067 - hacker.see(winner);
「――です。以上で、我が社からのご提案を終わります。ご清聴ありがとうございました」
大勢の聴衆に囲まれた中、男性が一礼する。しかし、聴衆の反応は芳しくなかった。「ふーん」といわんばかりの、興味のなさそうな顔ばかりが並んでいる。男性は肩を落としてトボトボと自席に戻っていった。
「ふふん。どこもあの程度の内容なら、我が社の勝ちは揺るぎないな!」
「えぇ、まあ……。まだ、何社も残ってるんですから、油断できませんけどね」
こそこそと小声で話しかけてきたボスにそう返すと、ボスは腕を組んでウムウムとうなずいた。
僕達が今いるのは、まさしく教会の治療マギサービス刷新に向けたコンペの場である。コンペに参加する企業がそれぞれ自社の提案内容をプレゼンとして発表しあっているのだ。王都の中央にある巨大な教会、その中の一室に参加している各企業の関係者が集められている。
中央に発表者用の壇があり、その周りを放射状に席が囲っている、大学の講義に使われるような大きな部屋である。恐らく神学の講義などにも用いられるのだろう。壁や柱には細かい装飾がされており、いかにもお金が掛かっていそうな設備だ。
発表を聞いているのはもちろん僕達のような同業者だけではなく、教会関係者も同席している。先日と同じく黒いローブをまとったシスター・エイダの姿も見受けられるし、他にも同様の黒いローブをまとった人達がつまらなそうな顔をして座っている。どうやら、シスター・エイダを除いて発表を熱心に聞いている人は少ないようだ。
「それでは、次の発表者は、えー、『マギシード・コーポレーション』の方、お願いします」
司会の男性が手元のカンペを見ながら僕達の会社の名前を呼んだ。
「はい!」
ボスが元気よく返事して立ち上がる。今までの発表者は全員が男性だったためか、女性であるボスの声に「おっ」と反応した教会関係者が多い。
そして同業者たちもまた、僕達のいる席へ鋭い視線を送ってくる。革新的な電話マギサービスの登場はマギサービス業界に大きな波紋を呼んだという。どうやら警戒されているようだ。「あれがあの……」という声がそこかしこから聞こえてきた。
なぜか発表者で社長であるボスよりも、席に座ったままの僕の方が注目を集めている気がするのは気のせいだと思いたい。
ボスは颯爽と歩きながら登壇すると、ゴホンと咳をひとつして、マギデバイスを構える。
「【コール・プレゼンテーション】」
すると、パッと白いスクリーン、それもちょっとした映画館のような大きなスクリーンがボスの背後に突如として現れる。聴衆がざわりと反応した。
スクリーンには『治療マギサービスの刷新におけるマギシード・コーポレーションからのご提案』という題が大きく表示されていた。
そう、これは僕が作ったプレゼン用のマギだ。地球ではおなじみのスライド作成用のソフトウェアがあるが、それを一部再現してみたのである。
これまでの発表方法といえば資料を配ってあとは口頭で説明するというスタイルだったため、聴衆の興味を惹きつけ続けるのは難しかった。マギによるプレゼンはインパクトが大きいはずだ。
ボスと話しあいながら、検討に検討を重ねた提案内容。マギを使った効果的なプレゼン。
あとは、ボスの発表がうまくいく事を祈るばかりである。
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今回のシステム刷新に当たって主に提案したのは、徹底的な自動化とそれによるコスト削減である。電話マギサービスのバックエンド、つまり管理システムの大部分が流用できるので、開発期間もコストも大幅に削減できる。再利用できるように作ったかいがあったというわけだ。
シスター・エイダから聞いた話だけではいかんせん範囲が曖昧なままだったため、肝心の治療マギサービスの中身については踏み込んでいない。どうやらそれは正解だったようで、他の企業の提案もマギサービス利用者の管理をしやすくするシステムがメインだった。ただし、うちの提案に比べると二段も三段も見劣りするのは、決して手前味噌ではないはずだ。
