074 - hacker.observe();
パールの事は父親がどうにかするという事だったので、僕はその場を辞去してオフィスへと戻った。待ち受けていたボスに活躍を労われ、夕飯を食べながらシィに子供塾でやった事を聞き、食後にバレットの毛づくろいをしてやっていると、あっという間に夜も更けていった。
今日は来ないかな、と思った頃に『それ』はやってきた。
『ピコーン!』
突然の音が部屋に鳴り響く。オフィスのソファでくつろいでいた僕は、ついに来たか、と飛び起きた。
「な、なんだ今の音は?」
同じくオフィスの定位置であるチェアに腰掛けていたボスは驚きの声をあげる。当然ながら、シィはすでに別の部屋で就寝しているため、この場にはいない。
「ほら、ボスに話したアレですよ。治療マギサービスの裏口に仕掛けた『罠』です」
「ああ……まさか、本当に仕掛けたとは……」
「さて、どうなってるかな……?」
僕はマギデバイスを取り出して呪文を唱える。するとスクリーンが開かれ、そこにはとある場所の状況が映し出されていた。
「あはは、驚いてる驚いてる」
「な、なんだかバンペイ……性格が変わってないか?」
「そうですかね?」
だとすれば、それは僕が『技術を悪用する者』にどうしても良い感情をもてないからだろう。
スクリーンの中に映しだされていたのは、黒い壁に囲まれた一室。その中に青年が一人いて、キョロキョロと辺りを見回している。
青年はまだ十代後半程度に見える。予想よりも若いが、教皇と違って小人族というわけではなさそうだ。よく見れば耳がとがっているのでエルフ族だと思われる。だらしなく金髪と無精ヒゲを伸ばしており、長い前髪で目元がほとんど隠されている。長身だが、手足が細くヒョロっとしているのでバランスは良くない。
「また随分と若いですね……」
「ふむ。まあ、私は予想の範疇だったな。あんな事件を起こせるのは、よほどの強い動機を持った厄介者か、そうでなければ何も考えていない想像力の欠けた馬鹿者というのが相場だ」
どうやらボスは彼が後者の『想像力の欠けた馬鹿者』だと考えているらしい。
その彼が今いる『黒い壁に囲まれた一室』とは、何を隠そう、僕が作り上げた『マギゲーム』内のスタート地点だ。マギアカデミーで特別教師として授業を受け持った時、ゲーム形式で授業ができないかと考案したものだった。
僕が仕掛けた『罠』とは、ある意味ではハニーポットよりももっとひどいシロモノだった。何しろ、治療マギサービスの裏口にアクセスした人物を無差別でマギゲームの空間に転移させてしまうというものだからだ。
接続してきたマギデバイスの識別、そして所有者のマギフィンガープリントの取得は難しくない。そこから、接続してきたマギデバイスの所有者を転移させる事も可能なのだ。それを思いつき、どこに転移させようか考えた時、ハニーポットの『攻撃者の観察』という目的を思い出した。その目的に一番ふさわしいのが、僕の作った『マギゲーム』だったのだ。
何しろ生徒達への授業のために作ったものである。安全面は考慮しているから誤って負傷させる事もないし、マギの実力の測定もバッチリである。観察という意味では、これほどふさわしい場所もない。
「マギゲームか……あの時はスクイー君と二人で挑戦したのだったな」
「ええ。ボスはあんまり役に立ってませんでしたが……」
「な、なにをいう! あれは問題が難しすぎたのだ! 本当にあれが初級コースだったのか? 実は上級コースと間違えていたのではないか?」
ボスは抗議しているがそれはありえない。それほど初級コースと上級コースの難易度は異なる。しかし、そんな上級コースもパールを含めたクリア者を出してしまったが。
「お、どうやら問題文に気づいたみたいですね」
「ふむ……どうせ無理だろう。音を上げるに違いない」
スタート地点に置かれた問題文は、マギゲームを始めた時から変わらない。素敵なパーソナルアシスタント『シールイ』とのマギランゲージによる問答だ。中身は単純なAIだが、ひそかにバージョンアップを繰り返して、なかなか凝った受け答えをするようになっている。
