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マギハッカーの異世界ベンチャー起業術  作者: 入出もなど
Ch.03 - バンペイ先生の常識破壊レッスン!? ばらまけイノベーションの種!!
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050 - student.invent(Magi);

「あっ、ぺぺ君! 何か扉みたいなのがあるよ!」

「ああ……」


 もうやだこいつ。こんな狭い空間で密着してきやがって、精神を平静に保つのに俺がどんだけ苦労してるかも知らないで。おまけに人の名前を「ぺぺ君、ぺぺ君」って略しやがって。確かにペチパーなんてちょっと気の抜けた名前だが、親からもらった立派な名前なんだぞ。まあ、別にそれはいいか。

 このパールという女は、さっきから俺の腕をつかんで離さず、ほとんどピッタリとくっついて歩いている。そりゃあ二人きりだし心細いのもわかるが、お前は年頃の男を何だと思ってるんだ。まあ、手を出す気なんてさらさらないんだが、こうも距離が近いと無意識の男の部分が反応してしまう。


「うーん、特に何にも仕掛けはなさそうだね。本当にただの扉みたい」

「そっか。んじゃ……俺が開けてみるか」


 黒い壁に囲まれた中にポツンと白い扉が置かれている。真っ白な見た目を除けば、開くための取っ手がついている至って普通の扉だ。いかにも開けてくださいと言わんばかりで、嫌な予感がプンプンするんだが……。パールに開けさせるわけにもいかないから、自分で開けてみるか。


「うし、じゃあ開けるぞー」

「うんっ」


 ガチャリ、と音を立てて扉を開くとそこには――


「がうっ」

「……犬?」


 なんで犬がこんなところにいるんだ? 扉を開けたそこには、()()()が「よくきた」と言わんばかりに俺たちを待ち受けていた。やたらと精悍そうな顔をしているが、サイズはそこまで大きくないので怖くないな。むしろ、頭の中が疑問符で一杯だ。


「あーっ! バレットちゃんだ!」

「がうがうっ」


 俺の背中から顔を出したパールは犬を見つけて大声を張り上げた。耳元で騒ぐんじゃねえ。どうやらパールはこの犬の事を知っているらしい。バレットと呼ばれた犬の方もパールの姿を認めて尻尾を振ってる。


「知ってる犬なのか?」

「うん。私の師匠が飼っている犬だよ」

「ほー」


 こいつの師匠といえば、きっと変態に輪をかけた変態のエリートだろうな。そんな変態の親玉が飼っている犬となると、きっとまともな犬じゃないんだろ。そもそも、まともな犬がこんなところにいるわけがねぇ。あの先生、残りの『関門』もがんばれとか抜かしてたからな。きっとこれも『関門』とやらにちげーねぇだろ。


「で、この犬をどうしろってんだ? まさか犬と遊べとか言わないだろうな」

「がうっ」


 バレットは器用に前足を使って、俺に説明を指し示す。なんか妙に賢いぞこの犬。人間の言葉を理解する犬とかありえないからな? 俺の中の常識がまた一つガラガラと音を立てて崩れていった。あの先生が授業を初めてから今までで、俺の常識はもはや崩壊寸前だ。

 示された説明はよくみれば黒い壁の中にポツンと張り紙がされているのがわかった。バレットにじゃれつこうと嬉しそうに駆けていくパールは放置して読みに行くか。それにしてもあいつら、どっちが犬かわからんぞマジで。


「なになに、えーと……」


 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 この犬の名前はバレットといいます。

 非常に賢く大人しい犬なので、噛んだり引っかいたりする危険はありません。


 この部屋での課題は、バレットとの「おいかけっこ」です。

 何とかしてバレットに触れられれば、クリアとなります。


 それでは、がんばってください。

 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「えー、どうして逃げちゃうのバレットちゃーん」


 パールの間抜けな声が聞こえてくる。嬉々としてバレットに触りにいったのに避けられまくってるようだ。パールの手をするりと避けているバレットは「おいかけっこ」のルールをきちんと理解してるみてーだな。犬にはあるまじき賢さだ。


