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マギハッカーの異世界ベンチャー起業術  作者: 入出もなど
Ch.03 - バンペイ先生の常識破壊レッスン!? ばらまけイノベーションの種!!
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CoffeeBreak 05 - delphy.is(Teacher);

 わたくしはデルフィ=パスカーラと申します。マギアカデミーにて教師を務めておりますの。


 その日も、いつものように授業の準備に頭を悩ませておりますと、同僚の先生方のお声がふと耳に入りました。何やら、学校長が『特別教師』として、とある方をお招きになる事を計画されているとか。しかも、その方は先日国王陛下が『マギハッカーの再来』としてお認めになられた方だとも。


 もしそれが本当でしたら残念な事です。そのお方をお招きになるという事は、私達の力では今の状況を改善できないと学校長はお考えになられたという事なのですから。

 私達が不甲斐ないばかりに、今の生徒達からは学習への情熱が失われております。私自身も生徒達にもっと興味をもってもらえるよう、あの手この手と考えて手をつくしましたが、残念ながらあまり効果が見られませんでした。長年この学校にて教師を務めてまいりましたが、特に近年の生徒達はその傾向が顕著です。

 私はこの状況に危機感を抱いておりましたが、多くの先生方とは危機感を共有できておりません。


 『マギハッカーの再来』と呼ばれるほどの方がこの学校にいらっしゃるというのは、生徒達にとって良い刺激となるに違いありません。きっと学校長もそうお考えになられたのでしょう。

 問題は、その方の教師としての適性、そして人格なのですが……。こればかりは、神にお祈りするしかないでしょう。伝説上のマギハッカーはなかなか難しい性格をされていたと伝わっています。

 せめてニシキさんのような荒々しい方ではなく、落ち着いた方だと好ましいのですが……。


//----


「こちらが、先日の陛下の演説にて『マギハッカーの再来』と認められるほどの実力をお持ちになられている、バンペイ=シライシさんです。今日から特別教師として、一部のクラスに特別授業をして頂きます」

「ど、どうも、バンペイ=シライシです。普段は、電話マギサービスを提供する『マギシード・コーポレーション』にて、マギの開発を受け持っております。え、えーと、教師どころか、人に物を教えた事すら数えるほどしかありませんので、皆様にはご迷惑をおかけするかもしれませんが、ご指導ご鞭撻の方よろしくお願いいたします」


 初めてその青年を目にした時の率直な感想としましては、「本当にこの方がマギハッカーの再来と呼ばれる方なのかしら?」というものでした。慣れない場所で見知らぬ先生達に囲まれているため仕方ないのかもしれませんが、オドオドと小声で自己紹介される様子は、まるで入学したての生徒を見ているようです。

 しかしすぐにその感想を打ち消します。教師たるもの、人を外見だけで判断するべきではございませんから。むしろ、思っていたような粗野な方でもなく、見方を変えれば落ち着いた優しい先生になられる素質があるように見受けられました。

 ここは、わたくしがしっかりと教師としての心得をお伝えしなければ!


 そう決意している間に職員会議は終了しており、シライシさんはニシキさんとお話になられているようです。ニシキさんという方もまた、変わった先生でいらっしゃいます。

 彼はマギアカデミーにてマギランゲージを教える教師でありながら、マギを一切お使いになられないのです。昼食の折、他の方達がマギデバイスで水を作り出して飲んでいる中、お一人だけ持参した水筒から水をお飲みになります。

 しかし、だからといってマギランゲージがわからないというわけではなく、むしろ他の先生方よりもよほどマギランゲージを理解されているように見受けられました。ニシキさんの授業は比較的、生徒達にも受け入れられているように思います。同じ教師として、同僚として尊敬に値します。

 なぜマギをお使いにならないのか伺ってみたところ、「大切なマギデバイスに無粋な登録印を入れたくないんじゃ」と仰っておりました。登録印が無粋とはいささか不思議な感性ですが、感じ方は人それぞれ違うものです。


 ニシキさんに大声で話しかけられたシライシさんは、困惑なされているようです。


「およしなさい、ニシキさん。困っていらっしゃるじゃないですか」


 そう言ってお二人に割り込みます。私が()()()()と自己紹介すると、シライシさんは目を白黒させていました。きっと、私のような女性が教員として従事しているのが珍しいに違いありません。

 この国ではだいぶ廃れてまいりましたが、他の国では男尊女卑の傾向がまだまだ強いと伺っております。移民でいらっしゃるバンペイさんにとって、女性が社会進出を果たしている姿は物珍しいでしょう。


 ついつい熱くなって国の移民政策と女尊男卑の文化について持論を繰り広げていると、いつの間にか授業の開始時間が迫っておりました。いけません、シライシさんには教師としての心得をお伝えしなければなりませんわ!

