068 - hacker.hesitate();
結局、教会の治療マギサービスについては特に何もしないでおこうと決めた。
ボスは残念そうだったが、ボスの夢を叶えるなら他にも方法がある。例えば――。
「治療マギサービスを作る、だと?」
「ええ。といっても、既存の治療マギサービスと完全に同じ物を作るのは難しいでしょう。ですが、簡単な傷を治すぐらいなら再現できるかもしれません」
「ほう! それはすごいな!」
ボスは僕の提案に興奮気味に応じる。
「教会の治療マギサービスだと小さな傷でも大きな怪我でも一律同じ金額だからな。高額な利用料を考えると、小さな傷に使うのは躊躇してしまうものだ。小さな傷に使える安価なマギサービスがあれば、この状況は改善できる。裕福でない人達でも利用できるとなればなおさらだな!」
「え、えーと。まだ本当にできるかどうかわかりませんよ。でも、そうできたらいいですね」
どうやらボスは大いに期待をよせているようだ。もしかしたら話すのは再現の目処がついてからの方がよかったかもしれない。ここまで期待させておいて、できないとなったら落胆も大きくなるだろう。だが、夢から遠のいたと落ち込むボスを見ていられなかったのだ。
「ただ、仮に再現できたとして、それを提供するにも色々と問題がありますね」
「うむ。確かそれについては、会社の方針を決めた時に話し合ったな」
「ああ、そうでしたね。えーと、確かメモがあったはずです」
そう言ってマギデバイスに保存されているメモから『検索』する。やはりデータベースは仕事をする上で非常に役立つな。あっという間に目的のメモを見つける事ができた。
メモを見ていると話し合った時の事を思い出す。あの頃はまだボスと出会ったばかりで、お互いの距離感を測りながら話していた。僕の気弱な部分を個性として認めてくれた彼女には感謝してもしたりない。今は別の意味で距離感を測りかねているが、きっといつか収束すると思いたい。
メモには大項目として「方針1.模倣して安価提供」「方針2.新規サービスで知名度を上げる」という2つが書かれている。この時の僕達はまだ電話マギサービスを開発する前で、方針が固まっていなかった頃だ。
この時の結論としては、まずは知名度を上げてちょっとやそっとでは揺るがない信頼を得る、という事で方針2の新規サービス、つまり電話マギサービスの新規開発を行なったのだった。
だが今の僕達は電話マギサービスの提供と利用拡大、さらに円卓議員や王様からも認められたことで『信頼』という意味では十分だと言える。そろそろ次のステップに移っても良い時間なのかもしれない。
方針1、つまり「模倣による安価提供」のハードルとしては「完全再現の難しさ」「模倣という行為に対するイメージの悪さ」「法律的な制約」そして「既得権益者からの反発」というものがあった。
法律的な制約については特許権や著作権、この国では「発明保護法」「創作保護法」と呼ばれているらしいが、公共性の高いマギサービスには適用されないという特例があるらしい。コードの著作権は存在しているだろうが、別にコードまで真似するわけではないので問題ない。
やはり一番の問題は「既得権益者からの反発」だろう。僕達が安価な治療マギサービスを提供する事に対して、教会がどう反応するのかわからない。最悪、中世の異端審問官のような人が突然やってきて、僕達に危害を加えようとするという事も考えられる。
教会については、ボスに聞いてみるのが一番早そうだ。
「僕達が治療マギサービスを提供したとして、教会はどう反応するでしょう? 僕達が異端者であるとして弾劾を受けるハメになったりしないでしょうか?」
「いや、そのような動きはないだろう。そもそもリンター教は来る者は拒まず去る者は追わずというのが原則だ。自分たちの教えに反するからといって相手をむやみに弾劾したりする事はない。柔軟な教義と押し付けがましくない布教が、これほどまでに広く支持されている一因だからな。しかし、治療マギサービスの模倣というのは今まで例になかった事だから、どう反応するかは正直わからん」
「うーん、直接的な手段に出てこなければ良いのですが……」