「おい、どうやらここの課題は『おいかけっこ』で、その犬に何とかして触れる事みたいだぞ」

「えっ、そんなぁ。バレットちゃんの毛皮はモフモフで気持ちいいのに……ようし、こうなればすぐに触っちゃうからね」


 なにせ相手は犬だしな。しかもバレットは平均よりもずば抜けて足が速いっぽいし、人間がいくら走ったところで追いつけるわきゃねー。でも、人間には犬には無い武器であるマギがある。マギを駆使すりゃ捕まえる事だってできるだろ。たぶん。


「うーん、っていっても、犬に怪我させるわけにもいかねーしな」

「危ない方法はダメだよ! 安全に触るには、方法がいくつかあると思うの」


 パールのメガネがキラリと光る。お、どうやらスイッチが切り替わって、いつものマギ変態モードが始まったみてーだな。クラスで遠目で見てた限りだと、このモードに入ったパールはもうマギに関する事しか喋らなくなる。


「一つは、私達が速くなったり転移したりして、バレットちゃんに追いつけるようにする事。でも、バンペイさんみたいに転移のマギを自作なんて簡単にできる事じゃないから、足を速くするぐらいかなぁ」

「まあな。だけど、足を速くするマギなんて書いた事ねーぞ? そもそも本当にそんなマギが作れんのか?」

「うーん……後ろから風を吹かす、とか……?」


 後ろから吹いた猛烈な突風に吹き飛ばされて、壁にグシャリと激突する場面を想像した。ブルリと震える。どう考えてもその役目は俺になるだろ? ぜってぇ嫌だ。


「絶対ダメだ。そんな事して加減を間違えたら壁に激突して大怪我しちまう」

「えー。いい案だと思うけどなぁ。じゃあ二つ目の方法は、バレットちゃんの足をなんとかして止める方法だね。動けなくすれば安全に触れるよ」

「そりゃそうだろうけどよ、具体的にどうやって足を止めるんだよ?」

「うーん、うまく囲いの中に追い込むとか……?」

「あの犬、すげぇ賢いからな。普通の犬ならそれで上手くいくだろうけどよ、あの犬がそう簡単に閉じ込められるわけがねーな」

「そうなんだよねぇ。バレットちゃんって人間の言葉も理解してるし、相手はすばしっこい人間だと思った方が良いよね。難しいなぁ」


 命令を送るのがやっとの生徒に出す課題じゃねーぞこんなの。さすがは上級コースってか?


「残る方法は、バレットちゃんの方から近づいてきてもらう方法、だよ。うまくバレットちゃんの気を惹いて『おいかけっこ』の事を忘れてもらうの」

「それこそ無理があるだろ。あの忠犬っぽい犬がご主人の命令を忘れて近づいてくるわけがねーよ」

「まぁまぁ。何事も実践あるのみ、だよ!」


 パールは腕まくりして、白いスクリーンを開いた。マギを書くつもりらしい。仕方ないので、俺は俺で自分のスクリーンを開く。


「よーし、じゃあどっちが先にバレットちゃんに触れるか、競争だね!」

「はぁ。競争なんかどうでもいいから、さっさと先へ進みたいんだよ、俺は」


 ま、相手は賢いとはいえ、所詮は犬っころだしな。人間の知恵にかかれば、犬一匹を出し抜くなんてのはたぶん造作もねーよ。へへっ。


//----


 そう思っていた俺をぶん殴ってやりたい。

 なんだこの犬……ありえねぇぞ、マジで。


「はぁ……全然ダメだよ……」

「賢すぎるだろ……俺より頭いいんじゃねーのか?」


 まず最初、パールがバレットの足を止めるために()を作って囲い込もうとしたが、バレットは壁を蹴って飛び越えてしまい失敗。簡単には飛び越えられないように壁を高くすると、マギデバイスを向ける素振りをしただけで逃げるようになっちまった。