 そう、まずは生徒たちとの過度な慣れ合いは弊害も多いという事を。私も教師になりたての頃は、生徒一人一人と丁寧に接しようと心がけた結果、結局すべてが中途半端に終わってしまうという申し訳ない状態になりましたもの。


「――ですから、生徒たちと話す際には節度とケジメを持って……あら? シライシさんは?」

「もう授業にでとるよ。相変わらずよく回る口じゃのう……」


 どうやら時間がなくなってしまっていたようです。それにしても、席を立たれるのであれば、せめて一言お掛けくださってもよろしいんじゃないかしら? 失礼ですわよ?


//----


 教師としての心得をお伝えできなかったのは心残りでしたが、その心配は杞憂に終わります。

 シライシさんの特別授業はどれもこれもが、生徒達の興味と熱意を引き出す工夫にあふれた素晴らしい授業だったのです。


 特に、ご本人が『マギゲーム』とお呼びになっている『マギを使ったゲーム』という発想には脱帽いたします。そもそも授業をゲーム形式で行なうという事自体、目からうろこでございましたし、そこにマギを組み込む事によって生徒達は自主的にゲームクリアのためにマギを学ぶ事でしょう。

 素晴らしいのは、設定されている問題を解くには、どれも単に覚えているマギを書くだけでなく、自由な発想や創意工夫が求められるという点です。それは生徒達が個性を発揮する機会となり、テストだけでは決して測れない生徒それぞれの長所を知るきっかけとなるでしょう。


 教師としての経験がないからこそ、シライシさんご本人もまた自由な発想で授業をされているのだと思います。カリキュラムに従うだけの私達では決して実現できない素晴らしい授業です。

 しかし、その授業を快く思わない方もいらっしゃったのです。


 スクイーさんという生徒については、わたくしも胸を痛めておりました。明らかに素質がおありになるのに、母親によって彼への教育は禁止されてしまったのです。本人も特に文句を言う事もなく、母親の言う事に粛々と従っております。保護者も本人も同意見となると、教師としてはそれ以上は手を出せません。


 そして再び、シライシさんの特別授業に反発した母親が直接乗り込んできたのです。彼女のスクイーさんの自主性を無視するような言葉に思わず口を出してしまいましたが、彼女が「私の言う事がスクイーちゃんのやりたい事」と言い切ったのには呆れて物も言えなくなりました。

 このまま泣き寝入りかと思いましたが、シライシさんはあきらめていないようです。そして彼のお言葉に、私は『教師としての本懐』を見失っていた事に気付かされたのです。


 それは、教師という存在は生徒のためにこそ存在する、という事です。決して、生徒の保護者のために存在するわけではないのです。いくら保護者が生徒から学習の機会を奪おうとしても、生徒が本心で学習を望む限り、教師は教育をやめるべきではないのです。

 そこに悩む生徒がいる限り、教師は全力で助けなければなりません。それが人を教え導く者としての責任なのです。人に物事を教えるという行為は、その後の人生に大きな影響を与えます。それはつまるところ、教師は生徒の未来に責任を負うという事を意味しているのです。


 シライシさんのお言葉は、その事を改めて私に気づかせ、蒙を啓いてくださいました。

 本当に彼には感謝してやみません。いっそ、本当に教師に転職してはいかがでしょう?


//----


 学校長からマギフェスティバルという催しの計画を聞いた時、わたくしは諸手を上げて真っ先に賛成いたしました。


 間違いなくシライシさんのご提案でしょう。彼の会社が『スポンサー』として費用を受け持ってくださるということです。生徒達のために会社の財すらなげうってくださるとは、なんと素晴らしい事なのでしょう。彼は神様が遣わせてくださったに違いありません。

 マギフェスティバルは概要だけ聞いても開催する価値が大いにある事はすぐにわかりました。マギを使った競技という発想自体が新しく、一体どのような競技になるか想像もつきません。しかし、シライシさんの事です。きっと生徒たちの競争心を引き出し、自主性を伸ばすような素晴らしい競技に違いないでしょう。


