1.嘯く暗闇の中で
陽の当たる場所に居たいと思った
ハイカラと言わずともどこでもいいから男女の恋仲宜しく手を繋いで陽の当たる場所で手を繋いで歩きたいとずっと思っていた。
時間は午前3時。行きつけのバーもそろそろお開きとなる頃、ただ光るだけの携帯の画面を見つめては画面にロックをかける。
「なんだい杏癒ちゃん、また返事を待ってんの?」
「別に」
頼んだ焼酎を飲み干して乱雑にカウンターにグラスを置いては伏せては呟く。
「……どうせ私なんか」
その様子を見て、端正な顔したマスターは慰めの言葉を掛ける訳でもなく、くすくすと笑っている。腹立たしいと見えるだろうが別段そうでもない。何時もの事だ。
「そうそう、杏癒ちゃん。原稿は終わった訳?」
「……さぁ?またどうにかなるんじゃない?」
「適当だなぁ」
半分苦笑しながらマスターは言うも私は何時もと変わらない様子で答える。
「どうせ売れもしないんだからさぁ、また追い込まれればやるでしょ。」
「俺は杏癒ちゃんの書く作品は好きだよ?追い込まれればって杏癒ちゃんの場合病まないと書けないんだろう?なら書くのは今じゃない?」
「そうかもね……帰って書くかぁ」
「それはいい努力だ」
「ってな訳でお勘定」
そう言っては長財布を鞄から取り出しては、そっとグラスの横に置かれた伝票を見て値段を確認した後に財布から万札を2枚程抜き取りマスターへと渡す。別段この店の料金と延長料と酒代を計算してもいいが、面倒故にここのマスターや働いている娘はそっと教えてくれるいい人ばかり。値段もそこそこ良いのでそれ故に通い詰めているのだが。そしてマスターは笑って言う。
「おあいそ様。気をつけて帰りなよ?」
店を出てはまず女は溜息を吐く。マスターと交わしていた締切前の原稿への不安と編集者からの煽りでは無く、もう1つだけ悩み事がある。
また現実に帰らなければならないのか、と。
別段女に帰る様な現実などない。寧ろ逆だ。現実よりもこっちの方が悩みの種と言うべきか再び携帯を取り出し、ロックを解除してはメールボックスを見るも通知は無し。
「もう寝てる、か……。」
それだけ確認するとバッグに携帯を仕舞い、帰路を辿る。きっと朝がくれば――なんて綺麗事は1つも言えない。否、言いたくもなかった。
初めまして、織坂一です。
新潮社様に応募したこの作品ですが、まず織坂一(もといこの時は奥多正でしたが……)の作品と掲載させてもらいました。
原稿用紙で換算すると230枚以上あったので、かなり長編になりますが、付き合っていただけると幸いです。
まだこの段階では「陽に当たりたいこの女が一体何者か?」までは分かりません。
そして彼女の関係性も不明ですが、たった1つのゴールまでどうたどり着くかというのをお楽しみ下さいませ。