スクリーンの中の青年はしばし考えた様子だが、手に持っていたマギデバイスをシールイに差し向ける。正解だ。シールイとの会話はマギデバイスでしか行えない。
「ふん。なかなか頭の回転は悪くないようだな」
気に食わない相手をなかなか認めようとしないのはボスの悪いところである。僕はこの時点ですでに先入観を捨て去っていた。青年がマギデバイスを操る手には迷いが見られない。恐らく、彼はかなりデキるに違いない。
僕の予想通り、彼はあっという間に第一関門のシールイを突破してみせた。初見にしてはタイムは圧倒的である。少なくとも初見時の生徒達とは比べ物にならない。
第一関門から先は、その者の実力に合わせたコースへと転送されるようになっている。以前は使われたコードの長さに応じて分岐していたが、今はもう少し複雑なチェックを行なうようになっているのだ。
だが、彼の書いたコードはそれらのチェック項目をどれもやすやすとクリアし、上級の更に上、パール達実力者のために用意した『超上級コース』へと転送されるものだった。このコースはパール達ですら苦戦しており、未だにクリアはできていないという厳しいものだ。
「このコードは……」
青年が第一関門のために書いたコードを確認し、僕は絶句した。
「む、やけに短いが……」
「はい。無駄の一切ないコードと言っていいでしょう。以前のパールと同じように、やや『やり過ぎ』ではありますが、生徒達のお手本にできるほどですね」
「そ、それほどか……」
これで青年の実力の一端を理解できた。少なくとも現在のマギエンジニアの間で『当たり前』とされる書き方を避けている。それだけで、僕にとっては十分に興味を惹かれる対象であった。
「第二関門はコードの短さだけでは突破できないですが……」
超上級コースの第二関門は、生徒の問題解決能力を測るためのものだ。与えられた問題に対して、適切なプログラムを作成する。しかし、この問題というのが非常にいやらしくできており、力技では絶対に解く事ができないようになっている。複数のアルゴリズムを組み合わせる必要があるのだ。
少なくとも、地球の情報工学の基礎程度は学んでいなければ難しい問題。そのはずだった。
「お、おい……何だかスラスラと書いていないか?」
「いや、まだ試行錯誤をしているようですね。さすがに一発で解く事は難しいようですが……」
その試行錯誤のスピードも速い。アルゴリズムというものは、数学の公式が1から導出できるのと同じように、やろうと思えば1から組み立てる事もできる。もちろん知っていた方が早いのは当たり前だが、知らなくても絶対に解けない問題というわけではないのだ。
彼はどうやらそのアルゴリズムの組み立てを試みているようだった。マギランゲージを目まぐるしく書き換えながら、予想と結果からコードを修正していく。徐々に、徐々に、正解へと近づいていく。
この時点で僕は、彼のマギエンジニアとしての実力は、パール達よりも上であるとみなした。先ほどパールの父親に『パールは出会った中で最高のマギエンジニア』と言ったばかりなのに、あっという間にランキングが書き換わってしまった。感激していたパールには悪いのだが。
「あ、正解ですね」
「ぬう……。な、なかなか、やるじゃないか」
ボスは余裕の笑みを装っているが、ピクピクと頬がひきつっている。
またしても提出されたコードを確認するが、やはり今度も無駄のほとんど無いコードだった。アルゴリズムを知らないためか、若干まわりくどい部分や複雑な書き方をしているが、やっている事は大きく変わらない。つまり、教えられる事もなく1からアルゴリズムを組み立ててみせたのだ。
第二関門の課題である問題解決能力としては十分以上に及第点だと言える。これがパール達なら良かったのだが。
もはや青年の実力は疑うまでもない。
その後も第三関門、第四関門と用意していた問題は多少手こずりながらも突破してみせ、いまだにクリア者のいなかった超上級コースは、驚くべきタイムでクリアされたのだった。