 あまりに楽しみにしすぎて、当日は陽が昇る前に家を出てしまったほどです。


「おはようございます、皆さん今日はよろしく……あら?」


 前日に設営されていた運営本部のテントに入ると、まだ誰もいらっしゃらないようです。さすがに、少し早すぎたのかしら? しかし、溜息をついて席に着こうとしたところ、テントの奥から「カタッ」と物音が聞こえました。


「あら? どなたかいらっしゃるのですか?」


 競技用の器具が置かれて物陰になっているスペースを覗き込んだ次の瞬間。


 ドッと頭に衝撃を感じ、私の意識は暗転してしまいました。意識が消えてしまう直前、「すまんのお」という聞き覚えのある声が聞こえた気がしたのは、果たして私の聞き間違いだったのでしょうか。


//----


「……ん……こ、こは……」


 目を覚ました時、見知らぬ壁と天井に囲まれた空間にいました。どこかの屋内のようです。


「お、目が覚めたんだ。よかったー。相棒が心配してたんだよ」

「……な、なんですこれは! これでは動けないではありませんか!」


 気がつけば私の手足は縄で縛り上げられています。黒くはないため、マギサービスで作られた縄ではないようですが、いずれにせよ頑丈に縛り上げた縄を私の力で引きちぎる事はできません。

 目の前にいる茶髪の獣人族の見知らぬ青年はニコニコと笑みを浮かべています。まだ二十代ぐらいでしょうか。それにしても、一体これはどういう事なのでしょう。


「ごめんねー。ちょっと今日のマギフェスティバルが終わるまで、そこでゆっくりしててよ」

「なっ! どういう事です! すぐに解放しなさい!」

「あー。うるさいなぁ、もう」


 彼は白いハンカチを取り出すと、それで私の口を塞いでしまいました。私はモゴモゴとしか声を出せなくなってしまいます。


「いいかい? うるさくしなければ、特に危害は加えないよ。だから大人しくしててよ」

「モー! ンモー!」


 どうやら抵抗は難しいようですが、今日は楽しみにしていたマギフェスティバルの開催日なのです。生徒達のためにもあきらめるわけには参りません。ですが、いくら暴れようと頑丈な縄は私の手足を完全に抑えつけ、私は一歩も動くことはかなわなかったのです。

 青年は電話マギサービスと思われる複数のスクリーンを見ています。そこにはテントの中の様子も映しだされていました。すでに他の先生方が続々と集まり始めています。


 そして私は、そこで一部始終を目撃してしまう事になったのです。


 会場で突如として起こった爆発。怪我を負った観客の方々。避難する国王陛下。混乱に包まれる会場。どれもこれもが衝撃的な映像で、私はいっぺんたりとも目を離す事ができませんでした。


「はなせっ! おのれっ! 変なところを触るなぁ!」


 私と同じように縛られた赤い髪の女性が運ばれてきました。男物の衣服を身にまとっていますが、女性である事はすぐにわかりました。彼女を運んできたのは、全身が黒ずくめで顔を隠した大柄の人物でしたが、私の顔をジッと見てペコリと一つ頭を下げると外へ出て行きました。

 女性は無理矢理に連れて来られたようですが、特に怪我はしておりません。どうやら本当に危害を加えるつもりはないようです。


「むっ、このようなご年配の女性まで! 一体どういうつもりだ!」

「ンモー!」


 し、失礼ですわ! わたくし、まだまだ若いつもりですもの!


「ま、見てればわかるよ。ちょっと君の部下に用があってねー」

「なっ、バンペイに!? くっ、バンペイにこの恥ずかしい姿を見られるわけには……!!」


 なんだか焦るべき点が間違っている気がいたしますが、縄で縛られた彼女は確かになんとも言えない妖艶さを感じさせます。勘違いなされては困ります。わたくし、()()()の趣味はございませんわ。


 そして赤い髪の女性から『マイク』と呼ばれている丸い玉を奪い取り、獣人族の青年は会場に呼びかけ始めます。その内容は耳にするだけでも腹立たしく、特にシライシさんへの呼びかけは卑劣極まりないものでした。ゲームと呼ぶにはあまりに一方的なルールです。

 しかしシライシさんはあきらめる事なく、会場を駆け回っています。その姿はゲームと関係のないわたくしにも感動を呼ぶものでした。赤髪の女性は、スクリーンに映し出されたシライシさんの姿を何も言わずにジッと見つめていました。その目には、少し光るものがあります。