本当は治療マギサービスの中身も改修したいところだが、さすがに肝の部分であり、教会の飯の種でもある治療方法を他社の人間に見せてくれるはずがない。恐らく、治療マギサービスの中身はブラックボックス扱いしたままで周りのシステムを刷新していくことになるだろう。
結論から言えば、ボスによるプレゼンはこれ以上ないほどの成功だと言えた。
提案内容自体もさる事ながら、ボスの見事なプレゼン術が冴えに冴えていたのだ。説明が続いて飽きてくる頃の絶妙なタイミングで実演を入れたり、途中途中で聴衆に質問を投げかけたりと、とにかく聴衆の興味をとらえて離さない。
以前ボスは『円卓議会』と呼ばれる王様直属の議会の場で、議員達を相手に電話マギサービスのプレゼンをした事があった。あいにく僕は見ていなかったのだが、それは見事なプレゼンだったらしく、プレゼンに感動した議員達の影響で電話マギサービスの利用者数が大いに増加したのだ。
どうやらボスはこういった人前で話す事にかけてはピカイチの才能を持っているらしい。マギフェスティバルでの実況といい、地球にいたら売れっ子のアナウンサーになっていたかもしれない。まあ、普段のキャラがアレすぎるので厳しいかもしれないが。
「私の発表は大いに聴衆を沸かせていた……」
「ええ」
「教会関係者達も、間違いなく私の発表に一番興味をもっていたようだった……」
「そうですね」
「提案した内容だって、どこよりも優れていると自信を持って言える……」
「はい」
「なのに、なぜだ!」
ドン、とボスが机を叩く。
彼女の怒りは無理もない。確かに僕達のプレゼンは頭一つ抜けていたし、提案内容に関してもまともに比較すれば相手になる企業など存在しなかったはずだ。
しかし、コンペの勝者として選ばれなかった。
あくる日、コンペの結果が書かれた手紙がオフィスに配達されてきた。そこには、他の企業がコンペの勝者として選ばれた事が書かれていたのだ。
「なぜかはわかりません……わかりませんが、きっと理由があるのでしょう。僕達の提案ではダメだったのか、それとも選ばれた企業の提案が優れていたのか」
「しかし! 選ばれた『マギスター・コンストラクション』とかいう企業の提案はいたって平凡なものだったはずだ! 私だって馬鹿ではない。きちんと他の企業の提案も聞いていた!」
「確かマギスター社の発表は、やたらとわかりづらい言葉を使っていて、理解させる気が全くないようなひどいプレゼンだったと思います。提案の中身も具体的な内容がほとんどなくて、結局なにが作られるのかもよくわからなかったですし……」
あの発表はひどかった。発表者が「弊社はイノベーティブなソリューションへのコミットメントをお約束します。弊社と御社とでシナジーを形成し、未来のビジョンをシェアする事で、ウィンウィンの関係を築きましょう」と言った時、よくわからないが悪寒が走った。
発表者はバリバリと仕事ができそうなエリートサラリーマンのような見た目だっただけに、その落差には愕然としたのだ。いや、ある意味では見た目通りと言うべきかもしれないが。
「くっ! あんなプレゼンに負けるなんて……!」
ボスは地団駄を踏みながら悔しがっている。どうやら相当腹に据えかねるようだ。確かに、あれほどまでに力を入れた提案だったというのに、箸にも棒にもかからないというのは釈然としない。
「ですが、選ばれなかったものは仕方ないですよ……。いくら文句を言ったって、結果が覆るわけでもないでしょうし。僕も悔しいですけど、この悔しさは別の仕事に向ける事にします」
「ぐぬぬ……。それはわかっているが……せめて、選ばれなかった理由でも聞かなければ収まりがつかん! よし、シスター・エイダに話を伺いに行くぞ!」
「ええっ? で、ですが、いきなり行っても門前払いされるだけではないですか?」
「いや、シスターは毎日決まった時間に信者たちの話を聞いて人助けをする習慣がおありになったはずだ。迷える信者たちに救いを与えるのが私の使命なのだと仰られてな」
「それはまた……なんというか、本当に聖人みたいな方ですね」
「うむ。シスター・エイダほどの方であれば、死後は間違いなく聖人として認定されるだろう。リンター教で認められた聖人はそう多くないがな」
