理解者なのだろうと頬を緩めつつ作業へと戻った。
どうも、織坂一です。
もう1つの夜が始まって、佐伯がとうとう話し始めました。
あくまで(今は)自分は理解者として杏癒を知りたいという好奇心だったのですが、これが後々に彼を狂わせていきます。
前にも語りましたが、佐伯は優しい訳ではありません。寧ろ手段は問わないという事は、独白の時点で語ってます(あの社会的に相手を抹殺するという…)
それを考えると、佐伯も杏癒もよく似ていて紙一重なのです。ただ、佐伯の方が理性が利くだけで。
さて次回からその佐伯の心の内を暴く物語になりますのでどうかお楽しみに。
……杏癒がやった事に関してはもうしばらくお待ちください。