「あそこまでおねーさんのために走り回るなんて、良い部下だねー」

「ふん……。良い部下などではない……」

「ありゃりゃ?」

「バンペイはな……バンペイは、最高の部下だ! そして私の最高のパートナーだっ!」

「……プッ。ぷははは! さっすがー。あのマギハッカーを使うだけの事はあるね」


 私はその関係が少しうらやましいと感じてしまいました。きっとお二人は、公私ともに支え合う素敵なご関係なのでしょう。彼女の言葉は聞きようによれば一種の告白のようにも感じられ、私自身の若かりし頃の青春の記憶が……はっ、いえいえ、私はまだ若いはずです。


 そしてゲームは思わぬ展開を見せます。


「あなたが……フォークスだったんですか? ニシキさん」


 その言葉を聞いた時、そして、その後のシライシさんとニシキさんとのやりとりに、私は自分の耳を疑う事しかできませんでした。そんなはずはありません。あのような尊敬に値する授業をする教師が、このような卑劣な事件を起こすはずがないのです。


 ニシキさんの告白は衝撃的でしたが、私は彼らの動機を理解する事はできません。私が教育に対して情熱を持って取り組んでいるのは、決して「人類の進歩のため」などといった高尚な理由ではありません。目の前に困っている生徒達がいる。それだけなのです。

 便利になれば人は堕落する。それは確かに真理なのかもしれません。ですがその考えは、問題児だったペチパさんが指摘した通り「人間を信じていない」だけではなく、その人々を指導する「教師を信じていない」という事でもあるのです。

 便利になった程度で堕落してしまうとしたら、教師の力不足が原因でもあるのですから。どんなに便利な技術でも、正しい使い方を身につけてこそ価値があるものです。教育はいつまでも不滅なのです。


 そして彼らの言う『知識を伝える事の危険性』。これは教師は常に自覚すべき事なのでしょう。

 しかし私は、仮に生徒が将来道を誤って人類を破滅に追いやるとしても、教育を与え、知識を与える事にためらいを覚える事はないでしょう。教育しなければ、道を正す事すらできないのですから。仮に与えられた知識を生徒が悪用してしまうのであれば、それはやはり教師の責任でもあるのです。


 そのような事を考えていると、いつの間にやら警察隊がテント内になだれこんでおり、そして我々がいる建物も囲まれているようです。獣人族の男性は転移マギサービスで逃げようとしましたが、どうやらロックされているようでした。


「あーあ。もう終わりかー。もうちょっと上手くやる予定だったんだけど……」


 彼はそう言って、私の事をチラリと一瞥します。


「誰かさんがあんなに早く来なければなぁ。おかげで見張りが必要になって、人数が足りなくなっちゃったんだよねー。それに、爆発で予定外の怪我人も出ちゃって、ニシキが掛かりっきりになっちゃうし。本当なら警察隊が来ないか見張る役だって立てる予定だったんだよ?」


 どうやら彼らの計画が上手く進まなかったのは、わたくしにも一因があったようです。シライシさんにボスと呼ばれている女性が、彼の弱音を鼻で笑います。


「ふんっ、悪にはお似合いの最後だな!」

「悪、か……。やっぱり、そうとしか思わないよね」

「当たり前だ! こんな人質を取ったり、無差別に人を攻撃するようなやり方で意見を通そうなど、虫がいいにもほどがある!」

「うーん、じゃあ、どうすれば良かったのかな? 仮に『マギサービスを使うのはやめましょう』って言ったとして、みんなが大人しく聞いてくれると思う?」

「そ、それは……」

「結局さ、どうやろうとマギサービスを捨てさせるなんて不可能だって事はわかってるんだ」


 獣人族の青年は、ギシリと音を立てて椅子から立ち上がり、私に近づいてきます。


「わかっててもさ……。それでも、やってみなくちゃわからないもんだろ? あーあ。もうちょっと上手くいくと思ったんだけどなー」


 そして私の口を塞いでいた白いハンカチを取り去りました。新鮮な空気をめいいっぱい吸い込みたい気分に駆られましたが、その前にやらなければならない事があります。


「残念ですね。あなた達が私の生徒でしたら、しっかりと指導してあげましたのに」

「は?」

「計画には何事も段取りが重要なのです。そして自分の意思を通すなら、やり方は色々とあるものです。あなた方には良き指導者がいらっしゃらなかった。それが、あなた方の敗因でしょう」

「……ぷっ。ははははは!!」


 最後に見た彼の笑い顔は、それまでよりも穏やかなものでした。

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