最後にはボスも腕を組んで「デキる奴だと思っていたのだ」とうなずいていた。
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パチパチパチ。
手を叩く音に、ボーッと立っていた青年はビクリと反応して、ゆっくりと振り返る。
「クリアおめでとう。君はマギゲームの超上級コース、初のクリア者だ」
「…………」
僕の言葉に、青年は何も返さない。目元が前髪で隠されていて、何を考えているのかはわからない。
マギゲーム超上級コースのゴール地点、そこに彼は佇んでいた。最初は次の問題がないかキョロキョロと探していたが、見つからないとなるとボーッと立っているだけだったのだ。
僕は転移のマギで彼の背後へと転移した。ボスを連れてくると話がややこしくなりそうだったので連れてきていない。というのは建前で、本当はボスを危険な目に合わせたくないからだ。青年がマギを使って抵抗する可能性もある。
「どうして君ほどの実力を持ったマギエンジニアが、あんな事をしたんだい?」
「…………あんな、事?」
青年がポツリと聞き返してくる。背の割には思ったよりも高い声だ。しかし、その声はどこかぎこちない。妙な既視感を覚えつつ、僕は続ける。
「治療マギサービスのマギフィンガープリントを登録する裏口を悪用して、空のマギフィンガープリントを登録したのは君だろう? おかげで治療マギサービスが停止して多くの人が苦しんだんだ」
「…………」
僕が説明するも、青年はどこか上の空だ。
「どうして、あんな事をしたんだい?」
「……ためし、たかった、から」
「え? ……試したかった?」
「コード、みて。みつけた、から。どうなるか、ためしたかった」
青年の答えを要約するならこうだ。彼は何らかの理由で治療マギサービスのソースコードを目にする機会があった。そしてその時に、裏口であるマギフィンガープリント登録口と、そこで空データのチェックが行われていない事に気がついたのだろう。
そして青年は、空データがあるとどうなるか、試したかった。
「じゃ、じゃあ、君は、試したかったからといって、あんな事態を引き起こしたのかい?」
「……うん」
あれほどの頭の回転を見せた青年だ。恐らく僕が言っている事を理解しているだろう。彼が行なった事で、多くの人が苦しんだ事を理解したはずだ。それにも関わらず、彼には罪悪感を感じている様子はない。ただただ、こちらの問いにぎこちなく答えるだけだ。
「ねぇ」
呆気にとられていると、今度は青年の方から話しかけてきた。
「これ、おもしろ、かった……。もっと、ないの?」
「これ? ああ、マギゲームの事か。ごめんね、ここでお終いだよ」
「…………なんだ」
青年はつまらなそうに唇をつきだす。妙に仕草が子供っぽい。
どうやらマギゲームがお気に召したらしい。問題を解いている彼の様子は淡々としたように感じられたが、実は内心で楽しんでいたようだ。問題作成者としては喜んでいいのか複雑な気分である。
「とにかく、僕は君を捕まえて、教会の教皇とシスターの前に連れて行かなくちゃいけないんだ。今回の件で君が行なった事をきちんと理解して、償ってほしい」
「……つかま、える?」
「うん。悪いけど、大人しく付いてきてくれるかな?」
「やだ」
予想できていたが、青年はこちらの言う事を大人しく聞いてくれるような性格ではないようだ。
本来なら警察隊を呼ぶべきところだが、マギゲームの中に呼び出すのは時間がかかるだろう。この青年の動きは予想できない。もしかしたらマギゲームの空間を出て逃げてしまうかもしれない。
「そっか。じゃあ、仕方ない。少し痛いかもしれないけど、我慢してね」
だから仕方なく、僕が直接捕まえる事にする。
「おいかけっこ? ……いいよ」
僕がマギデバイスを取り出すと、青年もマギデバイスを取り出した。
どうやら、彼と『おいかけっこ』をするハメになったようだ。