 そこで、今度はあらかじめ作っておいた壁の中に追い込むようにして二人で協力して追いかけたけど、バレットはあろう事か追い詰められそうになると、俺たちの頭上を飛び越えて逃げてしまう。何回やっても、頭上や脇をするりと逃げられちまって、全くうまくいかなかった。

 恐ろしい事にバレットは対応方法を()()していて、俺たちが追い詰めようとジリジリ距離をつめはじめた時点で、逃げ出すようになっちまった。そりゃあ犬だって学習するだろうけどよ。対応が早すぎんだよ……。壁を作るだけのがやっとの俺たちじゃ、それ以上はどうしようもねーよ。


「なんかこの犬の好物とかしらねーのか? おびき寄せたり……できそうもねーがよ……」

「うーん、何でも美味しそうに食べてたけど……」


 試しにエサで気を惹こうとして、パールが持っていたポシェットからパンを取り出してバレットを釣ってみようとするも失敗。パンを差し出すとクンクンと鼻を鳴らすものの、近づいてこようとはしない。

 あきらめてパンを床の上に敷いた紙に置いて離れてみると、バレットはテクテクとパンに近づいてハムッとくわえた。ハムハムと咀嚼してペロリと平らげる。食べることは食べるのに、しっかりとルールの優先順位を守ってみせやがる。欲に負けてルールを守れねー人間もいるってのによ。


「こうなったら、やっぱり最初の方法しか……」

「ま、待て! 待て待て! それ俺がやるのか!? 下手すると大怪我だぞ!?」

「大丈夫だよ多分。ふふ……痛くしないから、ね?」

「や、やめろよ! 上目遣いで俺を見るのはやめろ!」


 だ、ダメだ。このままでは俺の身が危ない。考えろ、考えるんだ俺! 何か良い方法がないのか!?


「ま、待った! その前に俺が思いついた方法を試させろよ!」

「ん? まだ何か手があった? できる事は色々と試したはずだけど……」

「あ、ああ……()()()()()の手だぜ」


 そう言って再びスクリーンを開いてみせるが、そんな方法なんて()()。何とかして方法をひねりださねーと、このままじゃ俺は全身が粉々になる未来しか見えない。

 チラリとバレットを見ると、尻尾をゆらゆらと揺らしながらこっちの様子を見てやがる。くそ、どうすりゃいいんだよ。


 身の危険を感じとって、普段はまったく働こうとしない頭がグルグルと回り出した。


 あのバレットとかいう犬が受けている命令は、多分『近づいてくるやつに触られないようにしろ』って事だろ? いや、あの先生の事だ。なにか抜け道があるはずなんだ。これはマギの授業なんだから、マギをうまく使えば解ける問題なんだ。


 壁を作るのは、地面に形を変えるように『命令』して作り出した。バレットが俺たちの閉じ込めようとする思惑を簡単に避けてしまうのは、作り出した壁が目に見えてるからだろう。つまり、()()()()()()()()いい、のか……?

 でも、目に見えない『材料』なんてこの場には無い……いや、一つだけあったな。最近それを取り扱うマギランゲージのコードを目にしたところだった。


 よし、試してみるか。


//----


「そろそろ覚悟はいいか、犬っころ」

「がうっ」


 どうやら本気で来るらしいと理解したんだろう、バレットはいつでも逃げ出せるように身を低くして身構えている。でも、その顔には「まだ来るの?」と言いたげな余裕のある態度が透けて見える。くそっ、そんな余裕を見せられるのも今のうちだけだぜ。


「そらっ、【ラン】!」


 なんとかひねり出したコードを実行すると、俺が構えたマギデバイスが光り出した。しかし、しばらく経ってもその場には何も変化がない。バレットはマギデバイスを警戒していたようだが、何も起こらないので「くぅん?」と首をひねっている。


