18.知らずの彼の内側
午後8時。約束の駅前まで向かい、杏癒は改札口前で佐伯を待つと丁度5分遅れたぐらいか、改札口を抜けてはこちらへと向かっては一言。
「こんばんは。少し遅れてしまいましたが大丈夫そうですか?」
たった5分遅れただけだと言うのにどこまできっちりした性格なのかと感心しながらも「大丈夫ですよ」と笑って伝えると、佐伯はどこか安堵した表情を浮かべては言う。
「では案内お願いします。今回も下見なのでそんな恰好をして出てきてくれたのに申し訳ない。」
「い、いえ!これは単なる私の早とちりですから気にしないで下さい!」
早々ドジを踏んだのが恥ずかしくて杏癒は顔を赤くしては大股でその儘店へと向かった。
「いらっしゃいませー」
店に入ると早速マスターと他の娘達が入口までくれば何時もの様に杏癒は言う。
「今日は2時間ね」
「指名は?」
「佐伯さん、特に指名とかあります?」
「え」
まず声を上げたのはマスターだった。
店のドアを潜り杏癒の後ろにいた佐伯を見ると全員その場に固まっては空気が凍る。
そんな中で佐伯は困った様に髪を掻きあげると一言。
「では杏癒さんが普段お世話になっている方で。」
「んじゃユカちゃんか。取り合えずユカちゃん今日はお願いね。」
「あ、うん……。取り合えずこっちに」
「お邪魔します」
ユカと言う杏癒お気に入りの娘を指名し、席に案内される途中でマスターは杏癒に向かって必死に手招きしていた。それも当然の筈。
何故なら婚約者の事をここで愚痴を零し、しかも相手がどんな人間かも知っているというのにここで他所の誰とも知れない男が登場すれば親しい者であれば誰でも驚く。
仕方なくカウンターへと向かい、そのまま乗り出すとマスターは言った。
「杏癒ちゃん、あの人誰?もしかして彼氏?」
ほら来た、と思いユカの座る席を見るも今は異常はないようだ。
「違うよマスター。これは敵情視察」
「敵情視察?」
「あの人印刷会社に勤めてるんだけど、上司の人が呑み屋を探せって煩いんだって。しかも近所の居酒屋も飽きたって聞いたからこの店を紹介したの。どう?結構役に立つでしょ?」
「なんだ吃驚した~。なら全然オッケーだよ、しかもユカちゃんを指名するとは流石だね。これで彼も良いお客さんになってくれるといいんだけど。」
「ね。じゃあ私も一旦席に戻るよ」
「はいはい、取り合えずごゆっくり。」
マスターに事情を話し終えた後に席に向かい、「おまたせ」と笑顔でソファーへと座ったその時だった。
「あ、杏癒ちゃん。おかえり。何呑む?」
「じゃあ焼酎のロックで。佐伯さんは?」
「それが……」
「ん?」
佐伯の手元を見るとウーロンハイが一杯あるのだが、彼はユカと話す気もなさそうにただウーロンハイを煽っているだけだった。
どうも、織坂一です。
日常パートに入ったとはいえ、まぁ今後話が進んでいく訳ですから、語り手の杏癒ではなく、徹底的に謎に包まれた佐伯を暴きに入ります。
もうこの時点で「お前この間の調子はどうした!?」となりますが、それは後後に分かってきます。
と言ってもこの佐伯自体偏屈なクール気取った変人がコンセプトなので、彼の事はまぁ変人と見てもらえれば、中々話も楽しめるかと思います。
では次をお楽しみに!