だが、そんな僕の心配は、完全な杞憂に終わるのだった。
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「失礼いたしますね」
そう言って、オフィスに突然やってきたのはシスター・エイダその人だった。僕は治療マギサービスの再現を試みており、スクリーンを広げて格闘していたところだ。オフィスには他にインターンとして手伝いに来ていた学生のパールがいた。
パールは大きな黒縁のメガネが特徴の女の子で、ツインテールにしたライトブラウンの髪がピョンピョンと跳ねているのが印象的である。マギランゲージが大好物で、地球にいれば「理系女子」として持て囃されそうな変わり者である。なぜか僕に弟子入りを志願したため、僕の事を『師匠』と呼んだりする。
唐突にオフィスの玄関を開いて入ってきたシスター・エイダに目を白黒とさせている。かくいう僕も非常に驚いていた。今日は訪問を受ける約束もしていないはずだ。
「お、お久しぶりです、シスター・エイダ。突然どうされたのですか?」
「申し訳ありません。なにぶん、急いでいたものですから……。ええと、こちらの方は?」
「あっ、あの、はじめまして、パール=モンガーといいますっ! 学生の身ですが、こちらでお手伝いをしています!」
「そうでしたか。初めまして、私はシスター・エイダと申します。この良き出会いに感謝を」
「こ、これはご丁寧に……」
なぜかパールとゆったりと挨拶しあっている。パールはあまり教会のシスターという存在に慣れていないのか、なにやら挙動不審である。親近感を感じる反応だ。
「えーと、シスター? 何かお急ぎのご用があったのでは?」
「あら? ああ、そうなのです。どうしても、バンペイさんのお力をお借りしたくなりまして」
「はぁ、何でしょうか?」
急いでいるという割には、あまり焦った様子は見られない。いや、これは単にシスター・エイダがマイペースなだけだろう。年配の女性特有のテンポでゆっくりと話すため、聞いているこちらまで何だかテンポがゆっくりになる。
しかし、シスターの話した内容は、そんな穏やかなテンポで話してよい内容ではなかった。
「ええっ!? 教会の治療マギサービスが止まってしまったんですか!?」
「はい……。幸いまだ死人はでておりませんが、もし今の状態で大きな怪我や急病の患者が運ばれてきても、治療マギサービスで治す事はできません」
「それは一大事じゃないですか!」
「そうなのです。停止してからそろそろ一時間、私どもが雇っているマギエンジニアと、先日のコンペで選ばれたマギスター社が解決に当っていますが、いまだに解決の目処は立っていない状況です」
シスター・エイダは深刻そうな様子で状況を語った。
治療マギサービスの停止。それは非常に影響の大きな問題だ。治療マギサービスのおかげで命を救われた人が多いという事は、裏を返せば治療マギサービスがなければ死んでいた人も多いのだ。
「先日のコンペで落選させておいて、虫のいいことを言っているのはわかっております。ですが、無理を承知でお願いいたします。どうか、治療マギサービスの復旧をお手伝いして頂く事はできないでしょうか?」
「…………」
深々と腰を曲げて頭を下げてくるシスター・エイダ。ここでイエスと答えるのは簡単だ。なにしろ人命がかかっているのだから、道義的にも助けるべきだろう。例え先日のコンペで選ばれなかったとしても、だ。
だが、仮に復旧を手伝ったとして、そうなると必然的に治療マギサービスの中身を目にする事になるだろう。もし中身を見ていなかったと主張したところで、見る機会があったと言われればそれまでだ。
つまり「模倣」が「盗用」になってしまう。
著作権に似た「創作保護法」があるこの王国、いくら公共性の高いマギサービスといえど、ソースコードの盗用は問題になる。僕達がいくらオリジナルだと主張したところで、受け入れられないかもしれない。
もしこの話を引き受ければ、恐らく治療マギサービスの模倣サービスを提供する事は難しくなるだろう。無事に復旧したからといって利用料が下がるわけでもないから、ボスの「万人に利用できるマギサービス」という夢からは大きく遠のく事になる。会社にとっても、「盗用」というスキャンダルは致命的だ。