リンター教にも聖人認定があるのか。どのような基準なのかはわからないが、少なくともシスター・エイダは教会内でも一目置かれている、かなり特別な地位にいると考えてよさそうだ。
もちろん地位があるからといって、その彼女からコンペ参加を依頼された僕達が選ばれるとは限らないだろう。しかし、彼女であれば何か事情を知っているかもしれない。
「とにかく、今の時間なら、行ってちょっとお話を伺う事ぐらいはできるはずだ。信者たちとの話を邪魔してはいけないが、それが終わった後なら多少時間をもらえるかもしれない」
「うーん、ちゃんと連絡した方がいいと思いますが……わかりました。行ってみましょう」
こうして、僕達はシスター・エイダが普段いるという教会の礼拝堂へと足を運ぶ事にした。
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「申し訳ありませんでした」
そう言って、シスター・エイダは相変わらずピシリと姿勢よく頭を下げてくる。かえってこちらが恐縮してしまうほどの見事な謝罪だった。
ボスの話通り、礼拝堂ではシスター・エイダが信者たちを相手に説教しているところだった。説教と言っても叱っているわけではなく、教えを説く方の説教である。どうやら個別の相手はまた時間をとってするらしい。人助けへの熱意に頭が下がる思いである。
説教が終わってから僕達が話しかけると、シスター・エイダは冒頭の見事な謝罪を見せたのだった。
「い、いえ、どうか頭を上げてください。僕達は理由が聞きたかっただけなのです」
「え、ええ。シスターが謝ることなど何もありません」
さすがのボスもタジタジである。これがもしシスターの作戦だとしたら、見事な先制だというほかない。
「いいえ、やはり謝らせてください。あなた達には申し訳ない事となってしまいました。私といたしましては、あなた方のご提案が一番のものと感じたのですが……」
「しかし、そう感じなかった人が多かった、という事ですか?」
「ええ……。最終的には教会のものによる投票で決める事となっていました。しかし、蓋を開けてみれば、『マギスター・コンストラクション』が他を大きく引き離して選ばれたのです。あなた方は二位となっておりましたね」
「それは……こう言っては僻みのように感じられるかもしれませんが、マギスター社の提案は決して万人が理解できるものではなかったと思います。それに確かに一見素晴らしい事だらけの内容を謳っていますが、都合の良い事ばかりを書いているとも言えますし」
「そうですね。仰る通りです。少なくとも私はさっぱり理解できませんでしたし……」
どうやらマギスター社が選ばれたのは投票の結果によるもので、シスター・エイダは結果をどうこうできる立場ではなかったらしい。公平な選出方法なので、僕達が文句をつけるのも難しい。
「投票で不正が行われた可能性はないのでしょうか?」
「そうですね……教会内部にそのようなものがいるとは信じたくはありませんが、その可能性もあるでしょう。ただ、投票結果の開封は関係者数人によって行われましたが、その中には私が信用できる者も混ざっていました。かの者の目をかいくぐって結果を操作するというのは難しいかと思います」
「なるほど……」
しかし、いくらシスターから話を聞いたところで、もう一度投票が行われるわけでもあるまいし、すでに出ている結果がひっくり返るとも思えない。仮に投票で不正が行われたのだとしても、今更それを証明する事は難しいだろう。
悔しがっているボスには悪いが、僕達がどうこうする事はできそうにない。
「ボス……シスターのお話を聞いて納得はできましたか?」
「ああ。少なくともシスターは我々の提案発表が一番だと感じた。それを聞けただけでもありがたい事だ。選ばれなかったのは悔しいが、不正があったとしてもどうこうするのは難しいしな」
「治療マギサービスは全ての人にとって、なくてはならない大事な存在です。せめて、マギスター社が誠意を持って改修に当たってくだされば良いのですが……」
シスター・エイダは、そう不安そうに口にした。彼女の言う通り、治療マギサービスは一種の社会的インフラであり、もはやなくてはならない存在となっている。
しかしこの彼女の不安は、やはりというべきか、見事に的中してしまうのだった。