「ちくしょう! 失敗かよ!」


 悔しそうに地団駄を踏んで見せる。しかし、実際には俺の思った通りの結果が得られている。賢いバレットにマギが上手くいったと感づかれては無駄に警戒されちまうから、失敗したと思わせなければならねーんだ。相手が賢い犬だと思うとやりづらいが、こういうのは相手を犬だと思わなければいいんだよ。


「はーあ。もうお手上げだよ」


 そうつぶやきながら、何気なくスタスタとバレットに近づいていく。バレットは相変わらず首をかしげているが、俺が近づいてきたのでとりあえず逃げ出そうとする。


「きゃうんっ!?」

「ほい、つかまえた、と」


 ペタリ、と逃げ出せなかったバレットの頭に軽く触れる。これで課題クリアって事だ。


「えええっ!? どうして逃げないのぉ!?」


 パールの素っ頓狂な声が背後から聞こえてくる。バレットは触れられてしまった事に気がついて、「くぅん」と残念そうな鳴き声を漏らした。あれだけたくさん追いかけ回したのに、まだ遊び足りないのかよ。いや、この犬の事だから、主人の命令が守れなかったのが残念って事か?


「じゃ、先に行ってるぜ」


 手をヒラヒラとさせて、バレットに触れた時に開いた出口に進もうとするが、その俺の肩はガシリッと掴まれてしまった。


「どういう事なの! 何をやったの!? 教えて教えて!」

「ち、近すぎるって言ってんだろ!」


 相変わらずグイグイと迫ってくるパール。今回はマギが絡んでいるせいか、さっきまでよりも更に距離が近い。もはや鼻と鼻がくっつきそうな距離で見つめられると、無駄にドギマギしちまう。くそっ、この女、わざとやってんじゃねえだろうな。


「べ、別に大した事はしてねえよ。ただ、ちっと、『見えない壁』を作っただけだ」

「えっ、見えない壁? でも、そんなものどうやって作ったの?」

「この前、先生が授業で色々とコードを書いて見せてくれただろ。水生成マギサービスの再現とかよ。あのコードをちょっといじって、目に見えない『風』を集めてみるようにしてみたんだ」


 風、って呼び方が正しいのかわからんが、そこら中にある俺たちが吸ったり吐いたりしてる「モノ」だ。水生成のコードはどうやらそこら中にある目に見えない『水』を集めてるみたいだったから、代わりにもっと透明なものを集めてみようと思ったんだよ。

 ただ、試しにちょこっと集めてみようと思って『集まれ』って命令したけど、あんまり意味がなかった。別に固くもならないし、なんの抵抗もなく通り抜けられちまう。なんか嫌な予感がしたから、集めたものを吸わないように注意したけどよ。


 んで、ちょっと思いついて今度は『()()()』って命令してみたんだ。


「そしたらおもしれぇんだよ。まるで見えない塊があるみたいに、本当に固まっちまったんだ。叩いても音はしないし、匂いもないから犬っころでもわかんねぇだろうしな」


 ピンと来て『ブロック』と名付けたそのマギは、どこにでも作れるし、作ったら浮いたまんま動かねぇ。


「だから、こういう事もできる」


 そう言って『ブロック』のマギを動かしてから、おもむろに空中に()()()()。まるで宙に浮かんでるみたいに足をぶらぶらとさせる。


「す、すごい……! すごいよっ! 大発見だよっ!」

「あ、ああ、でも、別にそこまで役に立つもんでもないだろ。目に見えないってだけだし」

「えー、でもハンターとかには便利なんじゃない? バレットちゃんにやったみたいに、目に見えない罠とか仕掛けられるよ?」

「そんなもん、大人数で一斉にわっと攻撃した方が手っ取り早いだろ。わざわざ罠をしかけるハンターなんて少数派だよ」


 やっぱりあんま役に立ちそうにねーな。でも、新しいマギを俺が作り出したってのは結構嬉しい。新しいマギの開発に必要なのは、本当にちょっとした『思いつき』なんだな。


 あの先生、いつもこんな楽しい事やってんのかな?

 なんか、俺ももっと新しいマギを作ってみたくなった。


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