ここに来て僕は、ビジネス上の判断と、道義上の判断、どちらを優先させるか、という問題にぶつかったのである。普段の僕なら即座に道義を優先するところだが、夢に近づく事を喜ぶボスの顔が脳裏でちらついて離れない。
「……師匠?」
横で話を聞いていたパールは、僕が即座にうなずくものだと思ったのだろう。不思議そうな顔で僕のことを見てくる。
「……シスター、話をお受けする前にお聞きしたい事があります」
「はい、何でしょうか? 私にわかる事なら何でもお答えいたします」
「教会は、治療マギサービスを高額な利用料で提供していますね? 話によれば『お布施』としての意味もあるとの事でしたが、リンター教の信者であろうとなかろうと、お布施を強制的に徴収しているような状態になっているのが現状です」
「……はい。そうですね」
「マギサービスの運用には確かにお金が必要ですが、治療マギサービスの利用料は明らかにそれを大きく上回り、莫大な利益を出しているはずです。この利益は、一体どのように使われているのでしょう?」
僕の核心的な問いに対し、シスター・エイダは口ごもる。
「何でもお答えして頂けるというお話でしたよね?」
「……マギサービスの利益は、教会内部の人間に分配されています。身分の高い者ほど多く受け取る事になっております。私も幾分か受け取っております」
「それはお布施として受け取ったもの以上の金額ですよね?」
「……そうです」
ボスの「教会上層部が私腹を肥やすために使われている」という推測は正しかったのだ。シスター・エイダ自身も教会内部ではかなりの地位にいるはずなので、受け取っている金額も大きいはずだ。
その一部を使って裕福でない人たちに無償で治療マギサービスを施す。確かに聞こえが良いが、言ってみればマッチポンプにすぎない。最初から治療マギサービスが安ければ、大部分の人たちは自分で治療できたのだから。
もちろんそれでも利益を還元しようとしない他の教会関係者に比べれば随分とマシなのだが、この事実が公表されればリンター教の信者は大きく数を減らす事は間違いない。なにせ教会は「利益は信者のために役立てている」とうそぶいていたのだから。
「利用料を下げる事はできないのでしょうか?」
「……申し訳ありません。私の一存ではどうする事もできないのです。教会内部の者のほとんどは、治療マギサービスの利益を享受する現状を当たり前としています。利用料を下げるとなれば、反対の声が大きいでしょう」
「ですが、シスターは教会内でも高い地位におられますね? あなたが変えようと声を上げれば、ついてくる人もいるのでは?」
「…………」
僕の詰問に近い問いに対して、シスターは黙りこんでしまった。何か事情があるのかもしれない。
「師匠! どうして引き受けてあげないんですか!? 師匠ならパパッと解決できちゃうでしょう!」
「パール……」
「私の好きな師匠は……好きな師匠は、どんな難しい事でも、どんなありえない事でも、平気な顔してパパッと解決しちゃう人です! いっつも気が弱そうだけど、ハッキリと強い意思を持っていて、人助けのためなら見返りを求めたりしない人です!」
パールはメガネで拡大された大きな目を潤ませながら、僕に理想の師匠像を語る。だが、僕は彼女の言うようなできた人間ではない。いつだって悩んだり怒ったりする、ただの一人の人間なのだ。
「ルビィさんなら……ルビィさんなら、きっとすぐにウンって言ったはずです!」
ボスなら。
あの人なら、なんて言うだろう。
いくら自分の夢が遠のくからといって、目の前で困っている人がいれば。
そうか。
「……ごめん、パール。確かにボスならきっと、こう言うはずだよね」
頭に自信満々の顔をした赤い髪の女性を思い浮かべながら、口にする。
『やるぞ、バンペイ! 困っている人を見捨てられるものか! 私の夢なら、どんなに時間がかかっても叶えてみせるさ!』
くしくもそれは、電話して事情を話した時、ボスが口にしたのと同じ言葉だった。




