転生したのでノーフォーク農法でウハウハしようとした結果
俺の名前はアーサー。転生者だ。前世の名前は伊勢花一糸。現代日本でトラックにひかれたと思ったら、記憶を引き継いだまま異世界に生まれ変わったのである。
ちなみにこのアーサーという名前だが、主人公らしい名前に見えるが実はそうでもない。というのも俺には弟が二人いて、それぞれヒールとヴァンというのだ。アーサー、ヒール、ヴァン。朝昼晩。ダジャレかよ!
そんな面白ネーム三兄弟の長男として生まれたわけだが、今生の家族はなかなかいい家族だった。アホカワイイ弟どももそうだし、父ちゃん母ちゃんは俺たちを養うために日々精を出して働いてくれている。
そんなすばらしい家に生まれた以上、そして記憶を引き継いで転生した以上、やるべきことがあると考えた。
そう、知識チートで成り上がるのだ!
幸いといおうかこの世界の文明レベルは中世とかそのあたり。チートの余地は多分にあるはずである。
そして俺には秘策があった。
ノーフォーク農法だ。
ノーフォーク農法とは生前世界の英国の一地方から広まった画期的な農法だ。土地の養分を多く消費する作物を毎年安定して収穫するために生み出された輪作と呼ばれる農業技術の中でも完成度が高く、休耕地がなく土地を無駄なく使える上牧畜も組み込まれているすばらしい農法である。
生前の俺はこの農法を予習していたのだ。
こんなこともあろうかと!
こんなことも! あろうかと!!
異世界に転生したときのために! 予習していたのである!!!
さて、ちょうどよく我が家は農家であった。
家業の手伝いができる歳に成長した俺は、早速ノーフォーク農法を導入するために動き出した。
これが成功すれば父ちゃん母ちゃんにもう少しいい暮らしをさせてあげることができるに違いないと信じて。ヴァンを口減らしの為に人買いに売らなくてもよくなると信じて。
「って水田で稲育ててるじゃねえか!」
クソ! いつも麦ばっか食わされてたから気付かなかった!
水田! 稲! どっちも存在自体チートのようなものである。
水田は豊富な水がある環境でしか成立しない農法で、恐ろしいことに連作障害がほぼ発生しないという特長がある。
稲、つまり米は小麦大麦なんかとは比較にならない生産効率を誇る植物だ。麦は一粒植えたのが数倍になるのだが米は十数倍から数十倍に増えるのだ。(もちろん肥料や環境、品種にもよる)
要するに。
「ノーフォーク農法の出る幕がねえじゃん!!!」
俺は地面に膝と両手をついて慟哭した。orz
俺の感じている絶望は深かった。orz
なぜかというと、麦ばっか食わされてたからだ。
家で米作ってるのに米を食ったことがなかったからだ。
農家の人間が自分とこで作ってるはずの米を食えない。これがなにを意味するか。
それはつまりそれだけ税が重いということであり。
自前で食べられないほど生活が圧迫されているということであろう。
裏作で作っている麦しか食べられないほどである。
同時に米に商品価値があるということでもあるが。
「チクショオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
「アーサーちゃんどうしたの? だいじょうぶ?」
絶望に打ち震え天に向かって吠えていると隣に住むいっこ上のベルフラウちゃん(5歳)がやってきて頭を撫でてくれたのだった。
数か月ほど幼女に甘やかされることでやる気を取り戻した。
チートの種はまだ残っているのだ。できることはある。気を取り直した俺は新たな知識チートの準備を始めた。
次なるチートは皆さんご存知、千歯こきである。小学校の社会の授業でならったあれだ。中学校でも習った。
それでも一応説明しておくと、千歯こきは江戸時代に開発され広まった脱穀農機具だ。でっかい櫛みたいな形状の道具で、髪をすくのではなく、穂がついた稲を通すことで藁と籾を分離する道具である。
実は脱穀というのはもともと結構な手間がかかる作業である。考えてみてほしい。ごはん一膳にどれくらい米粒があるか。
稲の一本一本に何粒の米がなるかかというのは先にのべた。十数粒から数十粒である。
一粒ずつ取り外していくなんてことはやってられない。いや、可能不可能で言えば可能だが、実際的に時間の無駄だ。
木に叩きつけるとか、箸みたいな道具で挟んで引っ張るとか、木の棒でぶん殴るとかいった方法で脱穀をしていた。それでもひどく時間がかかる作業であったのだ。
しかし千歯こきの登場で、一気にかかる労力が低下した。
えいやと引っ張るだけで脱穀が出来、叩いたりするのと違って米粒がどっかに飛んでいくことも比較的少なくなった。
これにより農民は別の作業に時間をさけるようになったというわけだ。
構造はほとんどアイデア商品に近いもので、それなりの技術があれば作ることができるだろうものであり、俺は鍛冶屋のおっちゃんを説得して作ってもらうつもりであった。
便利なものなら価値がつき商品化できるだろう。もちろん構造が簡易な分すぐに真似されるだろうが、それでもうちを含む農家の皆さんの労働力を他に振ることができるならば、回りまわって生活が楽になることだろう。
そう信じていた。
「ああ、やりたいことはわかったが、そりゃあだめだな」
千歯こきについての説明を聞いた鍛冶屋のおっちゃんはあっさりそう言った。
どういうことかというと――。
「【脱穀】」「【だっこく】」「【だっこくぅ】!」
「クソッ! 魔法かよ!!!」
――この世界には脱穀の魔法が存在したのである!
しかも、女子供みんな当たり前に使えたのだ!
体力のある大人の男が稲をまとめて、運ぶ役を受け持ち、女子供が魔法で脱穀するのである。
当然俺も教え込まれた。
簡単に覚えることができた。超便利。
「チクショオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
俺はまたorzした。
天に向かって吠えた。
ベルフラウちゃんが心配して頭を撫でてくれた。泣ける。
それでも俺は知識チートをあきらめない。
ベルフラウちゃんが慰めてくれたからな。
俺はきっと、知識チートで成り上がり、父ちゃん母ちゃんが楽できるようにしてみせる。そしてかわいい嫁さんをもらって幸せに暮らしてみせる。
俺たちの知識チートはこれからだ!




